【毎日更新】魔法王国の幼馴染み(旧・魔法王国の絆の軌跡)

医務室を出たルアンとセリスは、城下町の大通りまで来ていた。
 青空の下、初春の冷たさが残る風が吹く中、図書館を目指す二人の歩調は、気持ちやや早めだ。

「⋯ねぇ、つらくない? もう少しペース落とした方が…」
「問題ない。心配しすぎだ」

 セリスが顔色を窺うように見ると、ルアンは苦笑いを浮かべる。

 現在二人が歩いている通りは、商人の大通りと呼ばれ、その名の通り、商人達が運搬の為に使用されるが多い。午後なら尚更だ。また、様々な店が多く建ち並び、人通りもそれなりにある。
 その為、二人の物騒な話も、雑音に馬車にかき消されて、行き交う人達の耳には入っていない。

「だって!凄い大怪我だったから!」
「俺はそんなにヤワじゃない」
「知ってる。けど、心配くらいはさせてよ!」

 膨れっ面で不貞腐れたように言うセリスに、ルアンは思わず失笑する。

「お前の方こそ、具合悪くなったりは?」
「ないよ!平気!」

セリスは、首を振り何時ものように屈託のない笑顔で答えた。

「そうか。何か異変あったら直ぐ言えよ」
「うん。 ルアンもね!」

多分言わないだろうなと思いつつも、セリスはルアンに釘を刺した。

「⋯ところでさ、どんな魔法書なんだろうね」
「呪いに纏(まつ)わる本だからな、禍々しいのかもな」
「えぇ〜。それは、なんか嫌だな…」

よほど悍(おぞ)ましい物を想像したのだろう。
セリスは眉を潜め、嫌悪感を露わにする。

「それにしても、何で隣町の図書館なんだ。 城の書庫でもいいはずだろ。その方が厳重なに管理もされるわけだし」
「だよねぇ。何でなんなんだろ?」

 二人のこんなやり取りを人混みに紛れ、こっそりと聞いている怪しげな人物が一人。
 だが、二人は、全くその事に気がついていない。

 大通りを過ぎると次第に人通りは少なくなり、閑静な住宅街へと変わっていった。
 賑やかな喧騒が消え、響くのは自分達の足音だけ。
 更に、そこからしばらく進むこと数キロ。
遠目にだが、大理石で作られた縦長の建物を視認した。

「あ、見えてきたね!」
「あぁ」

わざと明るく声を出して一歩前に出たセリス。
だが、図書館が近づくにつれ彼女の歩幅は反比例するように狭くなっていく。

今までずっと彼女は、気丈に振る舞ってきた。
しかし、その心の中は既に限界だった。
もし呪いが解けなかったら⋯。
そんな最悪の事態が頭をよぎる度に、崩れ落ちそうになる程に。

「セリス⋯お前さっきから無理して笑ってるだろ」

突然背後から、かけられた核心を突く言葉に、セリスの肩がビクッと跳ねた。

「そ、そんなことないよ!」

セリスは足を止め振り向き、慌てて首を振って笑ってみせる。
しかし、ルアンには通用しなかった。

「…俺の前でまで強がらなくていい」

ルアンの、その一言が今まで彼女が必死に繋ぎ止めていた、心の防波堤をいとも簡単に崩壊させた。
セリスは情けない程に眉を下げ、うつむき加減で心の内を吐露する。

「本当は…めちゃくちゃ不安だし、怖いんだ…。ねぇ、ルアン」
「なんだ?」
「⋯もしさ、もし⋯私の呪いが解けなかったら⋯」

セリスの口から、か細く震える声で紡がれた言葉。
だが、ルアンは、そんなセリスの声を聞き逃さかった。
彼女の言葉を強引に遮り断言する。

「そんなことにはならない」

それ以上は、聞きたくないと言わんばかりに。

「でも、何か特別な条件があるって、言ってたじゃん。その条件を満たせなかったら⋯?」

この疑問は、セリスがずっと胸中に抱えていたものだった。

「お前にしては珍しく弱気だな」

ルアンはそう言うと、セリスに歩み寄り肩を掴み、自分の方へと向き直らせる。

「そうなったら、何か他の手立てを考え直すだけだ。俺が絶対に解いてやるから、安心しろ」

そして、力強く言い切ると、気恥ずかしそうに視線を反らした。
セリスにはルアンの自信が何処から来ているか分からない。けれど、その頼もしさに、胸の中に渦巻いていた不安が自然と消えていくのを感じた。

「うん。ありがと」

セリスは小さく頷くと、ルアンと共に再び歩き出した。


宙に浮く本に彩られた幻想的なアーチ型の門を通り抜け、天井のスタンドグラスから七色の光が差し込む館内へと足を踏み入れた。
二人はそのまま直進し、案内板で確認する為に受付けまで向かった。

二人のいる受付の真っ直ぐ先(中央奥)には、巨なる三日月のオブジェクトが聳え立つ。
その周りには最上部の書架まで繋がる魔法の空中回路。
また、オブジェクトを挟み西、東、北側には視界を埋め尽くす程の書架が多数。
所蔵の書物は一定の段数ごとにジャンル分けされ、その仕切りとして少し広めの閲覧用高架廊と、そこに行くまでの階段が設置されている。

「えーと、何エリアにあるかな?」
「部類的には専門か魔学辺りだろうが…。表向きなエリアにはないかもな」
「だよね。どうする?とりあえず行ってみる?」
「そうするか」

二人は机や椅子の並ぶエリアを通り、魔法関連の書物がまとめられた西側の最下部へと移動した。
セリスが下半分を、ルアンが上半分を目を凝らし探すが、このエリアでは『忘れられた魔法書』は見つからない。

「ないな」
「違うエリアにあるのかも」
「次は、専門書エリアに行くか」
「そうだね」

二人は東側の最下部へと移動する。
その道中、二人が

「魔法書の魔力を探知出来たら手っ取り早いんだけど、無理だよね」
「あぁ…おそらく魔力は封じられてるはずだ。そうじゃないと、普通の図書館には置けないだろしな」
「やっぱり」
「一般人には分からない場所に隠してある可能性もある。パット見じゃ分からないような場所にな」
「そんな場所あるかな?この図書館に…。!」

と小声で話しながら、二人がとある一角を通りすぎようとした時だった。
セリスが言い知れぬ違和感を覚え足を止める。

「あ、ねぇ。もしかして、あんな感じの所?人目につかないって」
「どれだ」
「ほら、あそこ」

セリスが指差したのは、西側の棚と棚の間にある妙に色の濃い空間だった。
ルアンが目を凝らすと、他の棚に比べて少し背が低い棚があり、本棚と本棚の間に不自然な隙間が空いている。

「⋯確かに他とは作りが違う棚だが、配置の問題じゃないのか?」
「それもあるけど、なんか空気が違う感じがして」
「空気?俺には特に何も感じないが…」
「うーん…なんだろ?」

何かが引っかかるのか、セリスは空間の正体を眉をひそめ、再び見つめる。そしてーー。

「ねぇ、あそこまだ探してないよね?」
「あぁ、そうだな」
「じゃ、ちょっと行ってくる!ルアンは少し休んでて!」
「あ、おい!」

ルアンの制止の声も聞かずに、セリスは、そこ空間まで小走りで走っていった。
そのまま、身を滑り込ませ横の空間へと、するりと身を滑り込ませる。

(ったく。俺が休んでたら二人で来た意味ないだろ)

ルアンが、セリスの後ろ姿を見ながら、やれやれと溜息をつく。
その瞬間、彼は産毛が逆立つような不快な魔力を背後に感じとった。

(殺気!)

反射的に身を翻す。
しかし、それよりも早く強い衝撃と激痛が彼の脇腹に走り、

「ぐっ⋯!」

受け身も取れぬまま後方に吹き飛ばされた。
背中から数メートル先の本棚に激突した後、ズルズルと崩れるように座り込んだ。

「かはっ⋯!げほっ!」

強打した背中と、脇腹が悲鳴をあげる。
喉から出たのは呻き声ではなく、むせ上がってきた息だった。
 彼の周りには衝撃で雪崩れ落ちた重い魔法書が散乱し、宙には埃が舞う。
脇腹の切傷から、拍動に合わせて流れ出る鮮血が白い本を赤く染めていく。

「なんだァ…まだ生きてやがったのか…」
「ッ…テメェ…何者だ!  何のつもりだ!」
「だが、もう動けなさそうだなァ?」

ルアンは、胡乱な男を見上げながら質疑を問う。
しかし、胡乱な男は答えようとはしない。

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