Embrace it all―すべてを抱いて、生きていく―


*

 あたしの泊まるホテル近くの川沿い。

 夜風が、少し冷たかった。


 それは、四月に入ってまもなくの頃だった。

 昼間は暖かくなってきたけれど、夜になるとまだ薄手の上着が欲しくなる。

 あたしは遊歩道のベンチに座って、亞紗斗さんを待っていた。

 遠くに橋の灯りが見える。

 川面に反射して、細長く揺れている。


 左手に目を落とす。

 桜の指輪。

 涼ちゃんが遺してくれたもの。

 七年以上経っても――今でも、ここにある。


 あの日。

 捨てようとして。

 できなくて。


 そのあたしに、亞紗斗さんは言った。



 ――忘れなくていい。

 ――全部持ったまま、俺のところに来ればいい。


 あの言葉に救われた。

 でも。


 救われたからといって、全部の迷いが消えたわけじゃない。

 あれから亞紗斗さんと付き合うようになって。

 幸せな時間が増えて。

 それと同時に――ふと、怖くなる瞬間もあった。

 涼ちゃんを思い出さない日が増えた。


 昔なら、朝起きた瞬間に思い出していたのに。

 最近は……

 仕事の予定を確認して。

 今日の衣装を考えて。

 亞紗斗さんから連絡が来ていないか確認して。

 そうして一日が始まる。


 それが怖かった。
 
 でも。


 前ほど、その恐怖にも飲み込まれなくなった。

 忘れているんじゃない。

 あたしの中に、ちゃんといる。


 毎日思い出さなくても、涼ちゃんを愛したことがなくなるわけじゃない。

 そんなふうに思えるようになったのは、たぶん。

 亞紗斗さんのおかげだ。