公園で待ち合わせたくせに、玄関を出ると八尋と鉢合わせた。一緒に出てきた暁斗にちょっと不機嫌な顔で会釈するのに笑ってしまうのは、その態度が嫉妬しているように思えて気分がいいからだった。
暁斗はそんなふたりにしょうがないなと言いたげな苦笑いを浮かべると、日向にまた明日と挨拶をしてから帰っていった。彼の車が走り去るのを見送って、公園のほうへとぶらぶらと歩いていく。
さっき逃げてしまった手前気まずかった。気心知れた八尋の前でこんな気持ちになるのははじめてだ。
昼間はまだ暑さが残っていても、夜の空気はひんやりとしていた。街灯に照らされているとはいえ、夜の住宅街は寂しい。ふたりの家から目と鼻のさきにある公園は、こじんまりとしながらも昼間は子供の遊び場として賑わう場所となっている。日向たちも子供のころ、学校が終わるとここへ来て日が暮れるまで遊んだものだった。
昼間は賑やかな公園も、闇に沈めばひややかだ。ベンチに並んで座っていると、なんだか世界にふたりだけが取り残されているような気分になる。
「呼び出してごめん。でも、どうしても話しておきたくて」
八尋の声が、緊張しているような硬さを帯びていた。それにちいさく返事をして、なんとなく居住まいを正した。なにを言われるのだろう? と身構える心が、すくみあがっている。
それでも、もう逃げないと決めた。
「さっきはごめん。言い逃げみたいになっちゃって」
八尋があまりにも思いつめたような顔をしているので、まずはそう謝った。きっと彼は日向が言ったことを、いまのいままで真剣に考えてくれていたのだろう。
そしてどうしたら日向を傷つけずに済むか思い悩んでいる。
きっとそうなのだろうな、とちょっと笑ってしまった。それに八尋が不思議そうな顔をして、どうして笑うの? と問うてくる。
「八尋がすごく思い詰めた顔をしてるからさ」
「そりゃあ、日向から付き合ってって言われると思ってなかったし」
「そうだよね、ごめん」
そう謝ってしまってから、なんだか告白したことを謝っているようでいやになった。それでもすこし八尋の表情が弛んだのでよしとする。
「市ケ谷くんから八尋と付き合ってるって言われて焦っちゃってさ。八尋のこと、だれにもとられたくなかったから」
でも、八尋が付き合いたくないならこのままでもいいよ。
そう言ってやるのが正解なのに、言葉が喉に貼りついたまま出てこなかった。せっかく神様に死に物狂いで祈ったのだから、もう一度すきだと告げてしまいたい。
でも、八尋は困ったように眉を下げていた。この告白は彼をもっと困らせてしまうだろう。
それでもはぐらかしたくなかった。
――大丈夫、八尋がおれのことを嫌いなはずがない。
そう自分に言い聞かせて、日向は勇気を振り絞った。
「八尋のこと、すきだって言ったら困る?」
あ、ずるい聞き方になった。そう後悔したけれど、口を出た言葉はもう取り消せない。
「俺もひなちゃんのことはすきだよ。だれよりも大切に想ってる。でも、」
「でも、おれのことはそういう風には見てないんだろ? わかってる。わかってるんだけど、」
そのさきのうまい言葉が見つからなかった。代わりに八尋が日向の気持ちを汲んでくれる。
「……見てほしいってこと?」
八尋の心が揺らいでいるのがわかった。伺うように潜めた声が、いつもより低くてドキドキする。
鼓動が破裂しそうで苦しかった。できない、と言われたらどうしよう。怖くて、八尋の顔を見ることができなかった。
それでも再び勇気を振り絞って小さく頷く。
「おれ、市ケ谷くんに八尋を取られたくなかった。八尋があの子のことすきなら仕方がないけど、」
「市ケ谷とは付き合ってないよ」
日向の気持ちにははっきり答えない八尋が、そのことだけはきっぱりと否定してくれた。安堵がじわりと胸から染み出して、思わず、そっかあ、と気が抜ける。
「仲良さそうだったからてっきり本当かと思った」
「告白されて考えてたのは本当だけど、さっきちゃんと断ってきた。市ケ谷とは付き合えないって」
「……おれのせい?」
恐る恐るの言葉に、八尋が笑って首を振った。
「違うよ。考えてみてって言われたから考えてただけ」
「おれとのことも考えてくれる?」
「考えたよ。すっごく考えた」
せっかく柔らかに戻った八尋の表情がまた曇った。どう答えたらいいのか、まだ考えあぐねているのだろう。ここで即答してもらえないということは、やはり日向と八尋の気持ちは想うベクトルが違うのだ。
それでもここで諦めたら、時間を巻き戻してもらった意味がなくなってしまう。みひろとの恋路を壊してまで、告白した意味がなくなってしまう。
「困らせてごめん。でも、おれのこと本当にそういう目で見れない? おれは友達のままじゃなくて、八尋の恋人になりたい」
「俺にとってひなちゃんは世界でいちばん大切な存在だよ。でもそれだけじゃだめなんだよね?」
ぐっと言葉に詰まった。真っ直ぐに向けられる八尋の目が、これで勘弁してくれと訴えているように思えてくる。胸の奥が切なさに喘いだ。
八尋の、幼馴染という関係を壊したくないという気持ちは痛いほどわかる。
それでも、日向はそれだけじゃ我慢できない。
「友達のままじゃ、八尋を独り占めできない」
自然とその言葉に力が入っていた。友達のままでは、できることとできないことがある。世界でいちばん大切にしてもらっても、八尋がだれかに恋をしてしまったら? それがないとは言い切れないから焦っているのだ。
「八尋に恋人ができたらどうしようって、本当はずっと怖かった。八尋がおれのこと大切に想ってくれているのはわかってるよ? でも、恋人ができたらそうじゃなくなる。八尋がそうしてくれるって言っても、おれはいちばんじゃなくなるから」
「ひなちゃんはずっと俺のいちばんでいてくれるってこと?」
「いさせてほしいってことだよ。だからおれと付き合ってほしい。八尋がだめだと思うまででいいから」
そう言ってしまってからすこしだけ後悔した。なんと図々しい言い草だろう。そんなことを言われて、八尋が日向を突き放せるわけがないのに。
思い悩む間が、思っていたよりもずっと長く感じた。八尋は日向の言葉を噛み砕いて、誠実な答えを返そうと悩んでくれているのだと自分に言い聞かせながら待った。諦めきれない駄々を捏ねてしまった後悔だけが募る。
それでも八尋をだれかに取られてしまうのはいやだった。
「……わかった」
あまりに長いこと八尋が思い悩むので、返事は後日でいいよと言いかけたとき、彼がたっぷりと言い淀んでからそう言ってくれた。快諾とは言えないけれど、断られはしなかったことに日向の気持ちが舞い上がる。
「じゃあ、いまから恋人ってことでいい?」
「いいよ」
恐る恐るの確認に、八尋がようやく笑みを見せてくれた。戸惑いが浮かんだままではあるものの、うれしそうに見えなくもない。
日向が安堵の笑みを浮かべるのに、八尋の頬も柔らかな笑みに崩れていった。ひとつ大きく息を吸って、安堵するような息を吐く。
「はぁ、緊張した」
「なんで八尋が緊張するんだよ」
「俺たちの最善ってなんだろうって、わからなくなっちゃったから、かな」
「最善?」
「俺はさ、ひなちゃんがいればなんだっていいと思ってたけど、言われてみるとたしかに、ひなちゃんに恋人ができる可能性もあるわけだろ? そうなったら、俺はひなちゃんのいちばんではなくなるわけで」
「うん」
「それはいやだなって思った」
その言葉は日向にとって最善だった。思っていた反応とはだいぶ違うが、それでもひとまず、恋人になることには成功した。
気持ちのベクトルはこれからすこしずつ合わせていけばいい。これだけ渋られたにも関わらず、日向の中にはまだ絶対的に好かれているという自信が残っていた。だから、いまはこれで充分だ。
「いっこだけ、俺からもお願いしていい?」
なにかに思い当たったように、八尋が笑みを引っ込めてそう言った。真剣な表情になんとなく居住まいを正す。
「うん、いいよ」
「暁斗さんとあんまり仲良くしないでほしい」
「え? アッキー?」
突然暁斗の名前を出されたのに、間抜けた声を出してしまった。そういえばさきほどすれ違ったときも、なんだか不機嫌そうな顔をしていたような気がする。
それでも日向のすきにすればいいと言っていたのに、付き合うとなったらこうして素直に心の内を曝け出してくれている。それがなんだかじわじわと嬉しくなってきて、思わず顔が笑みに崩れた。
付き合うってすごい。
「どうして笑うの?」
「いや、アッキーのことやっぱりいやだったんだなって」
「……そりゃあいやだよ。絶対に敵う気がしない」
八尋が苦虫を嚙み潰したような顔をした。そんなことを想ってくれているのに、その気持ちが恋ではないなんて信じられない。
それでも、それを口にするようなへまは犯さなかった。
「おれがすきなのは八尋だけだよ?」
代わりにちょっとドキドキしながらそう言うのに、八尋がくすぐったそうに笑った。もうずっと押し殺してきた気持ちを誤魔化さなくてもいいのだ。すごく単純なことなのに、ものすごくうれしい。
八尋と付き合っている。
それだけで世界がきらきらと輝きを増した。
暁斗はそんなふたりにしょうがないなと言いたげな苦笑いを浮かべると、日向にまた明日と挨拶をしてから帰っていった。彼の車が走り去るのを見送って、公園のほうへとぶらぶらと歩いていく。
さっき逃げてしまった手前気まずかった。気心知れた八尋の前でこんな気持ちになるのははじめてだ。
昼間はまだ暑さが残っていても、夜の空気はひんやりとしていた。街灯に照らされているとはいえ、夜の住宅街は寂しい。ふたりの家から目と鼻のさきにある公園は、こじんまりとしながらも昼間は子供の遊び場として賑わう場所となっている。日向たちも子供のころ、学校が終わるとここへ来て日が暮れるまで遊んだものだった。
昼間は賑やかな公園も、闇に沈めばひややかだ。ベンチに並んで座っていると、なんだか世界にふたりだけが取り残されているような気分になる。
「呼び出してごめん。でも、どうしても話しておきたくて」
八尋の声が、緊張しているような硬さを帯びていた。それにちいさく返事をして、なんとなく居住まいを正した。なにを言われるのだろう? と身構える心が、すくみあがっている。
それでも、もう逃げないと決めた。
「さっきはごめん。言い逃げみたいになっちゃって」
八尋があまりにも思いつめたような顔をしているので、まずはそう謝った。きっと彼は日向が言ったことを、いまのいままで真剣に考えてくれていたのだろう。
そしてどうしたら日向を傷つけずに済むか思い悩んでいる。
きっとそうなのだろうな、とちょっと笑ってしまった。それに八尋が不思議そうな顔をして、どうして笑うの? と問うてくる。
「八尋がすごく思い詰めた顔をしてるからさ」
「そりゃあ、日向から付き合ってって言われると思ってなかったし」
「そうだよね、ごめん」
そう謝ってしまってから、なんだか告白したことを謝っているようでいやになった。それでもすこし八尋の表情が弛んだのでよしとする。
「市ケ谷くんから八尋と付き合ってるって言われて焦っちゃってさ。八尋のこと、だれにもとられたくなかったから」
でも、八尋が付き合いたくないならこのままでもいいよ。
そう言ってやるのが正解なのに、言葉が喉に貼りついたまま出てこなかった。せっかく神様に死に物狂いで祈ったのだから、もう一度すきだと告げてしまいたい。
でも、八尋は困ったように眉を下げていた。この告白は彼をもっと困らせてしまうだろう。
それでもはぐらかしたくなかった。
――大丈夫、八尋がおれのことを嫌いなはずがない。
そう自分に言い聞かせて、日向は勇気を振り絞った。
「八尋のこと、すきだって言ったら困る?」
あ、ずるい聞き方になった。そう後悔したけれど、口を出た言葉はもう取り消せない。
「俺もひなちゃんのことはすきだよ。だれよりも大切に想ってる。でも、」
「でも、おれのことはそういう風には見てないんだろ? わかってる。わかってるんだけど、」
そのさきのうまい言葉が見つからなかった。代わりに八尋が日向の気持ちを汲んでくれる。
「……見てほしいってこと?」
八尋の心が揺らいでいるのがわかった。伺うように潜めた声が、いつもより低くてドキドキする。
鼓動が破裂しそうで苦しかった。できない、と言われたらどうしよう。怖くて、八尋の顔を見ることができなかった。
それでも再び勇気を振り絞って小さく頷く。
「おれ、市ケ谷くんに八尋を取られたくなかった。八尋があの子のことすきなら仕方がないけど、」
「市ケ谷とは付き合ってないよ」
日向の気持ちにははっきり答えない八尋が、そのことだけはきっぱりと否定してくれた。安堵がじわりと胸から染み出して、思わず、そっかあ、と気が抜ける。
「仲良さそうだったからてっきり本当かと思った」
「告白されて考えてたのは本当だけど、さっきちゃんと断ってきた。市ケ谷とは付き合えないって」
「……おれのせい?」
恐る恐るの言葉に、八尋が笑って首を振った。
「違うよ。考えてみてって言われたから考えてただけ」
「おれとのことも考えてくれる?」
「考えたよ。すっごく考えた」
せっかく柔らかに戻った八尋の表情がまた曇った。どう答えたらいいのか、まだ考えあぐねているのだろう。ここで即答してもらえないということは、やはり日向と八尋の気持ちは想うベクトルが違うのだ。
それでもここで諦めたら、時間を巻き戻してもらった意味がなくなってしまう。みひろとの恋路を壊してまで、告白した意味がなくなってしまう。
「困らせてごめん。でも、おれのこと本当にそういう目で見れない? おれは友達のままじゃなくて、八尋の恋人になりたい」
「俺にとってひなちゃんは世界でいちばん大切な存在だよ。でもそれだけじゃだめなんだよね?」
ぐっと言葉に詰まった。真っ直ぐに向けられる八尋の目が、これで勘弁してくれと訴えているように思えてくる。胸の奥が切なさに喘いだ。
八尋の、幼馴染という関係を壊したくないという気持ちは痛いほどわかる。
それでも、日向はそれだけじゃ我慢できない。
「友達のままじゃ、八尋を独り占めできない」
自然とその言葉に力が入っていた。友達のままでは、できることとできないことがある。世界でいちばん大切にしてもらっても、八尋がだれかに恋をしてしまったら? それがないとは言い切れないから焦っているのだ。
「八尋に恋人ができたらどうしようって、本当はずっと怖かった。八尋がおれのこと大切に想ってくれているのはわかってるよ? でも、恋人ができたらそうじゃなくなる。八尋がそうしてくれるって言っても、おれはいちばんじゃなくなるから」
「ひなちゃんはずっと俺のいちばんでいてくれるってこと?」
「いさせてほしいってことだよ。だからおれと付き合ってほしい。八尋がだめだと思うまででいいから」
そう言ってしまってからすこしだけ後悔した。なんと図々しい言い草だろう。そんなことを言われて、八尋が日向を突き放せるわけがないのに。
思い悩む間が、思っていたよりもずっと長く感じた。八尋は日向の言葉を噛み砕いて、誠実な答えを返そうと悩んでくれているのだと自分に言い聞かせながら待った。諦めきれない駄々を捏ねてしまった後悔だけが募る。
それでも八尋をだれかに取られてしまうのはいやだった。
「……わかった」
あまりに長いこと八尋が思い悩むので、返事は後日でいいよと言いかけたとき、彼がたっぷりと言い淀んでからそう言ってくれた。快諾とは言えないけれど、断られはしなかったことに日向の気持ちが舞い上がる。
「じゃあ、いまから恋人ってことでいい?」
「いいよ」
恐る恐るの確認に、八尋がようやく笑みを見せてくれた。戸惑いが浮かんだままではあるものの、うれしそうに見えなくもない。
日向が安堵の笑みを浮かべるのに、八尋の頬も柔らかな笑みに崩れていった。ひとつ大きく息を吸って、安堵するような息を吐く。
「はぁ、緊張した」
「なんで八尋が緊張するんだよ」
「俺たちの最善ってなんだろうって、わからなくなっちゃったから、かな」
「最善?」
「俺はさ、ひなちゃんがいればなんだっていいと思ってたけど、言われてみるとたしかに、ひなちゃんに恋人ができる可能性もあるわけだろ? そうなったら、俺はひなちゃんのいちばんではなくなるわけで」
「うん」
「それはいやだなって思った」
その言葉は日向にとって最善だった。思っていた反応とはだいぶ違うが、それでもひとまず、恋人になることには成功した。
気持ちのベクトルはこれからすこしずつ合わせていけばいい。これだけ渋られたにも関わらず、日向の中にはまだ絶対的に好かれているという自信が残っていた。だから、いまはこれで充分だ。
「いっこだけ、俺からもお願いしていい?」
なにかに思い当たったように、八尋が笑みを引っ込めてそう言った。真剣な表情になんとなく居住まいを正す。
「うん、いいよ」
「暁斗さんとあんまり仲良くしないでほしい」
「え? アッキー?」
突然暁斗の名前を出されたのに、間抜けた声を出してしまった。そういえばさきほどすれ違ったときも、なんだか不機嫌そうな顔をしていたような気がする。
それでも日向のすきにすればいいと言っていたのに、付き合うとなったらこうして素直に心の内を曝け出してくれている。それがなんだかじわじわと嬉しくなってきて、思わず顔が笑みに崩れた。
付き合うってすごい。
「どうして笑うの?」
「いや、アッキーのことやっぱりいやだったんだなって」
「……そりゃあいやだよ。絶対に敵う気がしない」
八尋が苦虫を嚙み潰したような顔をした。そんなことを想ってくれているのに、その気持ちが恋ではないなんて信じられない。
それでも、それを口にするようなへまは犯さなかった。
「おれがすきなのは八尋だけだよ?」
代わりにちょっとドキドキしながらそう言うのに、八尋がくすぐったそうに笑った。もうずっと押し殺してきた気持ちを誤魔化さなくてもいいのだ。すごく単純なことなのに、ものすごくうれしい。
八尋と付き合っている。
それだけで世界がきらきらと輝きを増した。

![[完結]平凡くんはキラキラな幼馴染に甘やかされたい。](https://novema.jp/img/member/1385841/bvir3d3gmp-thumb.jpg)