恋の解法 〜友達以上にはならないと契約した親友(学園王子)にキスされたんだけど約束が違うな?〜

 六歳の頃、勉強の隙間時間に二千ピースはあるジグソーパズルを作っていた。東京の夜景の写真を引き伸ばしたデザインで、ほとんど黒一色に近いような高難易度のパズルだった。
 あと数ピースで完成というとき、トイレのため席を立った。それから部屋に戻ると、完成間近だったパズルが全てリビングの床にバラバラに散らばっていた。当時三歳だった茉那がテーブルから落としてしまったのだ。
 そのときに学んだことが二つある。
 どんなに時間をかけて作ったものでも、失われるのは一瞬だということ。
 そして思い入れが強ければ強いほど、壊れたときの落胆も大きいということだ。

***

 夏休みが終わる。否、終わった、というべきか。宿題のテキストはもちろん、全部白紙である。
 瞼を開けようとする。でも開ける前に、暫しの逡巡があった。目を開けたら、夏休みが、終わって、しまう。泣きそうだ。
 はあ。さようなら、夏休み。お前のこと、結構好きだったぜ。
 観念して、よっこらせと両の瞼を持ち上げた。亜希の家のシアンのベッドシーツが目に飛び込む。
 時刻は六時を少し過ぎたところだ。珍しいことに、随分と早く目が覚めた。早朝にもかかわらず、亜希はもう起き出している。テレビの前のローテーブルで何やらテキストを開いていた。

「カミネアキ、ハッケン。カミネアキ、オハヨウ」

 オレはロボット口調で話しかける。昨夜、亜希と一緒に『アーミネーター』という映画を見たのだ。シュワちゃん演ずる、無機質な殺人マシンが登場するあの作品である。とにかくシュワちゃんがめちゃくちゃ格好いい。つい真似したくなる。

「ナニヲ、シテイル、コンナ、アサ、ハヤクカラ」

 オレの声を聞き、肩を少し聳やかした亜希は、後ろから見てもあからさまなほどに慌てた。机の上のものをバサバサと隠そうとしている。
 その様子を受け、一瞬オレは眉間に皺を寄せたが、直後、口端を吊り上げるような悪質な笑顔に切り替える。

「なに、いやらしいやつ?」

 別に隠さなくてもいいのに、とにやついた声を発するオレの目が、亜希が閉じた本の表紙に記されている漢字を捉える──そう、漢字だ。
『六法』、

「……全書?」

 亜希の肩が、大きく溜息をついたのが見て取れた。心底不本意そうだ。

「……いつも俺が起こすまでイビキかいて寝てるくせに」
「イビキはかいてな……え、かいてる? オレ、イビキかいてるの?」
「大体、俺は今朝も聖那にベッドから蹴落とされた」
「今朝もってことは、オレは前科もあるの?」

 ローテーブルの上に、『六法全書』と表紙に大書された自立するほど分厚い本と、「法律」や「対策」、「司法試験」などの文字が踊る参考書が数冊ある。
 オレと目を合わせようとせず、亜希はぼそっと吐き出す。

「弁護士に、なりたいんだよ」

 夏休み中、映画の途中で亜希は寝入ってしまうことが多かった。いつも早朝から勉学に励んでいたせいだったのか。

「……亜希が、将来とかちゃんと考えていたとは」

 少しだけ灰色の何かが胸に宿った。その正体は多分「焦り」だ。

「まだそんな、大層なもんじゃない」

 てきぱきと机上のテキストを片している。

「オレはなんにも、無いな、そういうの」
「まだまだ焦るような時期じゃないだろ」
「そうだけど」
「まあ聖那が路頭に迷ったときは、この神峰亜希様が養ってやるよ」

 亜希が不敵におどける。「黙れ、永年二位が」とオレは舌打ちした。
 笑う亜希の右耳で、赤いピアスが朝日を反射している。
 ──まさか今日が最後になるとは、露ほども思っていなかった。
 あのピアスが亜希の耳で揺れるのは、今日が最後の一日だった。
 
***

 早起きしたおかげで、今朝はゆったりと電車に乗って登校した。正門から二人並んで校内へ入っていくと、周りを歩く生徒たちの目が一身ならぬ「二身」に注がれる。男女を問わぬ全方位からの注視。「亜希様だ」「聖那様だ」「今朝はお早い登校だわ」などという潜めた声がそこここから漏れ聞こえる。
 そんな視線にもすっかり慣れてきたので──というよりも、気にしていたら生活できない──暑い暑いと愚痴りながら、淡々と校舎へ向かって進んでいく。
 そのとき、唐突に、右手から一人の女子が飛び出してきた。あにはからんや、そのままオレの体にがばりと抱きついてくる。

「おわっ!」

 聖那様党員であろうその女子の奇怪な行動にオレがよろめくと、今度は別の女子が二人ほど血眼で走ってきて、執拗にしがみついてくる女子を二人掛かりで剥がしとり、こんな事を朗々と言い放った。

「亜希様以外の人間が断りなく聖那様の体に触れることは」
「アキセナ保護法第二条の第三項により禁じられています」

 なんで亜希は断りなしでも良いんだよ、とオレは納得がいかない。外野が勝手に決めてくれるな。
 その女子コンビは腕章をつけており、「亜希様聖那様親衛隊」とある。初耳の団体だ。我々の存ぜぬうちに、色々と組織が枝分かれしているのかもしれない。さらにそれらの団体によって、保護法なるものも作られているらしい。蚊帳の外にいる感覚がするのは、むしろ勝手に保護されているオレたちのほうである。
 オレに抱きついてきた女子生徒は、ずるずると親衛隊に連行されていく。「やばい、聖那様超いい匂い……」と陶酔の面持ちだ。オレは心から彼女の将来を心配した。

「アキセナ保護法だって、知ってる?」

 オレは弁護士の卵に尋ねてみる。亜希は閉口した様子で頭を掻いた。

「帰ったら六法全書を見てみる」

***

 夏休み明け初日ということもあり、オレたちの下駄箱はあらゆる贈り物で飽和状態となっていた。それらを小脇に抱えて十組の教室に入る。

「その大量の手紙たちってさ、全部読んでんの?」

 郵便配達員のような様相を呈しているオレたちに、挨拶がわりに小木津が疑問符を点してくる。それにはオレが答えた。

「四月に何通か読んだ。あとはもう読まなくても中身が推測できる」
「それって、選挙の開票作業がまだ終わらないうちに、なぜか当確がわかる人がいるのと同じ原理?」
「人は一口の味見で、鍋全体の味がわかる」

 お気持ちはありがたく受け取っていますけどね、とオレは抱えた荷物を机に置いた。チョコプレッツェルのお菓子がまざっていたので、早速開封して一本咥える。ちなみに、各党派に列する方々はこれらの菓子などを「贈り物」や「プレゼント」とは呼ばず、「神へのお供え物」と呼ぶらしい。

「そんなことよりもだ。悲報だ、小木津」

 沈痛の極みにあるオレが俯く。どうしたの、と小木津が身構えた。

「今朝、女子生徒に抱きつかれた」
「窓から見えたよ。朝から爆笑をありがとう」例に漏れず、今日もいちごミルクを手にしている。

 あれは自分にとって人生における女子からのファーストハグだった。それをあんな残酷な形で迎えてしまったのも由々しきことだが、それ以上に問題なのは──

「亜希以外は、断りなくオレに触ってはいけないことになっているらしい」

 小木津が笑いとともに噴き出したため、机に桃色の牛乳が散る。

「じゃあオレも駄目だね。体育でハイタッチするときも、『今からハイタッチしますが差し支えないでしょうか』って言うべき?」

 彼の冗談にも構わず捲し立てる。

「そこで気づいたんだ。オレたちの関係は周囲に勘違いされているのかもしれない」
 小木津が眼を見開く。「今更?」
「オレたちは、周りに、デキてると思われてるのか?」
 小木津は繰り返した。「今更?」
「オレにも亜希にも半年近く彼女ができないのは、そのせいなのか」

 アキセナ党などという、オレたちをカップル扱いする奇妙な集団がいることは知っていたが、それは飽くまでごく一部の、限られた過激派たちだけを指すものだと思っていた。しかし事態はそんな悠長なものではないのかもしれない。
 オレは彼女がいた経験がないからなんとも言えないが、亜希などは中学時代、日替わり定食のように彼女を取っ替え引っ替えしていたのだ。それなのに高校に上がってからは独身貴族を貫いている。これはどう考えても環境的要因のせいではないのか。亜希側に問題があるはずはないのだから。
 それはオレか。オレのせいなのか。

「亜希に彼女ができないのは、それはつまり、オレが……オレが足枷になっているからなのか」
「聖那ごときが俺の足枷になるかよ」

 くちばしを挟んできた亜希は椅子の背もたれに身を預け、不遜に足を組む。

「身の程を知れ」
「ああ?」オレは露悪的に聞き返す。「だったらなんなんだよ。稀代のプレイボーイが、いつまでも独り身でいる理由が他にあるのかよ」
 亜希が億劫そうに顎を掻く。「飽きただけだ」
「飽きたァ? そんなわけあるか。十代後半というのは人生で最もテストステロンの分泌量が多い時期だぞ」

 要するに人生最大の性欲旺盛期ということだ。

「オレが原因に違いない。いや厳密に言えば、オレたちの関係が周囲に誤って理解されているせいだ」

 亜希をいつも面倒ごとにばかり巻き込み、あまつさえ、亜希の青春や恋愛の足枷にまでなってしまっている。このような悲境は打破せねばならない。あと、オレだって普通に彼女を作ってみたい。そしてできれば帝国テレビの女子アナの、マヤパン似の子がいい。

「よし、決めた」

 オレ凛々しく立ち上がる。

「オレは彼女を作る」

 ポキっと、チョコプレッツェルを一口齧る。「がんばれー」と小木津がまったく覇気のない声で応援してくれた。
 十組の入り口で今日も今日とて群れを作っている女子生徒たちに、オレは放つ。

「皆さん、今の話を聞いていましたか。情報の共有を頼みます。十王聖那をよろしくお願いします」
「選挙カーかよ」

 亜希が吐き捨てた。

***
 
 不運にも、始業式だというのにオレは日直に当たってしまった。その上、所属する美化委員会の集まりまで重なってしまう。放課後になり、学級日誌がまだまったく書けていないなかで、委員会の招集を知らせる放送がかかっている、という切迫した状況下に陥り、亜希に助けを求めた。
 委員会の代理を頼むと、どうせ一緒に帰るからと引き受けてくれた。おお、心の友よ。お礼として亜希の好きなメロンパンを生協で買っておいた。
 一人残された教室で、日誌にシャーペンを走らせた。

「あ、あの……」

 その時、突然教室に控えめな声が響いた。オレは弾かれたように顔を上げ、ドアの方を見る。
 教室の入り口に女の子が二人ほど、スマホを抱えて恥じらいながら立っていた。どちらも可愛らしい顔立ちをしていて、我知らずオレはしゃちほこばる。
 え? オレに話しかけている? そのはずだ。だってオレ以外、教室は無人である。

「は、はい。なんでしょう」

 咄嗟に敬語で答えてしまう。まことに情けないことだが、オレは男子中出身なので、同世代の女子とまともに話す経験が極めて乏しかった。

「彼女、募集してるって本当ですか……?」

 二人のうちの片方が尋ねてくる。茶色い髪を肩あたりまで伸ばし、前髪を洒落たピンでとめている。もう片方の子は、どうやら応援要員のようだ。
 見やがれ、亜希の野郎。無音で快哉を叫ぶ。オレって本気を出せばこれくらい、朝飯前だぜ。

「そ、そう。そうなんデス」

 ヘアピンの女子の顔が明るくなった。

「それなら、SNSとか交換してもらってもいいですかっ?」
「も、もちろん!」

 オレはバッグからいそいそとスマホを取り出し、胸に抱えて感銘した。良かったな、オレのスマホよ。妹と母親以外の女性が初めて登録されるぞ。
 早速連絡先の交換を交わし、彼女たちがオレにお礼を言いつつ教室を去っていく。その華奢な背中を、両手で頬杖をつきながらうっとり見つめた。
 当たり前だが、やっぱり自分とは全然違う。どんなに女顔でもオレは男だ。彼女たちの持つ体の線の細さ、すべすべの手の甲、磨かれた艶のある爪。その全てが可愛らしかった。

「ふふ……」

 無人の教室で笑いをこらえる。SNSに表示された彼女の名前を何度も見た。「あーちゃん」とある。
 あーちゃん。オレの初の彼女になるかもしれない子の名前だ。いい響きじゃないか。

「よし、頑張れ、オレ」

 と自分を奮起したところで、亜希の姿が廊下の奥から現れた。
 お礼のメロンパンを渡す前に、スマホを掴んで亜希の前に印籠のように掲げた。

「見てくれ。『あーちゃん』だ」
「誰だよ」亜希が渋い顔をする。
「さっきここに来て、連絡先を交換した」

 嬉色に満ちた声で、オレは滔々と続ける。

「オレの彼女になりたいんだってさ! やればできる男なんだ、オレも。すまないが亜希、明日からは一緒に帰ることも、登校することもできなくなるかもしれない。まあ親友の門出だと捉えてもらって、悪く思うな。結婚式の友人代表スピーチは頼むぞ」

 歓喜に沸くオレの眼前で、亜希は押し黙っている。そのただならぬ雰囲気に、オレは笑顔を引っ込めた。

「……亜希?」

 なんか、怒ってる?
 そりゃ良かったな、ヘマするなよ──なんて、いつもの皮肉をまぜた軽い調子で、祝ってくれると思ったのに。

「どうした? 委員会に駆り出したから、怒ってる? それとも、どっか痛い?」

 亜希は伏し目がちのまま、かたく口を閉ざしている。完全なる、無表情だった。オレとは真逆で、彼はもともと感情をすぐ表に出すタイプではない。しかしそれでも、ここまで感情の読み取れない亜希の顔は初めて見た。

「……なんか、しゃべれよ……」

 なんか、怖いよ、亜希。
 亜希がやっと口を開いた。

「委員会にも結構いた。聖那の彼女に立候補したいって言ってる女子」

 亜希の様子に気圧されながらも、オレはあえて明るい調子で、

「本当か? 当たり前だろ、明日からオレは素晴らしい青春を謳歌……」

 そこまで言ったところで、胸のあたりをどんと強く押された。床に尻餅をつく。
 いって、と背後の机の脚に打ちつけた背中を擦る。そうして目前に立つ亜希をキッと見上げた。

「なんなんだよお前、言いたいことがあるなら言えよ! 悪ふざけもいい加減に──」

 そこで、言葉が、途切れたのは、

「ん、ぅっ……!」

 オレの前にしゃがんだ亜希にネクタイを引っ張られた。と思ったら、瞬きする間に、声を塞がれた。唇で。
 ──え?
 何が、一体何が起こっている。

「ん、んー!」

 亜希の胸あたりを訳も分からずどんどん叩く。と、静かに唇が離れて、

「……悪ふざけ?」

 表情も変えずに、亜希が言う。オレのネクタイを掴む手に力がこもった。
 大きく肩で息をしながら、

「……ま、また、いつもみたいに、冗談だろ? さっさと離れ……」

 オレの後ろにある机たちを、ガタガタと亜希が片手で向こうへ押しやる。背もたれをなくしたオレは床に頭をぶつけた。机たちの動くその音が異常に大きく聞こえて、心臓が跳ねる。

「痛っ……あ、亜希、変だよお前、どうしたんだよ」
「変じゃない。いつも通りだ」

 亜希は暗いトーンで言うなり、今度はネクタイごとオレの胸ぐらを掴んで、互いの吐息がかかるほど顔を近づけた。
 オレは息を呑む。
 本能的に耳を塞ぎたくなった。
 それは防御反応だと思った。本能的に予期したのだ。これから起こることを。破綻の予兆を。
 二千ピースのジグソーパズルが、一瞬で崩れ去ったあの音が、頭に蘇った。

「気付かれなければいいと思ってた」

 瞬きも忘れ、オレは静かに唇を噛む。

「ずっと今の関係でいいとも思った。聖那が俺のそばから離れなければ、それだけでいいって」

 亜希の声だけが、凄みのある静寂のなかに重く落ちる。

「壊れるよりはずっと良かった。だけど、」

 胸ぐらを掴むその手に、まるでオレの心臓を直に握られているかのようだ。その手に力がこもればこもるほど、息苦しくなった。

「聖那が他の奴のものになるなんていうのは、許せない」

 ぐい、と更に強く引き寄せられて、その槍のような無慈悲な視線に射抜かれる。

「──許さない」

 怖い。
 初めて心の底から、オレを射抜く亜希の目が、声が、手が、怖いと思った。
 いつだってオレを安心させてくれた大切な、大好きな、失いたくないと、失うはずがないと思っていたそれらが、今は怖かった。精神が狂ってしまいそうだった。

「い……嫌だ、」

 オレは無意識的に、首をかすかに横に振った。怖くて不安で頭がぐちゃぐちゃして、渦を巻き、オレはその渦に呑み込まれてしまいそうだった。
 亜希の手が粗雑にオレのズボンからシャツを引き抜いて、室内の蒸し暑い空気がオレの腹に触れた。鳥肌が立つ。

「あ、亜希……っ」

 亜希の骨ばった手が上半身をまさぐる。そして再び乱暴に口付けられた。
 噛み付くようだ。そう感じた。
 愛情なんかよりも、焦燥とか、悲壮感とか、そういったネガティブな感情ばかりがそこに秘められているように思えた。

「ん……ん、ぅ……!」

 やめてくれ。お願いだ。
 手を離して、冗談だって、いつもみたいに笑ってくれよ。何をされたって、ごめんなって、そう言ってくれたら、許すから。
 なあ頼むよ、亜希。
 お前を失いたくないよ。
 亜希の横顔も、寝顔も、長い指も、皮肉っぽい話し方も、自転車を漕ぐ頼もしい背中も、全部大好きなんだ。
 それに実は、オレはもう随分前から、自分でネクタイを結べるんだ。だけど、伏し目がちにネクタイを結んでくれるあのときの、亜希の真剣な顔が好きなんだ。だから言いたくなかった。秘密にしていた。
 それくらい、全部の瞬間の亜希が、好きなんだよ。
 たったの一つも、失いたくないのに。
 もう、全部壊れちゃうのかな。
 亜希の顔が音もなく離れる。目が合った。その顔にもう怒気は見えない。かわりに、彼の両目は涙で滲んでいた。

「……ごめん、」

 亜希の涙を、初めて見た。ポタ、とオレの頬に一粒、垂れてくる。

「好きになって、ごめんな」

 同時に、オレの目からも涙が溢れた。
 そのときに、やっとわかった。
 今のオレと同じくらい、亜希も悲しいんだ。
 もうダメなんだ、と思った。
 亜希も、オレも、もう終わりなんだ。


 次に亜希は、揃いの赤いピアスを外し、オレの顔の横へと置く。

「……友達協定、解散だ」

 亜希はそれなり立ちあがって、バッグを持ち、教室を出て行った。
 自分の目尻から床に垂れた涙は、流れ、流れ続け、何も考えられない。

 不思議と、憎悪も、嫌悪も、怒りも、なかった。
 ただ、深い深い悲しみだけが、いつまでも、オレの身体に纏わりついていた。