増子くんは恐そうだけど、本当は優しい

 二歳年上の僕の兄さん——高崎清良は、青南高校の現生徒会長だ。成績優秀、スポーツ万能、容姿端麗で人望が厚く、カリスマ生徒会長などと呼ばれている。

 兄さんに憧れる人は星の数で、直接対峙するのに気後れする人が、まずは「弟くん」にと、僕に声をかけてくる。
 兄さんへの取り次ぎは、もう慣れたものだ。
 小学生の頃からやっているので、応対も、預かったものの取り扱いも、兄さんへの説明も、ある程度僕の中でシステム化出来ていて、スムーズにこなせていると思う。

「清良さんてさ、それ全部目を通すの?」

 僕が数を確認しているお手紙を、知ちゃんは指さして問いかける。

「あたり前だよ。よくくれる人なんかは、前の内容とか名前とか覚えてるみたいだよ」
「へえー」

 知ちゃんは前へ向き直りながら、「やっぱすげえな」などと言っている。
 僕は嬉しくなって頬を緩めた。

 兄さんは僕の自慢だ。小さな頃からなんでも出来て、みんなに好かれて、その姿を一番近くで見ていられるのが、本当に幸せだった。
 誰にでも親切で優しいけれど、僕には特別優しくて、こうして兄さん宛てのプレゼントや手紙を取り次ぐと、「いつもありがとう」と、とびきりの笑顔で労ってくれる。

 兄さんに喜んでもらいたくて、兄さんへ思いを届けたいというみんなにも喜んでもらいたくて、僕は預かったものを大切に扱う。

「よし」

 数と、自分が付けた注釈の付箋を確認して、丁寧にまたバッグの中へしまった時、ふいに横から声がした。

「お前バカか」
「…………え?」

 内容がちょっとキツイものだったし、聞き覚えの無い声だったので、僕はそれが自分にかけられた声だとは思わなかった。

(誰かと誰かが喧嘩してるのかな? それとも冗談かな?)

 そんなことを考えながら、声のした方を見てみると、隣の席から強い眼差しが真っ直ぐに僕を見ていた。

「————!」

 ガタンと椅子を鳴らして、思わず立ち上がりそうになったけれど、とっさに我慢した。

(え、何? なんで?)

 僕の隣の席は、ほぼ無人なことが多い。
 正確に言えば、本来そこに座るべきクラスメートは確かにいるのだけれど、ほとんど欠席か、学校へ来ていても授業にはいないことが多いので、無人なことが多い。
 それなのに、今はなぜか座っていて、しかも机に頬杖をついた格好でこちらを見ていて、僕は心臓が口から飛び出してしまいそうなくらいドキドキしていた。

(え? え? えっ……?)

 僕の隣の席の主は、増子くん。クラスで一番背が高い人だ。
 僕が彼について知っているのは、それくらい。

 高校へ入学してこのクラスになってから、まだ席替えをしていないので、三カ月は隣の席だけれど、増子くんはほとんど居ないので、姿を見たのはひさしぶり。
 声を聞いたことは、あるかないか、記憶があやふやなレベルだ。

(あ、そういえば今、初めて話しかけられた?)

 そう気がついて、ハッとしたけれど、確か聞こえた内容はなかなかひどいものだった。

『お前バカか』

「————!」

 思い返すとかあっと顔が熱くなって、まじまじと増子くんを見返した。

「あの……」

(「僕に話しかけたの?」って、確認していいのかな? 「あたり前だ」って怒られたりする? でもどうして突然、そんなこと言ってきたんだろう……僕、何か気に障るようなことした?)

 頭の中が疑問符だらけで、何と声をかけようか迷っているうちに、前に座っている知ちゃんがふり返って、僕の腕を掴む。

「聖ちゃん……ちょっと」

 そう言いながら、席を立つ。
 だから僕も、一緒に席を立つ。
 知ちゃんは僕の手を引いて、どうやら教室の外へと向かうようなので、それについて行くために足を動かしながらも、僕は一応確認した。

「知ちゃん、もう授業始まるよ」
「すぐ帰るから」
「……うん」

 なんだか様子がおかしい。いったいどうしたのだろう。

 まだ増子くんに返事もしていないのになと思いながら、後ろをふり返ると、増子くんは机に突っ伏して僕の席からは顔を背け、寝ることにしたようだった。