増子くんは恐そうだけど、本当は優しい

 増子くんと一緒に歩きながら、いろんな話をした。
 増子くんのバイトの話。今日の授業の話。明日のお弁当のおかずの話。

 話しているのはほとんど僕で、増子くんは時々返事をくれるだけだけど、お昼休みの屋上でいつもしていた会話が、こうして他の時間、他の場所でも出来るようになったことに、僕はとても浮かれていた。
 授業中も、休み時間も、放課後も、ずっと増子くんと一緒で、これがこれからもずっと続く幸せに、何も疑いを持っていなかった。

 だから僕の家の前に着いて、「さよなら、また明日」と言いあうのだと思っていた増子くんが、急に違うことを言い始めた時、とっさに理解が出来なかった。

「聖良、お兄さんに話がある。会わせてくれ」
「え……」

 真剣な顔で、しっかりと見つめられて、どきどきと落ち着かなかった心臓と、火が出そうに熱くなっていた頬が、さーっと落ち着いて冷めていくのが、自分でもわかった。

(それって……)

 増子くんが口にしたのは、これまで僕が幾度となく言われてきた言葉だ。

 小学校からずっと、兄さんへの取り次ぎをやってきた。
 だってみんな兄さんのことが好きだから。僕は兄さんの弟だから。
 僕に声をかけてくる人はたいてい、兄さんとの接点を求めて、その窓口として僕に近づく。

 それが当たり前で、普通のことだったのに、どうして忘れていたのだろう。
 何か硬いもので頭を殴られたような気持ちで、うまく返事も出来ない。

「あ、まだ、帰って来てないかもしれないけど……」

 うまく回らない頭で、とりあえず実情を伝えると、増子くんは「そうか」と頷く。
「じゃあ、また今度」と今すぐ帰ってしまいそうな雰囲気を感じて、僕はとっさに増子くんの制服の袖を掴んでしまった。

「待ってて、すぐ帰ってくると思うから」

 頭はごちゃごちゃに混乱しているのに、増子くんが帰ってしまうのが寂しいという気持ちは、どうやら僕の中で変わらないらしい。

「そうか」

 増子くんが僕に手を引かれて、一緒に家の中へ入ってくることにドキドキしながらも、締めつられるように胸が痛かった。

(僕……何やってるんだろう……)

 喉の奥に熱いものがこみ上げてきて、浮かんできた涙を零さないように、必死に唇を噛みしめた。