「ひなちゃん?」
八尋とその相手を睨みつけていた日向は、不意に名前を呼ばれて我に返った。
顔を上げると、八尋が不思議そうに日向の顔を見ている。改札で別れたのか、友達の姿は既にない。とくに八尋の様子に変わったところは見受けられなかったから、おそらくはただの友達なのだろう。
「どうかした?」
「八尋がだれかと一緒に帰ってくるとこ、はじめて見たから」
「ああ、たまたま図書館で逢ってさ。それでさっきまで一緒に勉強してて」
「ふぅん」
「ただそれだけだよ?」
八尋の言葉が苦笑っている。長い付き合いだからこそ、八尋は日向が口にできない気持ちに聡い。いつもならありがたいその気配りも、みっともなく嫉妬している気持ちを見透かされてしまったようで、素直に安堵することができなかった。
八尋は日向に嘘は吐かない。だから彼が友達だと言うのなら友達なのだ。
一緒の高校へ行くと言ってくれた八尋と別々の道を選んだのは日向なのに、自分の知らないところで広がる、八尋の世界が急に怖くなった。どうして八尋に友達ができただけで、こんなにも心が乱れるのだろう?
そもそも八尋が図書室で待っていてくれるのだって、日向が毎日のように補習に出ているせいなのだ。
日向が進学した芸術コース美術科では美大受験に向けての補習が放課後毎日行われており、基本的には出入り自由だ。本気で将来を考えている生徒はほぼ全員参加しており、日向も例外ではない。画家である祖父の影響で絵を描くことに興味があった日向は、将来絵で食っていけるようになりたいと思っていた。
八尋は帰宅部だったが、先に帰ればいいものを、図書館で予習するからと言って待っていてくれていた。その方が一緒にいられる時間が取れるだろうというのが、八尋の言い分だったのだが。
――あの子が理由の可能性も、ある。
つい、そう考えてしまう自分がいやになった。待ってもらっているのだから、そこでだれと一緒にいようがなにをしていようが、日向がとやかく言える立場ではない。八尋に友達ができることはいいことだ。
いいことなのだと、思わなければいけない。
いけないのに。
「同じクラスの子?」
そう聞いてしまう言葉裏に、相手の正体を探りたい下心が顔を出す。これくらいなら不自然には思われまい。これはただの、八尋の友達への興味だ。八尋が笑いかける、あの男の子への興味。
ただそれだけ。
「うん。名前が似てるねって話しかけられてさ」
「名前?」
「あの子、下の名前がみひろっていうんだ。やひろとみひろ。似てるでしょう? って」
「ふぅん。八尋、男の子にもモテるんだね」
嫌味な言い方にならないように気をつけたつもりだったけれど、これはちょっと言い過ぎだったかもしれない。だってなんだか、親しくなる常套句のように思えてしまったのだ。
そして案の定、八尋から釘を刺された。
「モテるって、普通に友達だよ。ひなちゃんだって、女の子ならだれだってすきになるわけじゃないでしょ?」
「……たしかにそうだね」
苦笑うように諭されては同意するしか術がなかった。八尋の言い分はその通りだ。そもそも日向は女の子をすきになったことはないが、それを八尋に明かすつもりもなかった。
話をそこそこで切り上げて、改札を抜け、ホームに滑り込んできた電車に乗り込む。入り口近くに立って車窓を眺めながら、時折すぐ傍に立つ八尋の顔を盗み見た。日向の機嫌が優れないせいで、その表情には僅かな困惑が浮かんでいる。日向の不機嫌の理由に思い当たる節がないのだろう。そりゃあそうだ、日向だってどうしてこんなにもやもやするのかわかってはいない。
電車内は混んでいるというわけではなかったが、丁度下校時間と重なるせいで制服姿の乗客が多かった。いつもは気にならない視線が気になるのは、だれよりも大切な幼馴染を、はじめてだれかに奪われてしまいそうな危機感を覚えているからだろうか。だれも彼もが八尋のことを、そういう目で見ているような錯覚に陥ってしまう。
八尋は飛び抜けて美形というわけではないが、整った目鼻立ちをしていた。ひと好きする柔和な顔立ちに加えて、スタイルもよければ頭もよく、運動神経も悪くはない。そのうえだれに対してもフラットで、気が利いて優しい。
中学のころ、そういう理由で八尋は人気があったのだが、電車通学をするようになって好意を寄せられる範囲が広がった。知っていたつもりだったが、日向が思っているよりもずっと八尋は格好よく見えるらしいのだ。
以前友達から一緒にいて羨ましくならないの? と言われたことがある。八尋が女の子たちから騒がれているときについむっとしてしまうのを、羨ましがっているのだろうと揶揄されたのだ。
日向は女の子からモテるのを羨ましいと思ったことはない。容姿はそれなりだが、女の子から告白されたことだってある。高校生になってから染めた髪は、すくなくとも八尋には好評だった。
――みんな八尋をすきな気がする……。
さらに不機嫌になる日向に、ますます八尋が困惑していくのがわかる。普段は他愛のない話ばかりしているのに、今日はひと言も話しかけてはこない。八尋のせいではないのに、曲がったへそがどうしたら治せるのか見当がつかなかった。
はじめて感じるこの胸のもやつきは、いったいどんな名前の感情なのだろう。
ようやく電車が家の最寄り駅に着いた。駅前にはチェーンのハンバーガーショップやカフェがあり、駅ビルなどもあってそれなりに栄えている。書店なども充実しているので、ふたりは大概適当な場所にちょっと寄り道をすることが多かった。そこで今日それぞれの学校であったことを報告し合うのが日課なのだ。
しかし残念ながら今日はそんな気分にはなれなかった。
「ひなちゃん、俺ちょっと本屋に寄りたくて」
八尋からそう言われてしまえば、いやだとは言えない。ひとりで帰ると言い出すこともできずについていく。
昨日までは八尋が過ごした一日の話を聞くのが待ち遠しかった。それなのにいまはあの子のことを話されるのでは? と思うだけで気が重たい。胸の奥がざわついている。八尋が友達だというのなら、日向がわざわざ勘繰る必要はない。
必要はないのに。
――あれ?
ふと気がつくと、日向はひとり書店のフロアに取り残されていた。買いたい本を買ってくるという八尋を見送って、ふらりと漫画雑誌のコーナーを冷やかしていたはずだった。それなのに、いつまで経っても八尋が戻ってくる気配がない。日向をひとり置いていくはずがないから、なにかトラブルにでも巻き込まれたのだろうか。
充分にあり得るな、と苦笑ってしまうのは、八尋がひとりになった瞬間を狙う輩が案外多いことを知っているからだ。中学までの八尋は常日頃日向と行動を共にしているせいでひとりになるチャンスがすくなかった。ちょっと目を離した隙を見計らって、女子に群がられていたところを見たのは一度や二度ではない。さすがに公共の場でそんなことはないだろうが、ナンパされている可能性は充分にあり得る。それくらい、八尋は人を惹きつける質なのだ。
とりあえず連絡しようとポケットからスマートフォンを取り出そうとしたところで、うしろから頬へ冷たいものを押し当てられた。思わず、ひゃっ! と声を上げてしまうと、してやったりという顔をした八尋に見下ろされていた。にやにやとした笑い方がこれまたちょっと腹が立つ。
はい、と差し出されたのは、チェーンのカフェで出ている期間限定のドリンクだった。
「……わざわざ買いに行ってくれたの?」
「ひなちゃん、出るたびに飲んでるでしょ?」
「あとで一緒に行けばよかったのに」
「びっくりさせようと思ってさ。ひなちゃん、元気なかったから」
溶けちゃうよ、と言われてありがたく受け取った。八尋は日向の機嫌をすこしでもよくしようと心を砕いてくれたのだ。そういうさり気ない優しさがうれしいのに、ふと、あの子にもこういうことをするのかもしれない、と拗ねた感情が顔を出してしまう。八尋の優しさは日向だけのものではないと気づかされてしまう。
そんなこと、わかっていたはずなのに。
「八尋は買わなかったの?」
「ひなちゃんのひと口もらえればそれでいいかなって。だめ?」
わざとらしく小首を傾げる八尋に思わず笑みが溢れた。重たくなっていた気持ちが浮上していく。
「おすきにどうぞ」
ドリンクを差し出すと、うれしそうに笑った八尋がすこし屈んでストローを咥えた。これまで何度も行われてきたことなのに、今日はなんだか心臓の様子がおかしい。
つい八尋の唇に目が惹きつけられそうになるのを、無理やり引き剥がす。あの唇がだれかに触れたりするのだろうか? そう考えてしまううしろめたさを苦々しく思っていたところで、あまっ、とわざとらしく顔を八尋が顔をしかめた。
はっとして、気づいたら笑っていた。甘いものに目がない日向と違って、八尋は甘いものが苦手なのだ。
「きらいなくせに、いつもひと口ちょうだいって言うよね」
「だって、ひなちゃんがすきなものがどんな味か知りたいでしょ?」
「それで毎回顔をしかめるくせに?」
「それはそうなんだけど」
そう苦笑った八尋に促されて、近くのベンチに座った。買ってもらったドリンクに口をつけると、ひんやりとした甘い味が口いっぱいに広がる。それに思わず笑みを浮かべてしまうのへ、八尋が微笑まし気な視線を向けてきた。日向の機嫌がなおって安堵しているのが伝わってくる。
「機嫌なおった?」
「ごめん」
「なにが?」
「不機嫌だったの、八尋のせいじゃないから」
八尋はすこし面食らったような顔をして、それからそっかと笑ってくれた。よかった、と笑ってくれるのを眺めながら、これから先、あの子と八尋が一緒にいるところに遭遇するたびにこんな気持ちになるのかと思うと気が重たい。毎回八尋に機嫌を取らせるわけにもいかないから、どこかで割り切らなければいけない。
幼馴染としてなら、八尋のいちばん大切な存在でいられる。その考えを改める日はそう遠くないような気がしていた。八尋が友達だと言い切ったあの子は日向と同じ目を八尋に向けていた。同じ気持ちを抱えているからこそわかる。
あの子は、八尋に恋をしている。
八尋とその相手を睨みつけていた日向は、不意に名前を呼ばれて我に返った。
顔を上げると、八尋が不思議そうに日向の顔を見ている。改札で別れたのか、友達の姿は既にない。とくに八尋の様子に変わったところは見受けられなかったから、おそらくはただの友達なのだろう。
「どうかした?」
「八尋がだれかと一緒に帰ってくるとこ、はじめて見たから」
「ああ、たまたま図書館で逢ってさ。それでさっきまで一緒に勉強してて」
「ふぅん」
「ただそれだけだよ?」
八尋の言葉が苦笑っている。長い付き合いだからこそ、八尋は日向が口にできない気持ちに聡い。いつもならありがたいその気配りも、みっともなく嫉妬している気持ちを見透かされてしまったようで、素直に安堵することができなかった。
八尋は日向に嘘は吐かない。だから彼が友達だと言うのなら友達なのだ。
一緒の高校へ行くと言ってくれた八尋と別々の道を選んだのは日向なのに、自分の知らないところで広がる、八尋の世界が急に怖くなった。どうして八尋に友達ができただけで、こんなにも心が乱れるのだろう?
そもそも八尋が図書室で待っていてくれるのだって、日向が毎日のように補習に出ているせいなのだ。
日向が進学した芸術コース美術科では美大受験に向けての補習が放課後毎日行われており、基本的には出入り自由だ。本気で将来を考えている生徒はほぼ全員参加しており、日向も例外ではない。画家である祖父の影響で絵を描くことに興味があった日向は、将来絵で食っていけるようになりたいと思っていた。
八尋は帰宅部だったが、先に帰ればいいものを、図書館で予習するからと言って待っていてくれていた。その方が一緒にいられる時間が取れるだろうというのが、八尋の言い分だったのだが。
――あの子が理由の可能性も、ある。
つい、そう考えてしまう自分がいやになった。待ってもらっているのだから、そこでだれと一緒にいようがなにをしていようが、日向がとやかく言える立場ではない。八尋に友達ができることはいいことだ。
いいことなのだと、思わなければいけない。
いけないのに。
「同じクラスの子?」
そう聞いてしまう言葉裏に、相手の正体を探りたい下心が顔を出す。これくらいなら不自然には思われまい。これはただの、八尋の友達への興味だ。八尋が笑いかける、あの男の子への興味。
ただそれだけ。
「うん。名前が似てるねって話しかけられてさ」
「名前?」
「あの子、下の名前がみひろっていうんだ。やひろとみひろ。似てるでしょう? って」
「ふぅん。八尋、男の子にもモテるんだね」
嫌味な言い方にならないように気をつけたつもりだったけれど、これはちょっと言い過ぎだったかもしれない。だってなんだか、親しくなる常套句のように思えてしまったのだ。
そして案の定、八尋から釘を刺された。
「モテるって、普通に友達だよ。ひなちゃんだって、女の子ならだれだってすきになるわけじゃないでしょ?」
「……たしかにそうだね」
苦笑うように諭されては同意するしか術がなかった。八尋の言い分はその通りだ。そもそも日向は女の子をすきになったことはないが、それを八尋に明かすつもりもなかった。
話をそこそこで切り上げて、改札を抜け、ホームに滑り込んできた電車に乗り込む。入り口近くに立って車窓を眺めながら、時折すぐ傍に立つ八尋の顔を盗み見た。日向の機嫌が優れないせいで、その表情には僅かな困惑が浮かんでいる。日向の不機嫌の理由に思い当たる節がないのだろう。そりゃあそうだ、日向だってどうしてこんなにもやもやするのかわかってはいない。
電車内は混んでいるというわけではなかったが、丁度下校時間と重なるせいで制服姿の乗客が多かった。いつもは気にならない視線が気になるのは、だれよりも大切な幼馴染を、はじめてだれかに奪われてしまいそうな危機感を覚えているからだろうか。だれも彼もが八尋のことを、そういう目で見ているような錯覚に陥ってしまう。
八尋は飛び抜けて美形というわけではないが、整った目鼻立ちをしていた。ひと好きする柔和な顔立ちに加えて、スタイルもよければ頭もよく、運動神経も悪くはない。そのうえだれに対してもフラットで、気が利いて優しい。
中学のころ、そういう理由で八尋は人気があったのだが、電車通学をするようになって好意を寄せられる範囲が広がった。知っていたつもりだったが、日向が思っているよりもずっと八尋は格好よく見えるらしいのだ。
以前友達から一緒にいて羨ましくならないの? と言われたことがある。八尋が女の子たちから騒がれているときについむっとしてしまうのを、羨ましがっているのだろうと揶揄されたのだ。
日向は女の子からモテるのを羨ましいと思ったことはない。容姿はそれなりだが、女の子から告白されたことだってある。高校生になってから染めた髪は、すくなくとも八尋には好評だった。
――みんな八尋をすきな気がする……。
さらに不機嫌になる日向に、ますます八尋が困惑していくのがわかる。普段は他愛のない話ばかりしているのに、今日はひと言も話しかけてはこない。八尋のせいではないのに、曲がったへそがどうしたら治せるのか見当がつかなかった。
はじめて感じるこの胸のもやつきは、いったいどんな名前の感情なのだろう。
ようやく電車が家の最寄り駅に着いた。駅前にはチェーンのハンバーガーショップやカフェがあり、駅ビルなどもあってそれなりに栄えている。書店なども充実しているので、ふたりは大概適当な場所にちょっと寄り道をすることが多かった。そこで今日それぞれの学校であったことを報告し合うのが日課なのだ。
しかし残念ながら今日はそんな気分にはなれなかった。
「ひなちゃん、俺ちょっと本屋に寄りたくて」
八尋からそう言われてしまえば、いやだとは言えない。ひとりで帰ると言い出すこともできずについていく。
昨日までは八尋が過ごした一日の話を聞くのが待ち遠しかった。それなのにいまはあの子のことを話されるのでは? と思うだけで気が重たい。胸の奥がざわついている。八尋が友達だというのなら、日向がわざわざ勘繰る必要はない。
必要はないのに。
――あれ?
ふと気がつくと、日向はひとり書店のフロアに取り残されていた。買いたい本を買ってくるという八尋を見送って、ふらりと漫画雑誌のコーナーを冷やかしていたはずだった。それなのに、いつまで経っても八尋が戻ってくる気配がない。日向をひとり置いていくはずがないから、なにかトラブルにでも巻き込まれたのだろうか。
充分にあり得るな、と苦笑ってしまうのは、八尋がひとりになった瞬間を狙う輩が案外多いことを知っているからだ。中学までの八尋は常日頃日向と行動を共にしているせいでひとりになるチャンスがすくなかった。ちょっと目を離した隙を見計らって、女子に群がられていたところを見たのは一度や二度ではない。さすがに公共の場でそんなことはないだろうが、ナンパされている可能性は充分にあり得る。それくらい、八尋は人を惹きつける質なのだ。
とりあえず連絡しようとポケットからスマートフォンを取り出そうとしたところで、うしろから頬へ冷たいものを押し当てられた。思わず、ひゃっ! と声を上げてしまうと、してやったりという顔をした八尋に見下ろされていた。にやにやとした笑い方がこれまたちょっと腹が立つ。
はい、と差し出されたのは、チェーンのカフェで出ている期間限定のドリンクだった。
「……わざわざ買いに行ってくれたの?」
「ひなちゃん、出るたびに飲んでるでしょ?」
「あとで一緒に行けばよかったのに」
「びっくりさせようと思ってさ。ひなちゃん、元気なかったから」
溶けちゃうよ、と言われてありがたく受け取った。八尋は日向の機嫌をすこしでもよくしようと心を砕いてくれたのだ。そういうさり気ない優しさがうれしいのに、ふと、あの子にもこういうことをするのかもしれない、と拗ねた感情が顔を出してしまう。八尋の優しさは日向だけのものではないと気づかされてしまう。
そんなこと、わかっていたはずなのに。
「八尋は買わなかったの?」
「ひなちゃんのひと口もらえればそれでいいかなって。だめ?」
わざとらしく小首を傾げる八尋に思わず笑みが溢れた。重たくなっていた気持ちが浮上していく。
「おすきにどうぞ」
ドリンクを差し出すと、うれしそうに笑った八尋がすこし屈んでストローを咥えた。これまで何度も行われてきたことなのに、今日はなんだか心臓の様子がおかしい。
つい八尋の唇に目が惹きつけられそうになるのを、無理やり引き剥がす。あの唇がだれかに触れたりするのだろうか? そう考えてしまううしろめたさを苦々しく思っていたところで、あまっ、とわざとらしく顔を八尋が顔をしかめた。
はっとして、気づいたら笑っていた。甘いものに目がない日向と違って、八尋は甘いものが苦手なのだ。
「きらいなくせに、いつもひと口ちょうだいって言うよね」
「だって、ひなちゃんがすきなものがどんな味か知りたいでしょ?」
「それで毎回顔をしかめるくせに?」
「それはそうなんだけど」
そう苦笑った八尋に促されて、近くのベンチに座った。買ってもらったドリンクに口をつけると、ひんやりとした甘い味が口いっぱいに広がる。それに思わず笑みを浮かべてしまうのへ、八尋が微笑まし気な視線を向けてきた。日向の機嫌がなおって安堵しているのが伝わってくる。
「機嫌なおった?」
「ごめん」
「なにが?」
「不機嫌だったの、八尋のせいじゃないから」
八尋はすこし面食らったような顔をして、それからそっかと笑ってくれた。よかった、と笑ってくれるのを眺めながら、これから先、あの子と八尋が一緒にいるところに遭遇するたびにこんな気持ちになるのかと思うと気が重たい。毎回八尋に機嫌を取らせるわけにもいかないから、どこかで割り切らなければいけない。
幼馴染としてなら、八尋のいちばん大切な存在でいられる。その考えを改める日はそう遠くないような気がしていた。八尋が友達だと言い切ったあの子は日向と同じ目を八尋に向けていた。同じ気持ちを抱えているからこそわかる。
あの子は、八尋に恋をしている。

