「ひなちゃん! これ友達の栖原」
予想通り、みひろは栖原を伴って現れた。自己紹介して笑う栖原は日向の知る男と寸分違いなく、馴れ馴れしくて距離感が近かった。
「きみが杵埼の幼馴染くんか~! まさか男の子だったとはねぇ」
「……柚木 日向です。よろしく」
「よろしくね、日向くん。そんな顔して、かわいい顔が台無しだよ?」
「おい、日向にちょっかいかけるなよ」
困った顔をしていたのか、八尋が間に入ってくれた。日向を背に庇う八尋を見るみひろの目が哀しそうに陰るのを見て、これはいけないと気持ちを持ち直す。
「大丈夫だよ、八尋! ちょっとびっくりしただけだから。栖原くんも、そういうの慣れてないからやめてほしい」
「ごめんごめん、気をつける」
栖原が笑いながら謝罪するように両手を合わせた。八尋は気に入らなそうな視線を栖原のほうへと向けていたが、食い下がる気はないようだ。
無事に館内へと入ると、みひろが嬉々として八尋の腕を引いていった。その様子が眩しくて目を細めていた日向も、栖原に促されてのろのろとあとを追った。
「日向くんがみひろのこと、ここに誘ってくれたって聞いたけど」
「うん。行きたいって言われたから」
厳密に言われたのは初対面のときだけれど、それを明かすつもりはない。ふぅんと興味なさそうな相槌に笑いそうになってしまった。
栖原こそ、なんのためについてきたのだろう。
「栖原くんは? どうして来てくれたの?」
「杵埼の大切な幼馴染ってどんなやつなんだろうって気になってさ」
「おれのこと牽制しようと思った?」
にこやかにそう言ってやれば、栖原の笑みが固まった。一瞬言葉に詰まって、わかっちゃったかあ、と苦笑う。
「みひろに言われたんだよ。日向くんの本性を見極めてきてって」
栖原が先をいくふたりの背を見やった。彼が距離を取るように歩む速度を落としたので、日向もそれに付き合う。
どんなに日向が協力的な態度を示しても、そう簡単には信じてもらえていなかったらしい。心のうちを疑われていたことはショックでもなんでもなかった。日向がみひろの気持ちに気づいたように、彼だって日向の気持ちを疑う余地はある。
「その必要はないよ。八尋はおれのこと、恋愛対象としては見ていないし」
「ふぅん? じゃあ本気でみひろのこと応援してくれているって?」
「うん、まあ。付き合うかどうかは八尋の判断に任せるけど」
「でもさ、日向くん、杵埼のことすきでしょ?」
なんともなしに水槽を眺めていた日向に、栖原が天気の話をするようなさり気なさで確信を突いてきた。
仰ぎ見る栖原は一応冗談のつもりだというようににやにやとしていて、相変わらずその笑みをいけ好かないなと思う。
それでも栖原の本性を知る日向からすれば、これくらいの当てつけは大分マイルドに思える。ふたりの邪魔にさえならなければ、もっと人当たりよく接してもらうこともできるだろう。
そっちの栖原は案外きらいではない。
「……それ聞いてどうするの?」
声を落とした日向に栖原がうーんと小首を傾げた。アイドルがぶりっ子ぶっているような仕草をわざとらしくされるのについ笑ってしまう。
「もう、笑わせないでよ」
「ちょっと踏み込み過ぎたなと思って」
「なんだ、申し訳ないって思ったりするんだ」
「俺のことすごいひどい奴だと思ってない⁉」
心外だなぁと嘆くわざとらしさに、また笑ってしまった。二度目のときの栖原は相当ひどい男だったが、こうして気兼ねなく話してみると、日向とお近づきになりたいと言ってくれたのは案外嘘ではなかったのかもしれない。
というか、驚くことに栖原といると気が楽だった。
「あのふたりに合流する必要もないし、とりあえずなんか食べない? 腹減っちゃって」
その誘いに頷いて、館内のカフェスペースに向かうことにした。まだ昼には早いからか、席はまばらにしか埋まっていない。
「俺買ってくるよ。日向くんはなにがいい?」
「えっと、じゃあ栖原くんと同じやつで」
「いいの? メニューとか見なくて」
「うん。任せる」
栖原がOKと軽く笑うと、売店のほうへと向かっていった。カフェは席を取ってからレジへ注文に行くスタイルで、天井際の看板におすすめメニューが書いてある。
八尋にごちそうしてもらったクレープの写真が見えて、なくしてしまった想い出に思いを馳せた。日向がクレープを食べているとこ撮った写真も、いまや八尋のスマフォのなかからは消えてしまっている。
ボディバッグの中でスマートフォンが震えた。メッセージはみひろからで、ふたりきりにしてもらった礼が書いてある。
「みひろから?」
「わっ、!」
突然間近からかかった声に、思わず声が出てしまった。驚きに跳ねた鼓動を落ち着けるように息をしながら、ごめんごめんと謝る栖原を睨む。
「びっくりさせてごめんって。なんだって?」
「八尋と上手くやってるみたい。適当に帰ってもいいって」
「あとで合流する気もねぇのかよ」
呆れたように笑った栖原が片手に持っていたクレープを差し出してくれた。思わずまじまじとその顔を見つめてしまうと、甘いものきらいだった? と問われる。
「ううん、すごくすきだけど」
「そうだろうと思った。溶けないうちにどうぞ」
そう言われてありがたく受け取った。バニラアイスで作られたかわいいアザラシがじっとこちらを見つめてくる。それに頬を弛ませながら、日向しか知らない八尋との思い出が想い出が上書きされていく切なさを味わった。
クレープは甘くておいしかった。栖原も日向とは違う種類のクレープを美味そうに齧りついている。日向と同じように頬を弛ませているところからみて、彼も甘いものがすきなのだろう。
「日向くんは今日どうするつもりだったの? 俺が来なかったらひとりだったでしょ?」
「帰って補習に出ようと思ってて」
「補習? それって行かなくて大丈夫なやつ?」
「休む許可もらってるから」
「休む許可もらえる補習なんてあるの?」
栖原が不思議そうな顔で食べ終わったクレープのごみをぐしゃりと丸めた。日向はまだ半分ほど残っているクレープに齧りながら、あるよと答える。
「補習っていっても、テストの赤点取ったときのあれじゃなくてさ。特別授業みたいな感じかな。おれ、美術科に通ってて」
「絵描くのすきなんだ?」
「うん。じいちゃんが画家で絵画教室やっててさ。小さいときからそこでずっと絵を描いてて、それで」
思い返せば、絵の道に進むか迷っていた日向の背を押してくれたのは八尋だった。日向の絵をいちばん最初に褒めてくれたのも八尋だし、すきだと言ってくれたのもそうだった。
幼かったころ、八尋も同じ絵画教室で絵を描いていた。祖父の絵画教室には暁斗のような将来絵で食べていきたい精鋭もいれば、趣味で書いているような高齢者もいたし、手習いとして通っている子供もいた。
そのなかで日向は飛び抜けて絵が上手かったわけではない。ただ描くことはすきだった。日向が絵を描くたび、八尋は笑って言ってくれたのだ。
ひなちゃんの絵がいちばんいいよ、と。
「上手いんだろうなあ、日向くん。今度俺の顔描いてよ」
栖原の声に幼いころの想い出が搔き消えた。曖昧に笑って誤魔化したあとで、残りのクレープを大口で頬張る。
滲み出てしまった八尋への気持ちを噛み砕いて、咀嚼して消化してしまいたかった。こんな気持ち、邪魔になるだけだ。
「杵埼のことも描いてやったりするの?」
「まあ、見せたことはないけど」
「やっぱり日向くん、杵埼のことすきなんじゃない? みひろには言わないから、俺だけには教えてよ」
頬杖をついて見を乗り出されるのへ、僅かに身体をうしろへと引いてしまった。栖原のとっつきやすさに気を弛めた結果、散々なことを言われた記憶が日向にはある。
警戒するように表情が硬くなったことに気づいたのか、栖原にへらりと笑われた。そんな怖い顔しなくても、と言われると、張っていた気がどうしても弛んでしまう。
「俺としては日向くんが杵埼のことがすきでも構わないんだよね。あいつはあいつで頑張ればいいし、杵埼の気持ちは杵埼だけのもんだし」
「じゃあ、おれの気持ち言う必要ないじゃん」
「んー、まあそうだね。俺としては杵埼がみひろに付き合ってくれたのが奇跡みたいなもんでさ。幼馴染にしか興味ありませんって顔してるくせに、どうしてなんだろうって思ってたくらい。だから日向くんには感謝してる」
「栖原くんはみひろのことどう思ってるの?」
「普通に友達。でも友達の恋は応援してやりたいじゃん?」
そう清々しく笑う栖原に、日向は同意してやることができなかった。みひろの恋は応援している。応援していると思っている。
だが、八尋の恋となると、晴れ晴れしく応援する気持ちにはなれそうもない。
カフェを出たところでクレープの代金を払い忘れていたことに気づいた。栖原があまりに気にしていない風なので、うっかりそのままにしてしまうところだった。
「栖原くん、さっきのお金払うよ」
「いいよ。俺のおごり」
ボディバックから財布を取り出そうとする日向を栖原が止める。つい怪訝な目を向けてしまうと、大した金額じゃないしと苦笑われた。
「日向くん、どうせ杵埼に甘やかされてるんでしょ? だったら俺にも甘やかされてよ」
「八尋と栖原くんは違うし……これからはちゃんと払わなきゃって思ってるし」
「じゃあ次からはちゃんと払ってもらうよ」
「でも」
「気になるならもうちょっと付き合ってくれる? イルカショー見に行かない?」
そんな風にはぐらかされてしまって、結局栖原はクレープの代金を受け取ってはくれなかった。彼に借りを作りたくはなかったのだが、栖原の様子があまりに気さくなのでごり押しするのも気が引ける。
そのあと栖原に付き合ってイルカショーを見に行った日向は、八尋とみひろのことに苛まれることなく楽しんでいる自分に気づいた。
腹黒い一面を持っていることは承知済でも、みひろの邪魔さえしなければ、栖原とは気が合うことに気づき始めていた。
予想通り、みひろは栖原を伴って現れた。自己紹介して笑う栖原は日向の知る男と寸分違いなく、馴れ馴れしくて距離感が近かった。
「きみが杵埼の幼馴染くんか~! まさか男の子だったとはねぇ」
「……柚木 日向です。よろしく」
「よろしくね、日向くん。そんな顔して、かわいい顔が台無しだよ?」
「おい、日向にちょっかいかけるなよ」
困った顔をしていたのか、八尋が間に入ってくれた。日向を背に庇う八尋を見るみひろの目が哀しそうに陰るのを見て、これはいけないと気持ちを持ち直す。
「大丈夫だよ、八尋! ちょっとびっくりしただけだから。栖原くんも、そういうの慣れてないからやめてほしい」
「ごめんごめん、気をつける」
栖原が笑いながら謝罪するように両手を合わせた。八尋は気に入らなそうな視線を栖原のほうへと向けていたが、食い下がる気はないようだ。
無事に館内へと入ると、みひろが嬉々として八尋の腕を引いていった。その様子が眩しくて目を細めていた日向も、栖原に促されてのろのろとあとを追った。
「日向くんがみひろのこと、ここに誘ってくれたって聞いたけど」
「うん。行きたいって言われたから」
厳密に言われたのは初対面のときだけれど、それを明かすつもりはない。ふぅんと興味なさそうな相槌に笑いそうになってしまった。
栖原こそ、なんのためについてきたのだろう。
「栖原くんは? どうして来てくれたの?」
「杵埼の大切な幼馴染ってどんなやつなんだろうって気になってさ」
「おれのこと牽制しようと思った?」
にこやかにそう言ってやれば、栖原の笑みが固まった。一瞬言葉に詰まって、わかっちゃったかあ、と苦笑う。
「みひろに言われたんだよ。日向くんの本性を見極めてきてって」
栖原が先をいくふたりの背を見やった。彼が距離を取るように歩む速度を落としたので、日向もそれに付き合う。
どんなに日向が協力的な態度を示しても、そう簡単には信じてもらえていなかったらしい。心のうちを疑われていたことはショックでもなんでもなかった。日向がみひろの気持ちに気づいたように、彼だって日向の気持ちを疑う余地はある。
「その必要はないよ。八尋はおれのこと、恋愛対象としては見ていないし」
「ふぅん? じゃあ本気でみひろのこと応援してくれているって?」
「うん、まあ。付き合うかどうかは八尋の判断に任せるけど」
「でもさ、日向くん、杵埼のことすきでしょ?」
なんともなしに水槽を眺めていた日向に、栖原が天気の話をするようなさり気なさで確信を突いてきた。
仰ぎ見る栖原は一応冗談のつもりだというようににやにやとしていて、相変わらずその笑みをいけ好かないなと思う。
それでも栖原の本性を知る日向からすれば、これくらいの当てつけは大分マイルドに思える。ふたりの邪魔にさえならなければ、もっと人当たりよく接してもらうこともできるだろう。
そっちの栖原は案外きらいではない。
「……それ聞いてどうするの?」
声を落とした日向に栖原がうーんと小首を傾げた。アイドルがぶりっ子ぶっているような仕草をわざとらしくされるのについ笑ってしまう。
「もう、笑わせないでよ」
「ちょっと踏み込み過ぎたなと思って」
「なんだ、申し訳ないって思ったりするんだ」
「俺のことすごいひどい奴だと思ってない⁉」
心外だなぁと嘆くわざとらしさに、また笑ってしまった。二度目のときの栖原は相当ひどい男だったが、こうして気兼ねなく話してみると、日向とお近づきになりたいと言ってくれたのは案外嘘ではなかったのかもしれない。
というか、驚くことに栖原といると気が楽だった。
「あのふたりに合流する必要もないし、とりあえずなんか食べない? 腹減っちゃって」
その誘いに頷いて、館内のカフェスペースに向かうことにした。まだ昼には早いからか、席はまばらにしか埋まっていない。
「俺買ってくるよ。日向くんはなにがいい?」
「えっと、じゃあ栖原くんと同じやつで」
「いいの? メニューとか見なくて」
「うん。任せる」
栖原がOKと軽く笑うと、売店のほうへと向かっていった。カフェは席を取ってからレジへ注文に行くスタイルで、天井際の看板におすすめメニューが書いてある。
八尋にごちそうしてもらったクレープの写真が見えて、なくしてしまった想い出に思いを馳せた。日向がクレープを食べているとこ撮った写真も、いまや八尋のスマフォのなかからは消えてしまっている。
ボディバッグの中でスマートフォンが震えた。メッセージはみひろからで、ふたりきりにしてもらった礼が書いてある。
「みひろから?」
「わっ、!」
突然間近からかかった声に、思わず声が出てしまった。驚きに跳ねた鼓動を落ち着けるように息をしながら、ごめんごめんと謝る栖原を睨む。
「びっくりさせてごめんって。なんだって?」
「八尋と上手くやってるみたい。適当に帰ってもいいって」
「あとで合流する気もねぇのかよ」
呆れたように笑った栖原が片手に持っていたクレープを差し出してくれた。思わずまじまじとその顔を見つめてしまうと、甘いものきらいだった? と問われる。
「ううん、すごくすきだけど」
「そうだろうと思った。溶けないうちにどうぞ」
そう言われてありがたく受け取った。バニラアイスで作られたかわいいアザラシがじっとこちらを見つめてくる。それに頬を弛ませながら、日向しか知らない八尋との思い出が想い出が上書きされていく切なさを味わった。
クレープは甘くておいしかった。栖原も日向とは違う種類のクレープを美味そうに齧りついている。日向と同じように頬を弛ませているところからみて、彼も甘いものがすきなのだろう。
「日向くんは今日どうするつもりだったの? 俺が来なかったらひとりだったでしょ?」
「帰って補習に出ようと思ってて」
「補習? それって行かなくて大丈夫なやつ?」
「休む許可もらってるから」
「休む許可もらえる補習なんてあるの?」
栖原が不思議そうな顔で食べ終わったクレープのごみをぐしゃりと丸めた。日向はまだ半分ほど残っているクレープに齧りながら、あるよと答える。
「補習っていっても、テストの赤点取ったときのあれじゃなくてさ。特別授業みたいな感じかな。おれ、美術科に通ってて」
「絵描くのすきなんだ?」
「うん。じいちゃんが画家で絵画教室やっててさ。小さいときからそこでずっと絵を描いてて、それで」
思い返せば、絵の道に進むか迷っていた日向の背を押してくれたのは八尋だった。日向の絵をいちばん最初に褒めてくれたのも八尋だし、すきだと言ってくれたのもそうだった。
幼かったころ、八尋も同じ絵画教室で絵を描いていた。祖父の絵画教室には暁斗のような将来絵で食べていきたい精鋭もいれば、趣味で書いているような高齢者もいたし、手習いとして通っている子供もいた。
そのなかで日向は飛び抜けて絵が上手かったわけではない。ただ描くことはすきだった。日向が絵を描くたび、八尋は笑って言ってくれたのだ。
ひなちゃんの絵がいちばんいいよ、と。
「上手いんだろうなあ、日向くん。今度俺の顔描いてよ」
栖原の声に幼いころの想い出が搔き消えた。曖昧に笑って誤魔化したあとで、残りのクレープを大口で頬張る。
滲み出てしまった八尋への気持ちを噛み砕いて、咀嚼して消化してしまいたかった。こんな気持ち、邪魔になるだけだ。
「杵埼のことも描いてやったりするの?」
「まあ、見せたことはないけど」
「やっぱり日向くん、杵埼のことすきなんじゃない? みひろには言わないから、俺だけには教えてよ」
頬杖をついて見を乗り出されるのへ、僅かに身体をうしろへと引いてしまった。栖原のとっつきやすさに気を弛めた結果、散々なことを言われた記憶が日向にはある。
警戒するように表情が硬くなったことに気づいたのか、栖原にへらりと笑われた。そんな怖い顔しなくても、と言われると、張っていた気がどうしても弛んでしまう。
「俺としては日向くんが杵埼のことがすきでも構わないんだよね。あいつはあいつで頑張ればいいし、杵埼の気持ちは杵埼だけのもんだし」
「じゃあ、おれの気持ち言う必要ないじゃん」
「んー、まあそうだね。俺としては杵埼がみひろに付き合ってくれたのが奇跡みたいなもんでさ。幼馴染にしか興味ありませんって顔してるくせに、どうしてなんだろうって思ってたくらい。だから日向くんには感謝してる」
「栖原くんはみひろのことどう思ってるの?」
「普通に友達。でも友達の恋は応援してやりたいじゃん?」
そう清々しく笑う栖原に、日向は同意してやることができなかった。みひろの恋は応援している。応援していると思っている。
だが、八尋の恋となると、晴れ晴れしく応援する気持ちにはなれそうもない。
カフェを出たところでクレープの代金を払い忘れていたことに気づいた。栖原があまりに気にしていない風なので、うっかりそのままにしてしまうところだった。
「栖原くん、さっきのお金払うよ」
「いいよ。俺のおごり」
ボディバックから財布を取り出そうとする日向を栖原が止める。つい怪訝な目を向けてしまうと、大した金額じゃないしと苦笑われた。
「日向くん、どうせ杵埼に甘やかされてるんでしょ? だったら俺にも甘やかされてよ」
「八尋と栖原くんは違うし……これからはちゃんと払わなきゃって思ってるし」
「じゃあ次からはちゃんと払ってもらうよ」
「でも」
「気になるならもうちょっと付き合ってくれる? イルカショー見に行かない?」
そんな風にはぐらかされてしまって、結局栖原はクレープの代金を受け取ってはくれなかった。彼に借りを作りたくはなかったのだが、栖原の様子があまりに気さくなのでごり押しするのも気が引ける。
そのあと栖原に付き合ってイルカショーを見に行った日向は、八尋とみひろのことに苛まれることなく楽しんでいる自分に気づいた。
腹黒い一面を持っていることは承知済でも、みひろの邪魔さえしなければ、栖原とは気が合うことに気づき始めていた。

![[完結]平凡くんはキラキラな幼馴染に甘やかされたい。](https://novema.jp/img/member/1385841/bvir3d3gmp-thumb.jpg)