「おおーい弟くん、先輩が呼んでるよー」
休み時間にそう呼ばれることがひさしぶりで、僕は慌てて席を立った。
「はーい!」
知ちゃんは「頑張れ」というふうに手を振り、増子くんは寝た体勢のまま動かない。
急いで教室の出入り口へ向かうと、待っていたのは三年生の三人組だった。
(あ……)
いつだったか増子くんが追い返した人たちだ。
あれから僕に、兄さんへの取り次ぎを頼みに来ることはなかったので、増子くんが助言したように、直接兄さんのところへ行くことにしたのかと思っていた。
特にプレゼントらしいものを持ってもいないので、何か伝言だろうかと思いながら、その人たちの前に立つ
。
「お待たせしました」
先輩たちがニヤニヤしながら僕を見る。
「おおっ、弟くん」
「今日もかわいいねー」
「?」
兄さん以外の人に「かわいい」なんて言われたことが初めてで、僕は首を傾げた。
兄さんは僕の兄なので、弟の僕が可愛いのはわかるけれど、この人たちは何を言っているのだろう。
「かわいい?」
確認するように聞き返すと、先輩たちが笑い始めた。
「いいね! わかってない感じ」
「なんでみんな話題にもしないんだ?」
「そりゃあ、ほら、高崎が……」
三人で盛り上がりながら、僕を取り囲む。
「あの……」
兄さんへの取り次ぎならいつでも歓迎だけど、そうじゃないならこの状況は少し困る。
自分より背の高い上級生たちに囲まれて、背が低い一年生の僕は、どうしていいのかわからない。
少し怖くもあって、後ずさりしようとした時、以前僕の顔に触ろうとした先輩が、身を屈めた。
「弟くん、俺らと遊ばない?」
「え?」
この人たちは兄さんに用があって、僕に会いに来たのだとばかり思っていたので、驚いてその顔を見返す。
その様子を、また面白そうに笑われる。
「かっわいいー」
肩に腕を回されて、引き寄せられそうになった時、背後から声が飛んだ。
「聖良!」
「————!」
こういう時、僕を助けてくれるのは、昔から決まって知ちゃんで。でも知ちゃんは、僕を呼び捨てにしたりしない。「聖ちゃん」と呼ぶ。
それなのに、その声には聞き覚えがあって、耳にした瞬間、心臓が口から飛び出してしまいそうにドキリと跳ねた。
(え……?)
先輩たちの間から見た教室の中では、知ちゃんがこちらへ向かって駆け出そうとしている。でもその足を止めて、驚いてふり返っている。
決して大きなものではなかったのに、僕の名前を呼ぶ鋭いひと声で、教室はシンと静まり返っていて、みんな声の主に注目している。
その視線の先を追って見なくても、僕には誰が僕を呼んだのか、最初からわかっていた。
増子くんが射貫くような眼差しで、真っ直ぐにこちらを見ていた。
先輩たちに周りを囲まれて、いったいどうしたらいいのかとついさっきまで困っていたのに、増子くんと目が合った瞬間、僕の身体はするっと先輩たちの間をすり抜けて、彼に向って走り出す。
いつだって、そう。増子くんの背中を追いかけて走るのだけは、躊躇も、考える時間もまるでなかった。
駆け戻ってきた僕を、席から立ち上がった増子くんが、大きく手を広げて抱き止めた。
一瞬ぎゅっと抱きしめられて、それからすぐに、斜め前に立っていた知ちゃんに引き渡される。
「頼む」
短く言った増子くんに、知ちゃんは少し焦りながらも「おう」と答えて、僕を抱きしめる。
「聖ちゃん大丈夫か? 何かされなかったか?」
知ちゃんが必死に何か訊いてくるけれど、僕の頭にはまるで響いていない。
教室の出入り口へ向かっていく増子くんの大きな背中。何か悪態をつきながらも、退散していく先輩たち。驚いたようにそれを見ているクラスメート。
どれも、とても重要な情報で、考えなければならないことはたくさんあるはずなのに、僕の頭にはたった一つのことしかない。
(名前……呼んでくれた……)
誰も呼ばない僕の名前。それを声にしてくれたのが、他の誰でもない増子くんだという事実が、胸の奥がぎゅーっと痛くなるくらいに嬉しくて、泣いてしまわないように目を大きく見開いていることが、せいいっぱいだった。
休み時間にそう呼ばれることがひさしぶりで、僕は慌てて席を立った。
「はーい!」
知ちゃんは「頑張れ」というふうに手を振り、増子くんは寝た体勢のまま動かない。
急いで教室の出入り口へ向かうと、待っていたのは三年生の三人組だった。
(あ……)
いつだったか増子くんが追い返した人たちだ。
あれから僕に、兄さんへの取り次ぎを頼みに来ることはなかったので、増子くんが助言したように、直接兄さんのところへ行くことにしたのかと思っていた。
特にプレゼントらしいものを持ってもいないので、何か伝言だろうかと思いながら、その人たちの前に立つ
。
「お待たせしました」
先輩たちがニヤニヤしながら僕を見る。
「おおっ、弟くん」
「今日もかわいいねー」
「?」
兄さん以外の人に「かわいい」なんて言われたことが初めてで、僕は首を傾げた。
兄さんは僕の兄なので、弟の僕が可愛いのはわかるけれど、この人たちは何を言っているのだろう。
「かわいい?」
確認するように聞き返すと、先輩たちが笑い始めた。
「いいね! わかってない感じ」
「なんでみんな話題にもしないんだ?」
「そりゃあ、ほら、高崎が……」
三人で盛り上がりながら、僕を取り囲む。
「あの……」
兄さんへの取り次ぎならいつでも歓迎だけど、そうじゃないならこの状況は少し困る。
自分より背の高い上級生たちに囲まれて、背が低い一年生の僕は、どうしていいのかわからない。
少し怖くもあって、後ずさりしようとした時、以前僕の顔に触ろうとした先輩が、身を屈めた。
「弟くん、俺らと遊ばない?」
「え?」
この人たちは兄さんに用があって、僕に会いに来たのだとばかり思っていたので、驚いてその顔を見返す。
その様子を、また面白そうに笑われる。
「かっわいいー」
肩に腕を回されて、引き寄せられそうになった時、背後から声が飛んだ。
「聖良!」
「————!」
こういう時、僕を助けてくれるのは、昔から決まって知ちゃんで。でも知ちゃんは、僕を呼び捨てにしたりしない。「聖ちゃん」と呼ぶ。
それなのに、その声には聞き覚えがあって、耳にした瞬間、心臓が口から飛び出してしまいそうにドキリと跳ねた。
(え……?)
先輩たちの間から見た教室の中では、知ちゃんがこちらへ向かって駆け出そうとしている。でもその足を止めて、驚いてふり返っている。
決して大きなものではなかったのに、僕の名前を呼ぶ鋭いひと声で、教室はシンと静まり返っていて、みんな声の主に注目している。
その視線の先を追って見なくても、僕には誰が僕を呼んだのか、最初からわかっていた。
増子くんが射貫くような眼差しで、真っ直ぐにこちらを見ていた。
先輩たちに周りを囲まれて、いったいどうしたらいいのかとついさっきまで困っていたのに、増子くんと目が合った瞬間、僕の身体はするっと先輩たちの間をすり抜けて、彼に向って走り出す。
いつだって、そう。増子くんの背中を追いかけて走るのだけは、躊躇も、考える時間もまるでなかった。
駆け戻ってきた僕を、席から立ち上がった増子くんが、大きく手を広げて抱き止めた。
一瞬ぎゅっと抱きしめられて、それからすぐに、斜め前に立っていた知ちゃんに引き渡される。
「頼む」
短く言った増子くんに、知ちゃんは少し焦りながらも「おう」と答えて、僕を抱きしめる。
「聖ちゃん大丈夫か? 何かされなかったか?」
知ちゃんが必死に何か訊いてくるけれど、僕の頭にはまるで響いていない。
教室の出入り口へ向かっていく増子くんの大きな背中。何か悪態をつきながらも、退散していく先輩たち。驚いたようにそれを見ているクラスメート。
どれも、とても重要な情報で、考えなければならないことはたくさんあるはずなのに、僕の頭にはたった一つのことしかない。
(名前……呼んでくれた……)
誰も呼ばない僕の名前。それを声にしてくれたのが、他の誰でもない増子くんだという事実が、胸の奥がぎゅーっと痛くなるくらいに嬉しくて、泣いてしまわないように目を大きく見開いていることが、せいいっぱいだった。



