(僕の家のリビングに増子くんがいる……)
そう実感すると、とてもおかしな気持ちがした。
いつも自分が座っているソファの場所を増子くんに勧めて、僕は兄さんの場所に座る。
よく兄さんがしてくれるように、お茶やお菓子を増子くんの前に置いて、「どうぞ」と促す。
増子くんは僕みたいに、すぐにお菓子に手を伸ばしたりはしないけれど、お茶を飲んでいる様子はよく見えた。
向き合った場所から、いつも兄さんはこういうふうに僕を見ているんだな、などと考えると、また胸が痛んだ。
(兄さんに話があるって、なんだろう……)
増子くんが言っていたことを思い出すと、胸が苦しくなるばかりなのに、考えずにはいられない。
(やっぱり増子くんも、兄さんに憧れてたのかな? だから僕が話しかけるのも、傍にいるのも、許してくれたのかな……)
答えはそれ以外あり得ない。考えれば考えるほど、胸が痛くなっていく。
(さすがに……ちょっと無理かも……)
増子くんが、ほんの時々かすかに見せてくれた笑い顔。あれは僕だけが知っているはずで、僕だけの宝物だったのに、兄さんに向けてもっと見せるのだろうか。
「…………っ」
涙が零れてしまいそうで、それを増子くんには見られたくなく、僕は慌ててソファから立ち上がった。
あまりに急ぎ過ぎて、くらっと眩暈がする。
「聖良!」
増子くんが駆け寄って背中を支えてくれて、なんとか倒れずに済んだ。
「大丈夫……」
心配をかけないように笑おうとするけれど、まったくうまくいかず、ひきつった笑いしかできない僕を、増子くんがひとまずソファに横にならせようとする。
「大丈夫か? 息、ちゃんとできてるか?」
訊かれて初めて気がついた。さっきからやたらと胸が苦しいと思っていたけれど、少し過呼吸を起こしているのかもしれない。
息を吸っても吸っても苦しくて、どんどん呼吸が短くなって、ますます苦しくなる。
「ゆっくり息を吸って……吐いて……」
静かな声で言いながら、増子くんが僕の制服のネクタイを緩める。
声に合わせて呼吸の間隔を開けると、少しずつ楽になっていく。
「吸って……吐いて……」
シャツの襟元のボタンを外した指が、僕の頬を撫でて、そのまま大きな手が頬を包み込む。
上手く呼吸が出来つつあることを、褒めるように見つめてくる瞳に、「やっぱり増子くんは優しいな」などと考えたら、ぶわっと僕の涙腺が決壊した。
「……え? え?」
突然ぽろぽろと涙を零し始めた僕に驚いて、増子くんは手を引こうとするけれど、僕がそれを許さず、自分の手で頬に押しつける。
増子くんにそういう気持ちはなくても、僕が増子くんのことを好きなのに変わりはない。
気持ちが弱っている時に優しくされて、それに甘えるのは申し訳ないと思いながらも、やっぱり放したくない。
「ごめんね」
泣きながら自分の手を頬に押しつける僕に、増子くんがすっかり困惑してしまっている時に、リビングの扉が開いた。
「ただいまー聖良。見たことない靴があったけど、誰か来てるのー?」
「————!」
明るい声でリビングへ入ってきたらしい兄さんが、手にしていた何かを床に落としたらしい音がドサドサと聞こえる。
増子くんの手を頬に押し当てたまま、そちらを見た僕は、真っ青な顔をした兄さんが、足元にケーキの箱を落としている光景を確かめた。
(あ、あれ……パイが美味しいケーキ屋さんの箱だ……)
派手に落とされてつぶれてしまっているが、はたして中身は何だったのだろうか。
(もったいない……)
そんなことを考えた時、これまで聞いたこともないような兄さんの叫びがリビングに響いた。
「誰だ、お前!!!!! 聖良に何してるんだ!?!?」
「あ……」
僕がソファに横になって、その上に増子くんが屈みこんでいる態勢は、他の人から見たらそういう解釈にもなるのかと、僕が思い当たった時には、もう兄さんが増子くんに飛びかかっていた。
そう実感すると、とてもおかしな気持ちがした。
いつも自分が座っているソファの場所を増子くんに勧めて、僕は兄さんの場所に座る。
よく兄さんがしてくれるように、お茶やお菓子を増子くんの前に置いて、「どうぞ」と促す。
増子くんは僕みたいに、すぐにお菓子に手を伸ばしたりはしないけれど、お茶を飲んでいる様子はよく見えた。
向き合った場所から、いつも兄さんはこういうふうに僕を見ているんだな、などと考えると、また胸が痛んだ。
(兄さんに話があるって、なんだろう……)
増子くんが言っていたことを思い出すと、胸が苦しくなるばかりなのに、考えずにはいられない。
(やっぱり増子くんも、兄さんに憧れてたのかな? だから僕が話しかけるのも、傍にいるのも、許してくれたのかな……)
答えはそれ以外あり得ない。考えれば考えるほど、胸が痛くなっていく。
(さすがに……ちょっと無理かも……)
増子くんが、ほんの時々かすかに見せてくれた笑い顔。あれは僕だけが知っているはずで、僕だけの宝物だったのに、兄さんに向けてもっと見せるのだろうか。
「…………っ」
涙が零れてしまいそうで、それを増子くんには見られたくなく、僕は慌ててソファから立ち上がった。
あまりに急ぎ過ぎて、くらっと眩暈がする。
「聖良!」
増子くんが駆け寄って背中を支えてくれて、なんとか倒れずに済んだ。
「大丈夫……」
心配をかけないように笑おうとするけれど、まったくうまくいかず、ひきつった笑いしかできない僕を、増子くんがひとまずソファに横にならせようとする。
「大丈夫か? 息、ちゃんとできてるか?」
訊かれて初めて気がついた。さっきからやたらと胸が苦しいと思っていたけれど、少し過呼吸を起こしているのかもしれない。
息を吸っても吸っても苦しくて、どんどん呼吸が短くなって、ますます苦しくなる。
「ゆっくり息を吸って……吐いて……」
静かな声で言いながら、増子くんが僕の制服のネクタイを緩める。
声に合わせて呼吸の間隔を開けると、少しずつ楽になっていく。
「吸って……吐いて……」
シャツの襟元のボタンを外した指が、僕の頬を撫でて、そのまま大きな手が頬を包み込む。
上手く呼吸が出来つつあることを、褒めるように見つめてくる瞳に、「やっぱり増子くんは優しいな」などと考えたら、ぶわっと僕の涙腺が決壊した。
「……え? え?」
突然ぽろぽろと涙を零し始めた僕に驚いて、増子くんは手を引こうとするけれど、僕がそれを許さず、自分の手で頬に押しつける。
増子くんにそういう気持ちはなくても、僕が増子くんのことを好きなのに変わりはない。
気持ちが弱っている時に優しくされて、それに甘えるのは申し訳ないと思いながらも、やっぱり放したくない。
「ごめんね」
泣きながら自分の手を頬に押しつける僕に、増子くんがすっかり困惑してしまっている時に、リビングの扉が開いた。
「ただいまー聖良。見たことない靴があったけど、誰か来てるのー?」
「————!」
明るい声でリビングへ入ってきたらしい兄さんが、手にしていた何かを床に落としたらしい音がドサドサと聞こえる。
増子くんの手を頬に押し当てたまま、そちらを見た僕は、真っ青な顔をした兄さんが、足元にケーキの箱を落としている光景を確かめた。
(あ、あれ……パイが美味しいケーキ屋さんの箱だ……)
派手に落とされてつぶれてしまっているが、はたして中身は何だったのだろうか。
(もったいない……)
そんなことを考えた時、これまで聞いたこともないような兄さんの叫びがリビングに響いた。
「誰だ、お前!!!!! 聖良に何してるんだ!?!?」
「あ……」
僕がソファに横になって、その上に増子くんが屈みこんでいる態勢は、他の人から見たらそういう解釈にもなるのかと、僕が思い当たった時には、もう兄さんが増子くんに飛びかかっていた。



