[完結]ハッピーエンドはお呼びでない

「え?」

 辺りを見回すと、帰宅していく生徒たちの喧騒の中にいた。目の前ではみひろが不機嫌そうな面で日向のことを睨んでいる。

 ――もしかして戻った?

 それとも白昼夢でも見ていたのだろうか?
 自分の神経を少々疑いながら、日向は次に言われる言葉を予想してみる。

 ――明日、水族館行くんでしょう? それ、ぼくに譲ってくれない?

 そう思ったのと同時に、そっくりそのままみひろの口から同じ言葉が飛び出した。

「明日、水族館行くんでしょう? それ、ぼくに譲ってくれない?」
「え?」

 戸惑う日向にみひろが畳みかけてくる。付き合っているのは自分なのだから、恋人を差し置いて日向が八尋と遊びに行くのは違うだろう? と。
 間違いない。日向はついさっき経験したことを繰り返している。もしかしたら神さまは日向の願いを聞き届けてくれたのかもしれない。
 すくなくとも、虚勢を張ってしまった自分を取り消すことは叶う。八尋が振り向いてくれるかはともかくとして。
 どうしたらいいかをぐるぐると考える日向を他所に、みひろが八尋の名前を呼んだ。駆け寄られて腕に縋られるのをうっとおしそうにあしらう八尋を見て、また嫉妬心がぶり返してくる。
 そして、ふと思った。ふたりが付き合っているにしろ付き合っていないにしろ、日向が気持ちを伝えるのは自由ではないか? と。
 そこからはほとんどやけくそだった。どうせ当たって砕けるしかできないのだ。それにみひろよりも八尋から大切にされている自信はあった。
 すくなくとも、まだ。

「市ケ谷くんと付き合ってるの?」
「え?」

 意を決したその問いに八尋がぽかんとした。それからみのりのほうに非難するような視線を向ける。それからなにかを言おうと口を開いた八尋を遮って、みのりが悪あがくように言った。

「ひどいなぁ、八尋! この前ぼくが告白したこと忘れちゃったの? 考えるって言ってくれたじゃん」
「ややこしくなるからちょっと黙ってろって。俺はいま日向と、」

 八尋が憤慨するのに、みのりが僅かな焦りを見せていた。一度目とは明らかに展開が変化しているのを確信しながら、日向は次の言葉を考える。
 いまから言おうとしている言葉を思うと、心臓が口から飛び出そうだった。八尋がどんな反応を示すかわからない。
 けれどひとつだけたしかなのは、この男が日向のことを蔑ろにすることは絶対にあり得ない、と言うこと。

「八尋、もし市ケ谷くんと付き合ってないなら、おれと付き合ってほしい」
「え?」

 八尋とみひろの声が重なった。
 戸惑いを隠せない八尋と、不愉快感を露わにしているみひろの目が、日向を凝視している。ばくばくと耳元でなる鼓動がうるさかった。真っ直ぐにふたりを見返しておくつもりが、つい視線が下に落ちてしまいそうになる。

「えっと、それってどういう……?」

 八尋の戸惑う声音に胸の奥がぞわりとした。八尋は日向から恋情を寄せられていることに気づいてすらいない。それなのに突然そんなことを言われたら戸惑うのも当たり前だった。
 それに日向は八尋から釘を刺されている。そういう風には見ていないよ、と。
 みひろに対抗するためにこの気持ちを明かすなんて最悪だ。ずっと密やかに育んできた八尋への気持ちは、やけくそになって告げていいものではないとわかってはいる。
 それでも、ここで引くわけにはいかなかった。

「八尋、おれはっ、」
「そんなの、すきだって言われてるに決まってるじゃん」

 あーあ、最悪。
 みひろが興ざめしたようにそう言って、思い切り日向を睨んだ。それで一気に頭が冴えて、なんだかとんでもないことをしでかしたような気になってくる。
 頬が熱を持って熱かった。ちらりと見る八尋が困ったように眉を下げていた。それでそれ以上はなにも言えなくなってしまう。
 八尋が困っている。その反応が予想外だった。

「そ、そういうわけだから!」

 気づいたら、日向はそう言ってその場から逃げ出していた。結局これではさっきと一緒ではないかと走りながら、次こそはもっとうまくやるぞという決意を新たにする。
 これが一体なんだったのかわからないけれど、一度戻れたから戻れるだろう。
 そう思っていた日向を他所に、いくら探し回ったところで、どこにもあの鳥居を見つけることはできなかった。