[完結]ハッピーエンドはお呼びでない

 八尋がみひろに断りを入れてから話そうと言うので、日向は補習のあと八尋の家へ向かうことになっていた。おばさんたちが急遽夕方から親戚の家へ行くことになったので、明日まで家にはだれもいないのだという。
 家の最寄りまで電車に揺られながら、日向はずっともやもやとしていた。八尋は無事にみひろに断りを入れられただろうか。ふたりきりで逢うと言われたのははじめてで、交際を断るためだとわかっていても、どうしても気になってしまう。
 これでよく、諦めるつもりだなんて言えたものだと笑いたくなった。それでも八尋がほかの男がすきだと言うのなら、日向はどうにか応援してやれただろう。
 もし八尋が一瞬でもみひろに気があるような素振りを見せていたら。
 きっと、この気持ちを押し殺すことができただろう。

「日向くーん!」

 最寄りの改札を出たところで、栖原が手を振っているのが見えた。どうして? と思いながらも無視するわけにもいかず、戸惑いながら手を振り返すしかない。

「どうしたの?」
「予定なくなっちゃったからぶらぶらしてたんだよ。そう言えば日向くん、昼過ぎに終わりだったなと思って」
「……待ち伏せ?」
「人聞きが悪いなあ! たまたまだよ!」

 栖原はそう笑ったけれど、あながち嘘でもないのだろう。日向たちの最寄り駅前はそれなりに栄えているが、栖原の家は逆方向だ。わざわざ目的を持って遊びに来ない限り、ここで出逢う確率はすくない。

「逢いに来たらいけなかった?」

 戸惑う間にそう顔を覗き込まれて、曖昧な笑みしか浮かべられない。それでもここではっきりとさせておかないと、これからも余分な好意に苛まれることになりそうだった。

「今日珍しく杵埼がみひろとふたりで逢ってるじゃん? みひろすごくうれしそうでさあ」

 日向の方にもみひろからメッセージが届いていたので、彼の喜びようは知っていた。事情を知る日向は、またもや自分のせいで彼を傷つけてしまうことに気が滅入って、どう返事をしたものか昨日の夜小一時間悩む羽目になった。

「うまくいくかなあ、あのふたり」

 そうぼやく栖原に、返す言葉が見つからなかった。うまくいかないことを知っている日向が、なにを言ったところで白々しい嘘になってしまう。

「日向くん、このあと時間ある? ちょっとお茶しない?」
「ごめん、八尋と約束してて」
「杵埼と?」

 一瞬怪訝そうな顔をした栖原が、合点がいったように表情を弛めた。そういうことか、と勝手に納得して、困ったように頬を掻きながら笑う。

「みひろはフラれに行ったってわけか」
「……うん、そういうことになるかな」
「それで日向くんが杵埼と付き合うんだ?」

 普段通りの、なんでもない風を装った問いだった。それでも日向は責められているような気がして胸の奥が騒めく。
 駅前はそれなりに賑やかなのに、自分の鼓動の音に塞がれてちっともそんな気がしない。栖原の告白は断ったし、日向がどうしようが彼には関係ないのに、うしろめたく感じるのはなぜなのだろう。

「……ごめん、栖原くんの気持ちには応えられない」
「俺が杵埼をけしかけたこと、聞いたんだ」
「ごめん」
「どうして謝るの? 杵埼と付き合えてよかったじゃん」

 その言葉に顔を上げると、栖原が屈託なく笑っていた。どうしてそんな表情ができるのか信じられなかった。
 いったいなにを考えているのか、本当にわからない。

「よかったって、本当に思ってる?」
「思ってるよ。みひろのことは残念だけど、あいつだってわかってるでしょ。日向くんに見せてやりたかったよ。俺が告白したって言ったときの杵埼の顔。マジで殴られるかと思った」

 そのときのことを思い出したのか、栖原が声を出して笑った。どうやらこちらの彼は、日向が八尋と付き合おうが、ひどい態度を取るつもりはないらしい。

「日向くんと付き合えないのは残念だけど、いい友達ができたしさ。気が向いたらまた遊んでよ。みひろも、ちょっと経てば気にしないと思うから」
「それはおれたちのほうが気になるんだけど」
「あはは、たしかにそれはそうだ! でもまあ、すぐに忘れるよ。日向くんたちと違って、俺たちはべつにその人じゃなきゃだめ! ってわけじゃないからさ」
「え?」
「杵埼と日向くんはお互いじゃなきゃだめだろ?」

 そう言われた言葉が、すとんと心へ落ちてきた。たしかにその通りだなと思えば、じわりとした熱が心の奥へと生まれる。

「……そうかも」

 そう認めた日向に、でしょう? と栖原が満足そうに笑う。傍から見ていた栖原にだってわかるのに、どうして気づかずにいられたのか不思議でならなかった。

「杵埼とはどっかで待ち合わせしてるの?」
「ううん。このあと八尋の家に、」
「ひなちゃん?」

 名前を呼ばれて顔を上げると、丁度改札を出た八尋と鉢合わせた。栖原が傍にいるのに気づくと、あからさまに顔をしかめる。

「どうしておまえがいるんだ」