穢れた龍神と生贄の花嫁

 水夜の質問に、翔澪はハッとして言葉を詰まらせる。それから、すぐに水夜の手を取って歩き出した。

「翔澪様?」
「部屋に行こう。ここでする話ではない」


 翔澪の部屋に着くと、翔澪は水夜をソファに座らせてから横に座る。翔澪のいつもと違う神妙な雰囲気に、水夜は緊張した。

(力が定着していないということはそんなに大変なことなのかしら)

 力が定着していないせいで他の神が水夜に簡単に近寄り、奪ってしまうことも可能だと火の神は言っていた。

「火の神の言っていたことが気になるか?」

 翔澪は静かにそう尋ねる。水夜は翔澪の顔を見ながら、小さく頷いた。

「俺は水夜に触れ、口づけを交わすことで少しずつ水夜に俺の力を宿している。俺の力はそもそも強い。そんな俺の神域で花嫁として住まうことは人間である水夜に負担が大きい。水夜の体が壊れてしまわぬよう、少しずつ力を水夜の中に入れているんだ」

 そんなことが起きていたとは知らず、水夜は目を丸くする。確かに、翔澪と触れ合うごとに体の中に得体の知れない神々しいものを感じることがあったが、そもそも神域にいるのだからとあまり気にしていなかった。

 水夜の片手をそっと握り、翔澪は話を続ける。

「俺の力が少しでも水夜の中にあれば、他の神に対しても水夜は俺の花嫁だと知らしめることができる。ただ、やはりそれだけでは他の神は納得しない。神は全て自分のものだという自負があるからな」

 そう言って、翔澪は水夜の瞳をジッと見つめた。

「だが、俺の力が水夜に完全に定着していれば、水夜が俺と同じだということになるから他の神は水夜に手出しはできなくなる。火の神が言っていたことはそういうことだ。そして、今の水夜であれば、俺の力を完全に定着させても問題ない状態になっている」
「……そういうことだったんですか。それなら、力の定着をすぐにでも」

 水夜がそこまで言うと、水夜の手を握る翔澪の力が強くなる。そして、水夜を見つめる翔澪の瞳が燃え滾るように熱くなった。

「……力の定着を行なうということは、俺と水夜が体を交えることだ。体を交えることで俺の力が完全に水夜へ入り込み力が定着する」
「……え?」

 翔澪の言葉を聞いて、水夜は口をぽかんと開けて目を大きく見開き、それから次第に顔を赤らめていく。

(それって、つまり、……そういうこと?)

 顔を真っ赤にしながら水夜が目を瞬くと、翔澪は小さくため息をついて目を伏せ、すぐにまた水夜を見た。その瞳は先ほどよりもより熱が強まり、今にも水夜を焼き尽くしてしまいそうなほどだ。その熱に驚き、水夜は息を呑む。

「俺はいつでもすぐにでも水夜とひとつになりたい、俺の力を定着させ誰にも近寄らせたくない、触れさせたくないと思っている。だが、水夜はここに来たばかりだ。水夜にはまだ心の準備ができていないだろう。そんな水夜に無理強いをしたくない。俺は水夜を大切にしたいんだ」

 翔澪の言葉に、水夜の心は熱くなり全身の血が激しく流れ出す。どれほど翔澪が自分を思い、大切にしてくれているのかわかっているつもりではいたが、翔澪の言葉で伝えられたことで一層その思いが分かった気がする。

(私も、翔澪様の気持ちにちゃんと応えたい)

 また他の神が水夜に会いに来れば、その度に翔澪は嫌な思いをするだろう。水夜を守るために無茶をし、他の神と喧嘩してしまうかもしれない。それは水夜にとって望むことではないのだ。

 水夜は両手をしっかりと握り締め、翔澪を見つめた。

「翔澪様、確かに私はここに来たばかりで、まだ花嫁として未熟かもしれません。でも、翔澪様と一生共に過ごし命を捧げると決めました。それはずっと揺るぎません。それに、私のせいで他の神様と翔澪様の仲が悪くなるのも嫌です。もし、翔澪様のお力を定着させることで翔澪様が安心できるなら、私はむしろそうして欲しいと思います」
「……水夜!?言っている意味がわかっているのか?」

 翔澪は驚いたように目を大きく見開き、高揚したように頬を少し赤く染める。そんな翔澪を水夜はしっかりと見つめ、力強く頷いた。

「私の全てを翔澪様に捧げます。だからためらわずにどうかその力を定着させてください」

 水夜がそう言った瞬間、翔澪様は水夜を力強く抱きしめた。愛おしそうに、でもたまらないと言わんばかりの力強さで水夜を抱きしめる。

「水夜……」
「きゃっ!」
 翔澪は体を離すとすぐに水夜を横抱きにして持ち上げる。そして、ベッドの上に優しく水夜を降ろした。

「もう後戻りはできない。力を定着すれば、水夜は完全に俺の花嫁だ。それはつまり、人間ではなくなることと同じことだ。それでも本当に構わないのだな?」

 動揺で水夜の瞳が一瞬だけ揺れる。だがすぐにしっかりとした眼差しが翔澪に向けられた。

「はい。私は翔澪様の花嫁。あなたと一緒にいられるのなら、人間ではなくなろうとも構いません」

 水夜の返事に翔澪の目は輝き、うっとりとした表情で嬉しそうに微笑む。そして、翔澪はゆっくりと水夜へ覆いかぶさった。


*


 湖の鳥居の前で翔澪に拒絶された清四朗と珠奈は、屋敷に戻り一人の男と対峙していた。真っ黒なスーツに身を包み、セミロングの黒髪を一つに束ねたその男は周囲を見渡して顔を顰めた。

「噂に聞いていた通り、ずいぶんとひどい穢れだ。神力を持つ巫女を輩出する青条家とは思えないほどだな」

 気持ちが悪いと言わんばかりの表情で言う男を、清四朗は怯えたような目で見つめ、口を開く。

「滝柳様、国に仕えるあなた様がなぜあの場所に?我々になにか御用でしょうか」
「ああ、そうそう。青条家があまりに穢れて酷すぎるからね、国が青条家との縁を切ることにしたそうだ。その通達に来た」

 滝柳がそう言うと、近くにいた黒づくめの男が背広の胸ポケットから書簡を取り出し開いて見せる。

「そ、そんな……!」
「青条家は実質追放だ。もう国から調査や浄化の依頼は来ない。国の保障もなくなるからそのつもりでいなよ」
「待ってください!この穢れは一時的なものです!すぐに浄化してまた……」

 慌てて滝柳にすがりつく清四朗を、滝柳は冷ややかな表情で見下ろす。そして、軽く蹴飛ばした。蹴飛ばされた清四朗は床に転がったまま茫然とし、動かない。

「俺に気安く触れるなよ。それにもう無理だろう。俺はお前たちと龍神との会話を見ていた。あの水夜とかいう娘がいなければこの家はろくに浄化もできない。だがあの子は戻って来ない。龍神が手放さないだろうからね」

 呆れたようにため息をつくと、滝柳はトントントンと机を指でリズムよく叩く。

「龍神があのまま穢れてくれれば一番手っ取り早かったのに、お前たちのせいで龍神の穢れは消え、一から穢れを集める羽目になったんだ。正直言って青条家にはがっかりしてるんだよ。でもまあ、ここがこれだけ穢れてくれているなら穢れを集めやすくていい」

 独り言のようにそう言って、滝柳は立ち上がると清四朗へ向かってにっこりと微笑んだ。

「せいぜい穢れをたくさん生み出して貢献してくれよ。今のお前たちにできることはそのくらいだ」

 そう言って、滝柳は黒づくめの男たちを引き連れて青条家を出て行った。