増子くんは恐そうだけど、本当は優しい

 声をかけたはいいものの、その後なんと続ければいいのかわからなくて、思考が停止する。

(ええっと……)

 さっきはありがとうと、三年生とのやり取りの間に入ってくれたことに感謝するには、ちょっと間が空いていた。
 すぐにお礼を言いたかったのに、増子くんがまったく教室へ帰ってこないので、痺れを切らしてこちらから捜しにきたのだ。とにかく、またすぐいなくなってしまわないようにと、そればかりを考えている。

「お昼ごはんここで食べるの? 僕も一緒していいかな?」

 問いかけてはいるが、きっと答えはNOなので、何か言われる前に小走りで増子くんの後を追う。
 こういう時、いつもの何倍ものスピードで動ける僕は、案外のんびり屋ではないのではないかと思う。
 そして、かなり自分勝手だと自覚している。

 フェンスに背中を預けて座りこんだ増子くんから、少し離れた場所に僕も腰を下ろす。
「帰れ」とも「邪魔だ」とも言われないので、僕がここにいることは構わないんだと、勝手に解釈する。

「増子くんはパン? 僕はお弁当なんだ」

 返事はないけれど、気にせず話し続ける。

「毎日母さんが作ってくれるんだけど、僕も時々手伝うんだよ……ほらこれ、僕が焼いたんだけど、ちょっと焦げちゃった」

 卵焼きを箸でつまんで持ち上げ、それまであえて目を逸らしていた増子くんの方をチラッと見てみる。
 きっと僕の話に興味なんてなくて、どこか遠くを見ているか、そっぽを向いていると思っていたのに、思いがけなくこちらを見られていてドキリとした。

(え……)

 かじりかけの菓子パンを手にした増子くんが、僕の卵焼きをまじまじと見ているので、暴れる心臓をなんとか落ち着かせようと努力しながら、試しに訊いてみる。

「よかったら……食べる?」
「————!」

 睫毛の長い切れ長の目がバチバチバチッと瞬きをして、慌てたように顔を逸らされた。
 思わず見てしまったことが、完全に自分の意識の範疇外だったというような反応だった。

(えっ、ええっ)

 うっすらと赤く染まっている頬に、ますます胸がどきどきするけれど、僕は増子くんが顔を向けている方へ、ささっと移動する。

「本当に食べてみて! もっとうまく作りたいと思ってて……感想がもらえたら嬉しいんだ」

 それは決して口から出まかせではない。その理由で、知ちゃんにもよく食べてもらっている。
 それなのに、増子くんにお願いするのは、どうしてこんなに緊張するんだろう。

(仲が良いってわけでもないからな……やっぱり迷惑かな……)

 さすがに弱気になりかけた時、増子くんが長い沈黙を破った。

「もらう」
「————!」

 手を伸ばされたので、お弁当箱の蓋に卵焼きを乗せてさし出した。

(うわぁ……うわーっ)

 増子くんが、僕の作ったものを食べている。そう思うと、何か感動めいた気持ちが湧いてきて、穴が開くほど見つめてしまう。
 僕の視線から決まり悪そうに顔を逸らした増子くんは、「しょっぱ」と呟いた。

「甘い方が好きなの? そっちも作れるよ。明日は甘いの作ってくるね」

 どうして僕は、間髪入れずにそんな提案をしてしまっているのだろう。
 ぐいぐいと増子くんとの距離を詰めていこうとする自分の勢いが、なんだかもういっそ笑えてくる。

 増子くんの雰囲気や、知ちゃんが語っていた噂話のイメージからすると、僕なんか相手にせず、とっくにいなくなっていてもおかしくないし、なんなら「うるさい」と怒鳴りつけたって納得だ。
 なのにそういったことは一切なく、僕が傍にいることを許して、僕の料理を食べて、僕の話に耳を傾けてくれることが、今すぐ踊りだしてしまいたいくらいに嬉しい。

「いつもここでお昼ご飯食べてるの? ひょっとして授業に出ない時もいたりする? なるべく邪魔にならないようにするから……僕も時々来ていい? あ! すでに今、邪魔になってたら、本当にごめんなさい……」

 言いたいことを全部言って、僕が一息つくと、増子くんが「くっ」と呻いた。

「え?」

 どうしたのだろうかと、半身を乗り出す僕の前で、お腹を腕で押さえて、上半身を深く折り曲げる。

「増子くんっ!?」

 ひょっとして僕が作ったものを食べて、具合でも悪くなったのかとたいそう焦ったが、そうではなかった。

「はははっ」

 増子くんが声を上げて笑い始めて、僕は思わずぽかんと口を開く。

(うわぁ……)

 それはたぶん、クラスの誰もが見たことのない表情のはず。
 だって、険しさの抜けた増子君の笑い顔が、こんなに優しい笑顔だとみんなが知ってたら、あんなひどい噂は立たないはずだもの。

 呆けながらも見続けてしまう自分の顔を、逆に見られることが恥ずかしくて、両手で顔を覆ったけれど、指の隙間からしつこく見ることは辞められない。

「好きにしろよ、別に俺に許可をもらう必要はない」

 僕のたくさんの問いかけに、増子くんがまとめて答えをくれる。
 彼が言葉を終える前に、僕はもう頷いていた。

「うん、そうするっ!」

 そのせっかちさにも、眉をひそめたりせず、またかすかに頬を緩めた増子くんは、実はとても心の広い人なんだなと思った。