Embrace it all―すべてを抱いて、生きていく―


*



「何をしている」

 背後から聞こえた声に、肩が跳ねた。


(亞紗斗さん……?)


 振り返れなかった。

 手の中には、桜を象った指輪。

 捨てようとして。

 結局、捨てられなくて。

 あたしは、それを握りしめたまま泣いていた。


「選べない……」

 ようやく、それだけが声になった。

「できない……。涼ちゃんを、忘れることなんてできない……」

 亞紗斗さんは、何も言わなかった。
 あの時のように。


 言い訳も。慰めも。

 急かす言葉もなく。

 ただ、あたしの後ろに立っていた。



 しばらくして、



「忘れなくていい」




 静かな声が落ちてきた。

「……え?」



「それは、梨歩にとって大切なものじゃないのか」


 あたしは、握りしめていた手をゆっくり開く。



 涙で滲んだ視界の中で、小さな桜が光っていた。



「……わからない」


 大切。

 そんなの、わかっているはずなのに。

「わからない……。大切なはずなのに。涼ちゃんだけを感じていたいのに、最近は……涼ちゃん以外の人のこと、考えたりして……」



 言葉にするたび、胸が痛くなる。


「涼ちゃんのこと、忘れたくないのに……その人のことを思うと、苦しくて……」



 亞紗斗さんは黙って聞いていた。



「これを外せば、次に進めるかもしれない。楽になるかもしれない。涼ちゃんのお姉さんも、手放してもいいって言ってくれた」


 それでも。


「でも、涼ちゃんがそう言ったわけじゃないし……」


 もう。



「もう涼ちゃんに聞くこともできないから……どうしたらいいのかわからない……」



 返事は、永遠に返ってこない。



 それが、たまらなく苦しかった。



「梨歩……。好きなやつが、できたのか」


「…………」


 心臓が大きく跳ねた。



 答えられない。




 代わりに、彼にずっと聞きたかったことを口にした。


「亞紗斗さんなら……どう思う?」

「何がだ」

「前の恋人からもらったものを、いつまでも持ってる人」




 怖かった。

 それでも聞いた。



「やっぱり、いい気はしないよね。いつまでも過去に執着する、未練タラタラな人って思うよね」

 声が震える。

「そんな人のこと、好きになんて……なれないよね……」

 沈黙。

「やだ、あたし……何でこんなにベラベラ喋っちゃってんの。ごめんなさい、こんな話聞きたくないよね。いいの、聞き流して――」