【毎日更新】魔法王国の幼馴染み(旧・魔法王国の絆の軌跡)

セリスが魔法書を見つけたのは、ルアンと離れてから少し経った頃だった。
 彼女が入った部屋は小さな魔法灯が一つあるだけの薄暗い空間。埃っぽく湿気臭く、長年誰も手をつけていないのが窺える。

(気の所為かな⋯。)

 そう思いつつも、見回していると高めの棚の一番上に鎖が巻いてある古びた鉄の箱を見つけた。
箱を取ろうと、脚立を探していると右側から自らそれはやってきた。
どうやら、この図書館の脚立は魔法で使用したい人を察知し自動で動く仕組みのようだ。

 セリスは早速、それに乗り下ろし開けようと試みる。
 しかし、いくら力を込めても、なかなか開かない。

「もしかして魔法がかけてあるのかも」

 そう思ったセリスは、魔力回路に鎖と箱に己の魔力を流し込んでみた。
 すると案の定蓋がガチャと開いた。
 中に入っていたのは、黒字で『忘れられた魔法書』と書かれた赤紫色の魔法書。

「あった! これだ!」

 セリスが、嬉々として魔法書を取り出した。
 その時だった。
 ドォン! 
 凄まじい衝撃音が館内に響いた。

(何、今の音!? もしかしてルアン? 戦ってるの? だとしたら急がないと!)

 彼女は、魔法書を胸に抱え部屋を飛び出した。
 一刻も早く、彼の許へと。
 そうして、通路の吹き抜け辺りまで到達した時。彼女の目に飛びこんで来たのは血溜まりに座り込むルアンと、彼の目の前に立つ胡乱な男の姿だった。
セリスの心臓が嫌な音を立てる。

(! そんなっ…ルアン!このままじゃルアンが!)

最悪の想像を振り払うように、セリスは走る速度をあげる。いや、上げようとしたのだが、足が急に重くなり転んでしまう。
ルアンの危機に、彼女の中でネガティブな感情がピークに達したのだ。
それにより呪いが発動。石化を始めた。

「 ⋯ったー。なに? 何が起きたの?」

 セリスは、上体を起こし、自分の足の甲に触れる。
 すると、人肌とは思えないカチコチとした感触が靴越しに伝わった。

「嘘⋯でしょ? なんで、こんな時に⋯。急がなきゃいけないのに⋯」

 固まった足は、動かそうとする彼女の意思とは裏腹に微動だにしない。
 それどころか感覚すらもない。
 
「⋯⋯そうだ。足が動かなくても手ならまだ…」

しかし、彼女は諦めなかった。
魔法書を胸にしまい、這ってでもルアンの下へと進む。


その間、ルアンはユーティリアの詰問を続けていた。

「名前だったか? ユーティリア・ノワール。俺は俺だ。何者でもねぇ。それと目的、だったな……魔法書だ。俺はずっと、あの魔法書を探してた」
「魔法書…だと? ……まさか!」

 ルアンは、ユーティリアと名乗った男の言葉に、一つの憶測が浮かびハッとする。

「そうだ、さっきお前らが話してた魔法書の事だ。あの魔法書にはな、特別な力がある。その力があれば俺の野望は達成できる」
「…特別な力、だと?」
「あぁ…。どんな魔法をも消し去る力だ」
「!」

 ユーティリアの言葉は、ルアンにとって信じ難いものだった。信じられないとばかりに、彼は瞠目する。
 それもそうだろう、魔法士として城にいても聞いたこともないのだから。

「自分はなァ!  魔法によって散々な目に合ってきた! こき使われたあげく用済みになれば、捨てられた!  あんなに城のために働いてやったのに!  だから、あの魔法書で復讐してやると決めた!」

ルアンは、ユーティリアの叫びにも近い物言いを、どこか呆れたような冷めたように聞いている。
ふと、ルアンの耳にズリズリッと引き摺るような物音が届く。
何かと、そちらへ視線を向けると這いながら前進してくるセリスを捉えた。

(! セリス!)

この時、ルアンは初めてセリスが近くまで来ていた事を知った。

(! 足が石に! もう発症が始まったのか!?)

セリスの足を見て、ルアンは一瞬内心で激しく動揺する。
 しかし、今ここで自分が態度に出せば、彼女が近くまで来ていることを目の前で卑下た笑みを浮かべる男に悟られてしまう。
そうなれば、彼女を狙うだろう。
ルアンは、駆け寄りたい気持ちを理性で押さえ、

「ハッ…テメェ如きが復讐なんて出来るわけねぇだろ。そんな事も解らねぇのか、三下や……っ!」

ユーティリアを挑発的な笑みを浮かべ、見上げ煽る。
言い切らない内に、ルアンの全身に激痛が走った。
ユーティリアがルアンの負傷部に重い足蹴(あしげ)を見舞ったのだ。

「ガハッ…!ハァ…ハァ…」

ルアンは吐血し、前傾姿勢で身悶える。
苦しむルアンに、ユーティリアは更に言い放つ。

「誰が三下だと!?  どいつもこいつも見下しやがって!! まずは邪魔な貴様らから消してやる!」

そんな光景を、セリスが黙って見ていられるはずもなく、思わず叫んでしまう。

「止めて!それ以上、ルアンに危害加えないで!」
(…ばか、やろ…!そんな事をしたら…お前が標的に!)

ルアンが、そんな事を考えながら疼きに耐えていると、

「なんだァ…?…ただの女か…。お前の連れらしいなぁ?」

声のした方へユーティリアの濁った三白眼の瞳が向き、セリスの姿を捉えた。

「ちょうどいい貴様の前に、あのボロ雑巾みてぇな女からだ」

そして、そう呟くとセリスの方へノソノソと向かっていく。

(……ボロ雑巾?…今、アイツセリスをボロ雑巾って言いやがったのか?…あの口を使い物にならなくしてやる)

 ユーティリアのその発言を理解した瞬間、ルアンの目が据わった。
 自分の事なら侮辱されようが一向に構わない。
 だが、彼女の事を貶なされることだけは、彼の魂が断じて許さなかった。
 もはや、傷口から伝い落ちるの生温かい感触など消え去った。
 ルアンは本棚がミシリと軋むほど、強く掴み立ち上がる。

「セリス。どこかに避難して待ってろ。直ぐに行くから」

そして、セリスに目を向け忠告した後、

「テメェが誰だろうが、容赦しねぇ…!今ここで再起不能にしてやる」

睨みつける剣呑な目、地を這うような声で言い放った。
凄まじい威圧感。
普通の人間なら、腰が抜けそうな程だ。

(急に雰囲気が変わったか…)

 だが、男は突然ルアンが纏う雰囲気の変わりように目を見開くも、畏怖する様子はない。
むしろ面白いと言わんばかりに口角を上げた。

「ハッ!  出来るもんなら、やってみやがれ! その前にオレが始末してやるがな!」

そして、剣のような魔道具の鞘を外すと、振りかぶりルアンに斬りかかった。
ルアンは、瞬時に身を低くし躱し、そのまま左側へと軽く飛び移り男と距離を取った。
しかし、その動きは通常よりも些か機敏さに欠けている。

そのまま、軽くステップ左側へと飛ぶように移る。その際、足をもつれさせた。
なんとか立て直した所に、今度は火球(ファイアーボール)が迫る。
ユーティリアが、魔道具から放出したのだ。
ルアンは、火球を間一髪のところで躱す。

「くっ…!」

しかし、完全には避けきれず火球が彼の服を掠め、少し焦げる。
火球は、後方の本棚に直撃し爆ぜた。
棚からは煙が上がる。
幸いにも、他の利用者はおらず被害者は出ていない。

「ほぉー。その状態で、今のを躱したか。流石宮廷魔法士と言うところかァ。だが、これは、避けれまい!」

ユーティリアは、口元を愉快そうに歪めて言うと、今度は火球を次々と繰り出した。
本棚が次々と崩壊する。
ルアンはユーティリアの猛攻に、魔力を練ることもできない。

(クソ! あれが邪魔だな。それに室内だと風魔法も天雷球連弾《サンダーボールラピト》も大技も使えねぇ)

ルアンは躱しながら、反撃の機会を窺う。

(奴の魔力が切れたら使えなくなるだろうが、そんな時間はねぇ)

ルアンは側に落ちていた本を素早く拾い、ユーティリアの手を目掛けて投擲した。
だが、それはユーティリアの直前で滑るように曲がりに背後へと飛んでいった。

「無駄だ!自分の魔法は空間歪曲だ。空間を歪ませて、攻撃を反らすことが出来る。自分には物理攻撃は効かない!」

ユーティリアの説明にルアンは、内心納得した。
改めて見ると、ユーティリアの正面にだけ薄い膜のような物を目視できた。

「それがどうした。方法なら他にいくらでもある」

得意顔のユーティリアに、ルアンは、さも何の問題ないというかのように言ってのける。
それから、火球を躱しながら数秒で周囲を把握。
一番近くの浮遊している魔法灯に狙いを定め、電撃を放出した。
ルアンの絶妙なコントロールで魔法灯を伝い、
ユーティリアの背後に直撃する。
同時にユーティリアの魔法も解け、張っていた膜も消えた。

「ガッ!?」

だが、威力は足りなかったようだ。
ユーティリア本人には、あまり効いていない。

「フー…。痺れたぜ…。他の方法ってのは今のか?こんなもんじゃ自分は倒せねぇぞ」
「みたいだな」

ルアンはそう言いながら、軽く手で埃をはらう動作をする。
その途端、ユーティリアの武器周辺から空気がサァっと霧散した。
ユーティリアは気がついていない。

「その程度か、宮廷魔法士の実力はよォ!…何故だ!何故出ない!?」

煽りながら、再び火球を繰り出そうと魔力を杖に込める。
しかし、杖の魔石は赤く光っただけで不発に終わった。

「テメェの、その武器の周辺を真空状態にした。
空気が無けりゃ点かねぇのは、魔力の火でも同じだろ」
「馬鹿な! 本来は魔法は一つしか使えないはず…お前、2つ使いか!?」
「あぁ」

驚き目の見開くユーティリティリアに、ルアンは興味なさ気に短く答えた。
そして、ユーティリアが驚いてる内に、風を自分の足に纏わせ一気に肉薄し、
片手に魔力を集めていた魔力で、最大限の雷撃を食らわせた。
その距離、ゼロ。

「うがぁぁぁ!」

ユーティリティリアは絶叫した後、動かなくなった。
ホッと息を吐いた瞬間、たちまち忘れていた背中と左脇腹の痛みがルアンを襲う。
 
(ぐっ…!まだだ。まだ、倒れるな…。|セリスの呪いを解くまでは…)

左脇腹を右手で押さえ、倒れそうな体を奮い立たせ、

(奴を拘束しねぇと…)

 満身創痍で悲鳴を上げている体に鞭を打ち、ユーティリアを縄で縛り付けようとした。
そこへ、終わりを悟った四つん這いで動き出したセリスがやってきた。

「ルアン!」
「…セリス…。もう少し待ってろ。コイツを拘束してから…っ」

そう言うルアンだが、その顔は歪み、手は小刻みに震えている。

「そんな体で何言ってるの。それくらいは私がやるから。」
「でも、お前は…」

ルアンは、ユーティリアを縛りながら言う。

「平気。私の事なんだから、ルアンばかりに負担かけさせる訳にはいかないじゃない。まだ魔法は使えるし、手伝うくらいはさせて」

何が呪いを進行させるのかが不明な以上、ルアンは、セリスに魔法を使わせるのは正直気が引ける。
しかし、セリスにそこまで言われてしまっては頷くしかなかった。

「……ハァ…。……分かった。じゃあ少し手伝ってくれ」
「ん!じゃあ《光拘束《ライトバインド》》で押さえとくね!」

セリスはそう言うと、ユーティリアに掌を向け
光魔法の拘束技を発動した。
光の環がユーティリアを囲むように現れ、彼をキツく締め付ける。
その間、ルアンがユーティリアの手足と胴体を縄で括る。

「……このくらいでいいだろ。もう解いていいぞ」
「了解」

ルアンの言葉で、セリスは魔法を解除する。
すると光の環も、すぅーと消えた。
それを見届けると、ルアンはセリスの隣に腰を下ろす。

「魔法書は 見つかったのか?」
「うん。あったよ」
「よし、なら直ぐにでも」
「その前に止血!」
「後で良い」
「良くない!言っとくけど、そんな事されても全然嬉しくないから!」

セリスは上着を脱ぐと問答無用でルアンの腰へと巻き付けた。
だが、あまり効果はない。
 傷口に鋭い痛みが走ったが、ルアンは平然とした顔で耐え抜いた。
 巻き終わると、見つけた魔法書をルアンに見せた。

「ほら、これ」
「…思ってたほど禍々しくはないな」

ルアンは、その魔法書を物珍しそうに見ながら言う。

「で、どうすれば良いんだ?」
「えーとね、ちょっと待ってね…」

セリスはパラパラと魔法書を流し読みし、該当するページを見つける。
そこには、しかしそこには、黒字で呪いを打ち消す呪文と魔法陣、それと予想もしていなかった解呪方法が記されていた。