Embrace it all―すべてを抱いて、生きていく―

「待たせた」

 玲瓏とした彼の声に、あたしは顔を上げる。

「亞紗斗さん」

 いつもの銀髪をオールバックにした姿。

 黒いジャケット。

 ライブ帰りなのか、片手には細長いヴァイオリンケースを持っていた。

「お疲れさま」

「そっちもな」

 隣に腰掛ける。

 いつもの距離。


 近すぎず、遠すぎず。


「今日どうだった?」

「問題ない」

「感想それだけ?」

「何を期待している」

「あはは。いつも通りだね」

 あたしが笑うと――亞紗斗さんが、ほんの少しだけ口元を緩めた。
 
 それだけで嬉しい。

 昔だったら……こんなクールな人を好きになるなんて、想像もしていなかった。

 あたしは、どちらかというと……ちょっと間抜けで不器用で、あたしをいっぱい笑わせてくれる人がタイプだった。
それで、あたしのやりたいことをいつだって応援してくれて。
 一緒にいて、飽きない人。

 口数が少なかったり、あまり感情を表に出さない人は、どこか苦手だった。

 はずなのに。


 いつの間にか、好きになっていた。



 涼ちゃんの不器用な優しさが好きだったけど、亞紗斗さんの優しさは……いつだって不意打ちで。

 あたしは毎回、それにやられてしまう。

 一見、何を考えているのかわからないくらい物静かなのに。
 本当に苦しい時には、いつだって一番近くにいてくれる。
 無理に励ますこともなく。
  忘れろとも言わず。
 ただ、そばにいてくれる。

 それだけで、充分だと思えるようになった。
 
 きっと――そういうところを、あたしは好きになったんだと思う。