穢れた龍神と生贄の花嫁

 ほんのりとあたたかいのに清らかでどうしようもなく美しい光に包まれているようだ。ふわふわとした心地に水夜はまどろみ、その光にただ身を委ね包まれていた。


(!)

 ハッと水夜の目が開く。さっきまでとてつもない至福感に包まれていた気がしたが、夢を見ていたのだろうか。ふと横を向くと、翔澪の寝顔がある。

(そういえば、私……)

 すこしずれたかけ布団からみえる翔澪の上半身は何も身にまとっていない。ふと、自分も何も着ていないことに気付いて水夜は次第に顔を赤らめる。

(翔澪様に、力の定着を行なってもらったんだ)

 意識を失う前の記憶はぼんやりとだがある。その時のことを思い出して水夜はさらに顔を赤くし、布団に顔を埋めた。体はけだるい感じがするが、奥底から感じる神々しさは翔澪の力だろう。水夜にしっかりと注ぎ込まれ、細胞のひとつひとつにまで行き渡っているように感じられる。まるで光を身にまとっているかのようだ。

 ふと、翔澪の体が動く。水夜がハッとして翔澪の顔を見ると、ゆっくりと翔澪の瞼が開き、美しい水色の瞳に水夜の顔が映った。

「……起きていたのか」
「ついさっき起きました」

 水夜の返事に翔澪は優しく微笑み、水夜の体を抱き込む。

「ひえっ!?」

 翔澪の肌が直接触れ、水夜はおもわず声を上げた。どう考えても、上下何も身にまとっていない。

「どうした?」
「いえ、あの……」

(恥ずかしい!)

 お互い何も着ていない状態で翔澪に抱きしめられている。肌の温もりが直接伝わり、その生々しさに水夜は胸が高鳴ってどうしようもない。混乱する水夜を見て、翔澪は嬉しそうに笑った。

「可愛いな。あんなに体を重ねたというのに、まだ恥じらいを見せているのか」
「そ、それは……!」

 翔澪の言葉にさらに水夜は動揺し、翔澪は愛おしそうに水夜を見つめ、頬に指を滑らせた。まるで愛おしいと言わんばかりの視線と手つきに、水夜の体は一気に火照りだす。

「うむ、力がきちんと定着したな。これで他の神ももう水夜に近づくことはできない」

 満足そうに翔澪が言うのを見て、水夜は嬉しくなる。

(よかった、翔澪様とても嬉しそう)

 頬を撫でていた翔澪の手が、労わるように水夜の体を撫でる。そして翔澪は心配そうに水夜の顔を覗き込んだ。

「体は大丈夫か?力が定着したといってもまだ時間が浅い。何かしら影響があるかもしれないからな。もし少しでも違和感があれば言ってくれ」
「ありがとうございます」

 ふわりと水夜が微笑むと、翔澪は嬉しそうに笑って水夜をまた抱きしめる。

「もう少し寝よう。朝まではまだ時間がある」

 そう言って、翔澪は水夜を抱きしめたまま瞳を閉じる。水夜も翔澪の腕の中でそっと瞳を閉じた。

 眠いからだろうか、それとも力を定着させたからだろうか。肌と肌が触れ合っている部分がまるで一つに溶け合うかのような感覚になる。目を瞑ると体の底から光が沸き上がって二人を包み込むように感じられ、このまま翔澪と境目がなくなってひとつになってしまえばいいのにと、水夜は思った。


*


 滝柳が、ふと窓の外を見上げて目を細める。

「あー、龍神の花嫁は完全に龍神のものになってしまったな」

 諦めたように小さくため息をつくと、目の前にいる男に視線を向ける。そこには真っ黒な服に身を包み、黒髪に深い紺色の瞳の男が長い手足を無造作に投げ出し椅子に座っている。
前髪は伸びきって目元が見え隠れしており、黒々とした穢れを体中から放っていて、その穢れは部屋全体に広がっていた。
男は滝柳の言葉に少しだけ肩を揺らすが、すぐにつまらなそうな視線を滝柳へ向け、その視線を受けて滝柳はニヤリと笑みを浮かべる。

「まあ、もう君がいるからどうでもいいけどね。むしろあの花嫁はこちらに近寄せたくない人材だ。万が一君まで浄化されてしまったら今までの苦労が水の泡だからね」

 そう言って、滝柳は男に小さな小瓶を渡した。小瓶の中には、真っ黒な小さな粒が何個も入っている。

「はい、今日の分だ」

 滝柳から小瓶を受け取ると、男は小瓶を目の前に掲げて気だるげに見つめる。そして、フンと鼻で笑うと小瓶の中の黒い粒を一気に飲み込んだ。

「ッ、ゲエッ、ゴホッ」

 男は目を見開いてすぐに咳き込み、手で口元を抑える。

「おえっ、相変わらず気持ち悪いな」
「君もすごいよね。それだけ穢れを飲み込んでもまだ自我を保っている。それとも、もう邪神になってしまっているのかな」

 滝柳が腕を組み感心したように言うと、男はくだらないという顔で滝柳を見る。

「お前の方こそ、よくこんな部屋で平気でいられるな。お前の方がよっぽど邪神に向いてるんじゃないのか」

 そう言って、男は小瓶を滝柳へ放り投げる。滝柳は小瓶をキャッチすると、苦笑して首を振った。

「ははは、誉め言葉として受け取っておくよ。そうだ、青条家は龍神に娘を差し出したおかげであっけなく穢れ始めたよ。もうあれは元には戻らないだろう」
「……あの家には娘が二人いたはずだが」
「ああ、よく知っているね。君は昔あの家と関りがあったんだっけ。残った娘の方は巫女としては失格だ。むしろ穢れを生んでいる方だと言ってもいいかもしれない。神と深い関りを持つはずの家柄があんな様になるなんて、笑える話だ」

 クククと楽し気に笑う滝柳を、長い前髪の内側からギロリと男は睨みつける。だが滝柳は気にする様子もなく、話を続けながら部屋の出口へ向かう。

「あの家の穢れは相当のものだ、穢れを効率よく集められる。君にも今まで以上にたくさん穢れを提供できると思うよ。それじゃ、また」

 滝柳は空になった小瓶を軽く振りながら楽しそうに部屋を出て行った。取り残された男は、小さく咳をしてから立ち上がり、ガラス張りの部屋の中から外を眺めた。外の植木には小さな小鳥が二羽仲良く並び、男の方を見て首を傾げている。

「青条家……」

 ぽつり、と悲し気な声が部屋に響き渡る。すると二羽の小鳥は何かを感じたのか、すぐに空高く飛んで行ってしまった。それを見た男は小さく息を吐き、すぐに部屋の奥へ戻り椅子へ座ると、眠るように目を瞑った。