[完結]ハッピーエンドはお呼びでない

「SNS見たよ。結構バズってたね」

 そう言われるのに唸りで返したら、暁斗に苦笑われた。揶揄するつもりだったのを本気にとられて困った、といったところか。
 栖原のSNSの影響は思ったよりも凄まじく、補習に出ているメンバーにも知れ渡っていた。あまりSNSに明るくない日向からすると、その投稿がどれほどの影響力があるものなのか計り知れない。けれどこの状況を察するに、暁斗の言う通りなのだということはわかる。
 八尋は消してもらうと言っていたけれど、今朝確認した限りではまだ残っていた。それに結構栖原を応援するコメントが多くて、まるで彼が日向に気があるかのような扱いになっている。絶対にそんなことはありえないとわかっているからこそ、本当に居心地が悪かった。

「ごめんごめん、ひなちゃん気にしてたんだ」
「気にするよ。どこにいても注目されて困ってるし……おれは八尋のことがすきなのに」

 そう唇を尖らせてしまうと、暁斗の苦笑いが深くなった。日向の虫の居所が悪いことには気づいていても、暁斗は八尋のように日向の機嫌を取ってはくれない。それでも愚痴は聞いてくれるので、ついついなんでも相談したくなってしまう。

「この子と仲がいいわけじゃないんだ?」
「八尋の友達ってだけ」
「もしかして、このもうひとり写ってる子って、ひなちゃんの恋敵? やたら八尋くんと距離が近いよね?」
「アッキーもそう思うよね⁉」

 つい興奮して声が大きくなるのを暁斗に笑われた。なんだか癇癪を起した子供のようで、俄かな羞恥に頬がじわりと熱くなる。
それを誤魔化すように咳ばらいをすると、暁斗が一応謝罪をくれた。悪びれている様子はまったくない。

「笑ってごめん。ひなちゃん、八尋くんのこと本当にすきなんだなと思ってさ」

 その言葉に言葉が詰まった。暁斗の言葉に悪気はない。そうやって揶揄してくるのだって、いつものことなのに。

「……でも八尋はどう思ってるかわからない」
「なぁに、手を出されなくて悩んでるとか?」

 なんでもないふりして図星をついてくるところが、実に暁斗らしかった。普段から相談にのってくれているというだけあって、日向の真意をちゃんとわかってくれている。その問いに微かな唸りで応えると、若いなぁと言いたげな眼差しを向けられた。

「この前栖原くんに言われたんだよ。手を出されないなんて、本当に付き合ってるって言えるのか? って」
「それで不安になっちゃったの?」
「告白したとき、随分と悩ませちゃったからさ。おれとの関係を壊したくなくて、付き合ってくれているのかもしれない」
「今日このあと、八尋くんの家に泊まりに行くんだろ? 恋人を家に誘うってことは、八尋くんもひなちゃんと同じ気持ちなんじゃない?」
「それは、むかしからよくあることだから」
「ひとりで悩むより八尋くんに話してあげたら? 俺は恋人が悩んでたら、相談してほしいけどなあ」

 そんなことは言われなくてもわかっている。
 それができたら苦労しないのに、と歯痒く思っていることを、暁斗にぶつけたってどうしようもない。
 日向はこれまで、八尋に対して思ったことを素直に口にしてきた。それなのにいまは、そうすることができない。八尋を困らせるかもしれないと考えると、途端に喉が詰まるのだ。
 その口から否定の言葉が零れたら、きっと平常心ではいられなくなる。そうしたらもっと八尋が困るだろう。
 八尋を困らせるのは本意ではなかった。日向のために心を砕いてくれている彼を不要に苛みたくはない。
 そう思うのに、口に出す勇気がなかなか出ない。
 うじうじと悩む日向を穏やかに見守ってくれていた暁斗が、痺れを切らしたように小さく噴き出した。それにいつの間にか伏せていた顔をあげると、悩み過ぎじゃない? と額を小突かれる。

「眉間にしわ寄せちゃって、かわいい顔が台無しだよ。ひなちゃんはもっと自信もっていいと思う」
「なんの自信?」
「八尋くんに想われている自信。ひなちゃんの、八尋は俺のこと絶対にすきだ! っていうのはさ、そう思い込もうとしてる強がりだろ?」

 そう指摘されてはっとした。その自覚はなかったけれど、たしかにその通りだ。
 八尋はおれのことがすきなんだから。それは日向を上向きにさせてくれる魔法の呪文だった。八尋に大切にされているという矜持は、日向にとってなによりも大切なものなのだ。

「大切だからこそ手を出せないって気持ちは俺にもわかるよ。いまの関係性が壊れてしまうかもしれないって、怖がってるのはひなちゃんだけじゃないんだよ」

 そう諭してくれる暁斗はちゃんとした大人で、軽そうな見た目からは想像できないほど重みのある言葉だった。大切だからこそ手を出せない。その言葉を噛み締めていると、制服のポケットの中でスマートフォンが震えた。八尋から校門のところで待っているというメッセージが届いていた。

「八尋くん?」
「うん。いま着いたって」
「じゃあ、今日はもうこれで終わり」

 暁斗にうしろから肩を掴まれて、ドアのところまで連れていかれた。それからちゃんと話し合いなさいと念を押されて、美術室を文字通り押し出される。

「あ、そうそう。この前描いてた課題だけどさ」
「課題?」
「水族館の絵。すごくいい出来だったから校内コンクールに出しておいた」

 じゃあ気をつけてね、と笑った暁斗に手を振られた。そんな重要なことを、別れ際にぶっこむ講師がいるだろうか。呆れを通り越して笑ってしまう。
 年に二度開催される校内コンクールは、自分の実力を知る重要な機会だった。出品される作品は講師の独断で選ばれ、優秀な成績を収めた作品は一般の絵画コンクールへと出品される。
 これまで、日向の作品は歯牙にもかからなかった。いまこのタイミングで暁斗が教えてくれたのは、日向の気持ちをすこしでも上向きにしようとしてくれたからだろう。
 その気持ちがうれしかった。