Embrace it all―すべてを抱いて、生きていく―

  ☆

 あたしには、柴田涼平――涼ちゃんという恋人がいた。

 あたしの十九歳の誕生日に遺してくれた私の似顔絵と、桜を象った指輪。

 それを受け取った時には、もう涼ちゃんはこの世にいなかった。

 その事実を知った直後、あたしは発作を起こし、生死の境を彷徨った。

 涼ちゃんはきっと、あたしがこうなることを分かっていた。
 だから最後まで、自分の病気のことを隠していたんだと思う。

 涼ちゃんのお姉さんから渡された、この指輪。

 病床で、あたしのために選んでくれたもの。

 あたしはその指輪と、涼ちゃんの想いを連れて、あの夢のステージに立った。

 そして、そのステージで初めてEDENのメンバーと顔を合わせた。

 憧れだった彼らは、いつしか“遠い世界の人たち”ではなくなっていった。

 若葉とエディを通して、プライベートでも何度か会うようになったからだ。

 そんなある日のこと。

「梨歩さん、その指輪、綺麗ですね」

 キリト君が、あたしの左手を見て言った。

「ああ、これ? あたしの大切な人からもらったもので――」

 本当に、何気なく答えただけだった。

 なのに。

「……あれ?」

 自分でも気づかないうちに、涙が頬を伝っていた。

「え!? 梨歩さん!? 俺、何かまずいこと――」
「うわ、キリト泣かせた」
「ミナト! そういうこと言わない!」
「いや俺じゃねーし!」
「あんたにはデリカシーってもんがないのか!」
「は~ァ? それ、お前が言うのかよ」

 一瞬で、辺りが騒がしくなる。

 あたし自身、どうすればいいのか分からなかった。

 
 泣くつもりなんてなかった。

 あのステージに立って、涼ちゃんの分まで生きていこうって……そう決めたはずなのに。

 まだ、こんなふうに涙が出るんだ。

 その時だった。



 静かに、ヴァイオリンの音が響いた。

「…………」

 誰も何も言わなくなった。

 奏でていたのは、亞紗斗さんだった。


 口数が少なくて、いつも冷静で。
 どこか近寄りがたい人。

 正直、最初は少し苦手だった。

 でも。



 その時の音色は、とても温かかった。

 何の曲なのか、その頃のあたしには分からなかった。

 ただ。

 泣いていていい。

 無理に止めなくていい。

 そう言われているような気がした。

 実際に、亞紗斗さんは……あたしに何も聞かなかった。



 涼ちゃんのことも。

 どうして泣いたのかも。

 ただ、あたしの涙が止まるまで、静かに。

 何度も同じ旋律を繰り返しながら、ヴァイオリンを弾いていた。


 言葉ではなく、音で包んでもらったような気がした。

 ――この人、思っていたよりずっと優しいんだ。

 たぶん、だけど。

 最初は、それだけだった。

 それが、始まりだったのかもしれない。


 それから何度も顔を合わせるうちに。

 気づけば、あたしは亞紗斗さんを目で追うようになっていた。


 そして、いつの間にか――。

 彼に惹かれていた。

  ☆