ツインプリンス ~運命~

 ある国に、二人の王子が生まれた。

 一人は王と妃(きさき)の子。
 もう一人は、王と妃の妹の子だった。

 そして王が心から愛したのは、妃の妹のサラだった。

 妃はとても欲深く、まるで我が物のように政権を握り、国を思うがままに操っていた。
 王はそんな妃を止めることができず、いつしか彼女への愛も冷めてしまう。

 妃のわがままに疲弊する王を、ずっとそばで支え続けた心優しいサラ。
 王が彼女に惹かれたのは、必然だった。

 サラは昔から王を慕っていた。
 けれど、その想いをそっと胸の奥にしまい込み、姉のために身を引いていた。
 しかし、王が苦しむ姿を幾度となく目にするうちに、彼女も自分の気持ちに嘘をつけなくなってしまう。

 表面上は妃が王の妻として君臨(くんりん)していたが、王の心にいたのはサラだった。

 そんな王とサラの関係を知った妃は激怒し、サラを追放しようとした。
 けれど王が、それを許さなかった。

 そんなとき、サラに子どもができた。
 王は大変喜び、次の跡継ぎはその子だと告げる。

 このままでは、サラにすべてを奪われてしまう。
 妃は焦った。

 王の愛も、権力も、すべてを失ってしまうかもしれない。
 それだけは、どうしても避けたかった。

 妃は考えた。
 そして一つの恐ろしい妙案が思い浮かぶと、その美しい顔を醜く歪めて笑った。


 皆が寝静まった頃、妃はサラの寝室へ忍び込んだ。
 寝台のそばへ足音を殺して近づき、眠っている子どもをそっと抱き上げる。

 すやすやと眠る赤子(あかご)の顔は、これから起こることなど想像もしていない、安らかなものだった。

「さようなら、王子」

 妃は不気味に微笑むと、子どもを抱えたまま城の外へ向かった。
 そして待機させていた家来に王子を渡し、冷たい瞳で言い放つ。

「こいつを遠くへ連れて行き、殺せ」

 家来は王子を抱え、森へと消えていった。

 妃の高らかな笑い声だけが、夜の静けさの中に響き渡っていた。



 蹄(ひずめ)の音が、静寂を破っていく。
 夜の森を、一頭の馬が駆け抜けていった。

 できるだけ遠くへ。
 そう思って走るうちに、男は町のスラム街へと辿り着いていた。

 町の最果(さいは)て。
 ここには最下層の人間しか住んでいない。
 さすがの妃も、こんなところまで足を運ぶことはないだろう。

 男は腕の中で眠る王子の顔を見つめ、苦悶の表情を浮かべた。

「俺に、殺せるわけないだろ」

 男は手にした毛布を赤ん坊に優しく巻きつけ、道の隅へそっと置いた。

「どうか、生き延びてください」

 王子に一礼し、男は再び馬に乗って走り去っていった。


 * * *


「セシル!」

 名前を呼ばれ、セシルと呼ばれた少年が振り返る。

 黒い髪の間から覗く、綺麗な蒼い瞳が印象的な少年だった。
 健康的に焼けた肌にはところどころ傷跡が目立ち、着ている服もボロボロで、破れたりよれたりしている。履いている靴も古びて色あせていた。

 頬についた汚れを拭いながら、セシルは微笑んだ。

「今日の取り分な」

 近づいてきた少年が、セシルの手に金貨を一枚渡した。

「お、すごいじゃん。金貨だ」

 セシルが金貨を見て目を輝かせる。
 金貨なんて、めったにお目にかかれる代物じゃない。

 興奮した様子で、セシルは少年を見た。

「どうやって手に入れたんだ? ポール」

 ポールは自分の分の金貨を見せて、誇らしげに笑った。

 セシルより少しだけ背が高く、大人びた顔立ちをしていて、女のように長い茶髪を一つに結んでいるのがポールのトレードマークだった。

「いいカモがいたんだ。裕福なご貴族様から、くすねてやった」

 ポールは胸を張り、へへっと嬉しそうに笑う。
 二人はお互いを称えるように拳を合わせた。


 ここはスラム街。
 二人は幼い頃から、このスラムで盗みを働きながら生活している。

 現在、十六歳。

 セシルたちにとって、生きる術は人から奪うことだった。
 物心ついた頃から、与えられることなどなかった。

 もちろん学校になど行けず、仕事をしようにも、スラムの者だとわかると誰もが嫌な顔をして門前払いにする。
 町で働ける場所など、どこにもなかった。

 裕福な者たちから奪う。

 それが、セシルたちにとっての当たり前の日常だった。



 二人はいつものように競い合いながら、家路を急いだ。

 ただ帰るだけじゃつまらない。
 二人で勝手にルールを作って、負けた方が当番を代わるなどのゲームをして遊ぶことが多かった。

 町のはずれにあるスラム街。
 そのスラム街のさらにはずれには、森があった。

 その森は昔から魔物が住むと噂され、スラムの者たちでさえ恐れ、なかなか足を踏み入れようとはしなかった。

 そこに、セシルたちの住処(すみか)はある。

 スラム街から森へ入る。
 森の中をしばらく走っていくと、小屋が見えてきた。

 その小屋は小さく、決して立派な建物ではなかったが、セシルたちにとってはたった一つの大切な場所だった。

 深い森の中に、その一軒だけがぽつんと建っている。
 周りに家屋は一切なく、その小屋だけがこの空間に確かな存在感を示していた。

「ただいま」

 二人が勢いよく扉を開けると、そこには怖い顔をした父親のロジャーが腕組みをして待ち構えていた。

 大きく筋肉質な体。
 強面(こわもて)の男が仁王立ちしている姿は、かなりの迫力がある。

 二人は嫌な予感がして、お互いの顔を見た。

「おまえら、遅いじゃねえか!」

 言い訳をする暇も、逃げる暇もない。
 次の瞬間、二人の頭にロジャーの鉄拳が振り落とされた。

「いってー!」

 二人の声が響く。

 激しく痛がる二人。
 その様子を見ていた周りの仲間たちが、おかしそうに笑っていた。

 ここにいるのは皆、本当の家族ではない。

 大人は父親代わりのロジャー。
 そして十六歳のセシルとポール。
 さらに年下の三人の少年たちが、一緒に暮らしていた。

 ここにいる少年たちは皆、ロジャーがスラム街で捨てられていた孤児を拾ってきて育てた子どもたちだった。

 ロジャーは一匹狼で、昔から森のはずれで一人、静かに暮らしていた。

 彼もまた両親に捨てられ、スラム街で育った人間だった。
 人を信じず、人から奪うことでこのスラムを生き抜いてきた。

 裕福な者から金品を奪い、一人孤独に生きていた。
 それで特に困ることもなかったし、ロジャーは満足していた。
 一生このまま、一人で生きていくのだと思っていた。

 あの日、セシルを拾うまでは……。



 セシルを見つけたのは偶然だった。
 その日、ロジャーは行きつけのバーで飲んだあと、家に帰ろうとふらふら歩いていた。

 すると、どこからか赤ん坊の泣き声が聞こえてくる。

 こんな真夜中に、外で赤ん坊が泣いている。
 興味を引かれたロジャーは、その方向へ吸い寄せられるように歩いていった。

 すると道の端で、毛布に包まれた赤ん坊を見つけた。
 抱き上げると、赤ん坊はなぜかすぐに泣き止んだ。

 ロジャーの顔はとても怖く、大人でも恐れるような風貌をしている。
 それなのに、この赤ん坊はその顔を見て笑ったのだ。

 このとき、今まで感じたことのない何かが、自分の中に芽生えるのをロジャーは感じていた。
 それがどんな感情なのかはわからない。
 けれど、赤ん坊をここに置いていくことはできず、家に連れ帰ることにした。

 スラム街には、ときどき子どもが捨てられていることがある。
 金に困った親が、子どもを捨てにくるのだ。

 今まではそんなこと気にも留めていなかった。
 けれどセシルを拾ってからというもの、ロジャーは道端に置き去りにされた子どもを見過ごせなくなった。

 そうして、一人、また一人と子どもを拾ってくるようになった。

 ロジャーはセシルとその子どもたちを我が子のように育て、生きる術を教えていった。
 彼が教えられることは、人から奪うことしかなかった。

 しかし、たった一つだけルールを作った。
 貧しい者からは取らないこと。
 裕福な者から奪うこと。

 子どもたちはそれを守り、優しい子に育ってくれた。
 きっとこのスラムでも一人で生き抜いていける、そんなたくましい人間に育った。

 ただ一つ、ロジャーには気になっていることがあった。

 セシルを包んでいたあの毛布。
 あれには、王家の紋章が刻まれていた。

 セシルはもしかして王族なのではないか。
 そんな考えが頭をよぎる。

 しかし、ロジャーはすぐにその考えに蓋をした。

 まさか、そんなことがあるわけない。
 そう思う一方で、もし本当にセシルが王族なのだとしたら、自分とは住む世界が違う。
 セシルとは一生会えなくなるかもしれない。

 そんな不安が、頭を支配する。

 ロジャーはぐっすり眠るセシルを見つめ、頭を優しく撫でた。

「おまえは俺の子だ」

 そう、自分に言い聞かせるようにつぶやいた。