【毎日更新】魔法王国の絆の軌跡

魔法王国エルヴェリア。

自然豊かでいたる所に緑があり、水路が張り巡らされ、空には魔法のキラキラと輝く。
そんな美しいこの国では、魔法士の育成に国を挙げて力を注いでいる。
身分を問わず、誰でも入学が可能な魔法学校を経て、その中から特に才能を見込まれた者は、国王直属の宮廷魔法師として国の中枢を(にな)う。

今、王城では、その選ばれた者の中でも、若くしてその任に選ばれた一組の男女幼馴染みがいる。




消毒液など薬品のツンと鼻を刺す匂いが漂う、エルヴェリア城の医務室。
窓から射す午後の陽光が、白い簡易的な寝台を照らしている。
何時もは静けさに包まれている、この部屋だが今日ばかりは違う。

「ハァ!? 呪いをかけられたァ!? 」

男性らしき声が医務室中に響き渡った。
素っ頓狂な声を出したのは、寝台でうつ伏せで横になる菖蒲《しょうぶ》色の短髪の美青年。
左寄りで左右非対称に分け、かきあげられた前髪。
サイドを耳にややかかる程度まで短く切り揃えた髪型の彼は、信じられないと言わんばかりの顔でガタガタと起き上がろうとする。

「ちょっと落ち着いて! そんなに大声出したら傷に障るって!」

慌てて制したの薄いベージュのミディアムヘアを、頭頂部で一つに結い上げた、容姿端麗な若い女性。

女性の装いは、宮廷魔法士の制服(金色の刺繍が施された群青色のジャケット)に白シャツ、同じく白いタイトなズボン。
それから、足元は茶色のロングブーツ。

青年も概ね似たような装いだが、異なる点がある。
一つはズボンの色だ。女性が白いのに対し、青年は黒いストレート。
二つ目は上着《ジャケット》だ。女性と同じ物を普段は着用しているが、現在はない。
理由があり破れて寝台の上に広げて置かれている。
おまけに、乱れたシャツからは真新しい包帯が覗いている。

「落ち着いてられるか! どうして黙ってた!」
「だ、だって!私よりイアンの方が大怪我で辛そうだったから…」

何時のイアンからは考えられない語気を荒らげた言い方に、女性はたじろぎながらも正直に答える。
 しかし、その返答でイアンの細いキリッとした眉はこれ以上ないほど吊り上がる。

「馬鹿か! お前は! 」

イアンの怒鳴り声に、セリスは肩をビクッと震えさせる。

「俺は外傷だけだ。治療すれば治る。だがセリス、お前のは違うだろ! 呪いだぞ、呪い!解ってるのかよ!」

イアンの切れ長で紫色の瞳が、セリスを射抜くように捉える。
 その目には、心配と焦りが滲んでいる。
 その鋭い眼差しに思わずセリスが一歩後ずさった。その拍子に彼女の髪もユラリと揺れる。

「わ、解ってるよ! でも⋯自分より辛そうな人がいたら、誰だってそっちを心配するでしょ!」

セリスは気圧されながらも言い募る。

「……少なくとも、私には自分を優先するなんてできない⋯」

しかし、その声量はだんだんと小さくなり、最後には(うつむ)いてしまう。
 イアンはそんな幼馴染みの悲しそうな表情に、しまったという表情を浮かべる。
平静に戻ったイアンは困り顔で頭を搔き、

「⋯悪かったな⋯怒鳴って⋯。ただ俺と違って、お前のは下手すると命に関わる事なんだ。もっと自覚をもってくれ」

と優しく(さと)し、セリスの細い肩にそっと手を置いた。




 二人が、なぜ医務室にいるのか。
 それは、時は数時間前に遡る。


 この日のイアンとセリスの業務は、宮廷魔法士専用の執務室での事務作業だった。
ここ連日、城内で魔法による結界の改築作業に伴う、大量の報告書をイアンとセリスが二人で一手に請け負っていたからだ。
二人は朝から山積みの書類に向かい、ひたすらに羽ペンを走らせていた。

ふと手を止めたイアンが隣に視線を向ける。
すると、セリスが目を何度もしばたたかせていた。

「セリス、そろそろ疲れてきてるだろ。ペース落ちてるぞ」
「少しね。でも、まだ全然大丈夫だよ」
「根詰めすぎるな。いくら忙しい時期とはいえ、休憩したって罰は当たらないだろ」
「そうだけど、締切が今日までなのがいくつかあるから」

隣からかけられる言葉に、セリスは手を止めることなく淡々と返す。
イアンは、そんな彼女の様子に小さく息を吐き、

「だったら、こっちにも半分回せ」
「えっ、でも…」
「いいから。お前だけにやらせたら、終わる前に倒れるだろ」

と言い、自分の机の一角を指先で小さく叩く。
それは、ここに置けと言う彼の合図。
セリスが隣のイアンの机を覗くと、彼の方は半分くらい減っていた。

「イアンだってまだ結構あるじゃん」
「お前よりはマシだ」
「じゃあ、お願い」

セリスは厚意に甘え、半分を彼の机の上に置き再び作業に取り掛かる。
イアンもそれを一瞥した後、何でもないかのように再開した。
そうして処理を続け、一区切りつくとーー。

「一旦休憩にするか」

イアンは徐ろにそう言い、ペンを置いた。

「そうだね」

セリスも、今度はイアンの提案に乗り、
ペンを置くと座ったまま天高く体を伸ばす。

「今、珈琲淹れるから待ってろ」

イアンは起立し、肩を回しながら室内の休憩スペースへ向かった。
数分も経たない内に、挽きたてのこうばしい香りが部屋中に広がる。

「いい香り!イアンの淹れる珈琲は、美味しいんだよねぇ」
「そうか? 大して変わらないだろ。こんなの誰が淹れても」

ぶっきらぼうな口調だが、イアンの口角は上がっている。
 珈琲が出来上がると、二人分の黒いカップを手に持ち、作業机まで戻った。
そして、セリスに「ほら」と珈琲の入ったカップを手渡す。

「ありがとー!」 

カップを両手で受け取り、セリスは口に一口含んだ。途端、その自分好みの絶妙な甘さに頬を綻ばせる。

「ん、やっぱり美味しいー!」
「それは良かった」

 美味しそうに飲むセリスを満足気に見ながら、イアンは自分の椅子に座りカップに口をつけた。
 そんなのほほんとした空気の中、突然執務室の扉が強くノックされた。
 イアンがカップを机に置き、扉を開ける。そこに立っていたのは、息を切らした伝達役の者。
 只事ではなさそうだと感じたイアンの眉間に皺が寄り、セリスは真剣な表情をなる。

「一体どうした。何があった?」
「敵国が進軍してきた模様! 敵は城門付近まで到達しようとしています!  他の魔法士は既に戦闘中、至急お二人も戦闘に参加せよとの事です!」
「分かった。直ぐに出る。行くぞ、セリス」

珈琲を飲み干したイアンは、カップを机に置くと走り出した。

「解ってる!」

セリスも飲み干した珈琲のカップを机に置き、イアンと共に急いで部屋を出て、城外へ向かった。

こうして二人は、急遽(きゅうきょ)戦闘に駆り出される事になったのだった。

 二人が外に出ると既に混戦状態になっていた。
 二人は、城門前でそれぞれ離れた場所に就き、イアンは雷魔法で攻撃、セリスは光魔法を使役し応戦を始める。
 しかし敵の数は、倒しても倒してもキリがない。
 魔法を放つ度に体力は削られて、息が荒くなる。セリスの体は少しずつ、だが確実に疲労が蓄積していた。
その時、彼女の反応が(かす)かに遅れる。
その刹那の隙を見逃すほど、敵も愚かではない。

「油断したな!」

セリスの死角にいた敵魔法士が、彼女めがけて黒い(もや)のような物を放った。そして、それは吸い込まれるように彼女の体の中に入っていく。

(!…何!?今の…!?私、何されたの!?)

「ヒヒッ!それは呪いだ。お前は徐々に身体が石のように動かなくなっていくぞ!」

何が起きたのか解らず戸惑っているセリスに、靄を放った張本人の敵魔法士が高らかに告げる。

(!そんな……!)

セリスの顔から血の気が引く。

「これで、終わりだ!」

 更に追撃とばかりに敵の魔法士が放ったエネルギー弾を容赦なく撃った。
 エネルギー弾は、ショックを受け動揺しているセリスに向かって真っ直ぐに向かっていく。
 急いで防御魔法の光の盾(ライトシールド)を発動するセリスだが、右後ろからの至近距離攻撃に、

(ダメだ、間に合わない!)

 セリスは死を覚悟し目をギュッと閉じた。だが、いつまで経っても衝撃は来ない。
 不思議に思っていると、ドサッと何かが倒れるような音がセリスの耳に入った。

(?)

 恐る恐る目を開けると、視界に映ったのは、イアンの背中だった。
おそらく、粗方(あらかた)己の方の敵を蹴散らし終えたイアンが、セリスの加勢に急行する途中、彼女を狙ったエネルギー弾を目撃し、風魔法で弾を相殺。
それから、セリスの前に着くと彼女に守るように立ち、彼女を襲おうとした敵の魔法士を天雷球(サンダーボール)で撃破したのだ。

「……イアン?」

未だ頭が追いつかないセリスは、呆然とした様子で、背中を向けたままのイアンに声をかける。
すると、イアンがゆっくりと振り向く。

「………大きな怪我は…なさそうだな」

そのままセリスの身体を確認するように頭からつま先まで目を走らせ言った。

「うん。かすり傷だけだよ」

 セリスは、そう言うと微笑んでみせる。
その答えに深く息を吐きながら、イアンが安堵したように呟いた。
その時だった。
イアンがトドメをさしたはずの敵の魔法士が苦し紛れの魔法弾を放ったのは。
それは次第に大きくなり、イアンの背中に直撃する。