穢れた龍神と生贄の花嫁

「おや、久々に会えたのにその態度かい?悲しいなあ」

 そう言って、男は翔澪たちの向かいの席に平然とした顔で座る。そして、水夜を見てにっこりと微笑んだ。

「君が噂の花嫁か。初めまして」
「噂の?」

 男の言葉に翔澪は険しい顔で片眉を上げる。水夜は何が何だかわからず、首を傾げて二人を見た。

「当たり前だろう。俺たち他の神が近寄れないほどまでに穢れたお前が、あっという間にこんなに綺麗になって力を取り戻したんだぞ。噂にならない方がおかしい」

 その話を聞いて、翔澪は眉間に皺を寄せ小さくため息をついた。

「その様子だと、他の神に合わせたくなかったみたいだな。気持ちはわかる。これだけの清らかさを持っている人間はなかなかいない。しかも魅力的だ」

 そう言って、男は水夜を見てフフッと妖艶に微笑む。その微笑みに、思わず水夜は心臓が跳ね上がった。そしてそんな水夜を見て、翔澪はムッとして水夜を腕の中に隠す。

「こやつは誰にもやらん。俺だけのものだ」
「おやおや、何にも執着しないお前が、こんなにも熱心だとはね。ますます興味がわくよ」

 男の言葉に翔澪は思い切り男を睨む。翔澪の腕の中で、水夜は一体何が起こっているのだろうかと慌てていた。

「おっ、いたいた!」

 そこにさらにもう一人、別の男が翔澪たちを見て駆け寄り、緑かかった黒髪の男の横に座った。

「やはりお前も来たか……」

 翔澪のうんざりした声が水夜の頭上から聞こえてくる。また誰か来たのだろうかと翔澪の腕から顔を少しのぞかせて、水夜はやってきた男を見る。

 金髪に琥珀色の瞳の男はいかにも活発そうな雰囲気だ。水夜と目が合うと、嬉しそうににっこりと微笑んだ。

「おう、お前か!こいつの穢れを綺麗さっぱり取り祓ってくれたのは」
「勝手に水夜に話しかけるな!」

 翔澪は水夜を自分の体で隠すような仕草をする。

「あ、あの、翔澪様、苦しいです……」
「っ!すまない、大丈夫か?」

 水夜の言葉に翔澪は慌てて腕から水夜を解放し、水夜の顔を心配そうに覗き込む。水夜はゆっくりと深呼吸して微笑んだ。

「は、はい。大丈夫です。あの、それでこちらの方々は……?」

 水夜が男たちを見てそう言うと、男たちは水夜と目が合って嬉しそうだ。翔澪はその様子を見て大きくため息をつき、しぶしぶ二人を紹介した。

「こいつは風神、こっちは雷神だ」
「初めまして」
「よろしくな!」

 緑かかった黒髪の男が風神、金髪の男が雷神だと翔澪が説明すると、水夜は驚いて目を丸くした。

「ふ、風神様と雷神様!?」

 つい声が大きくなってしまい、水夜は慌てて両手で口を覆い、辺りをキョロキョロと見渡した。

「大丈夫だ、俺たちの会話は他の人間には聞こえないようにしてある」

 翔澪がそう言って優しく水夜を見ると、水夜はホッとして胸をなでおろす。

「あの龍神がまさかこんなにも優しい顔をするとはねえ」
「いや、良いものを見たな!」

 風神と雷神はニヤニヤしながら翔澪を見てからかうように言うが、水夜はハッとして背筋を伸ばした。

「初めまして、風神様、雷神様。水夜と申します」
「俺の大切な愛しい花嫁だ」

 水夜が挨拶をすると、翔澪がすぐにそう言って水夜の肩を抱く。それを見て、風神と雷神は目を合わせてにっこりと微笑んだ。

「いやいや、ここまで花嫁に入れ込んでいるとは思わなかったよ」
「あからさまに牽制されるなんてな」
「当然だろう。お前たち、水夜を見に来たのだろう。あわよくば攫っていこうなどと思っていないだろうな?そんなことは許さん」

 そう言う翔澪は水夜をさらにグッと引き寄せる。

「ははは。まさか攫おうとまでは思ってないよ」
「まあ、俺たちの嫁にもなってくれないかとは思ってたけど、こりゃ無理だな」

(俺たちの嫁にもなってくれないかって、どういうこと?)

 水夜は驚いて盛大に首を傾げ、翔澪は二人の話を聞いて険しい顔になった。

「ああ、俺たち神は自由だから他の神の花嫁も自分の花嫁にするんだ。花嫁を一人に決めることもないしね。気に入ったものは自分のものにしたい、当然のことだろう」

 風神は爽やかにそう言うが、言っている内容は全く爽やかではない。あまりの衝撃に水夜は目を丸くしていると、翔澪は水夜を腕の中に囲い込む。

「水夜は誰にも渡さん。俺だけの花嫁だ。近寄ろうものなら殺すぞ」
「おお、本気だ」
「本気だな」

 風神と雷神は目を合わせて肩をすくませる。それから真剣な顔で翔澪を見た。

「お前はそのつもりだろうが、もうその花嫁の噂は神々に広まっている。一目見たさに他の神もやって来るだろうし、見たら絶対に気に入るだろうよ」
「俺たちも気に入ったからな。一緒にいるだけで心地よい、こんなに清らかな気を持つ人間はめったにいない。計り知れない魅力の持ち主だ」

 二人の言葉に、翔澪の水夜を抱きしめる力が強まる。水夜は思わず翔澪の着物をギュッと握り締めた。

「大丈夫だ、水夜は誰にも渡さん。俺が絶対に守って見せるから安心しろ」
「翔澪様……」

 翔澪の瞳は燃え滾るほどのような熱さを宿しているが、その熱さは水夜の不安を焼き払うかのようだ。水夜が小さく微笑んで頷くと、翔澪も微笑んだ。

「それから、もう一つ大事な話がある」
「……なんだ、まだあるのか」

 翔澪がうんざりした顔でそう言うと、風神は厳しい顔で翔澪を見る。その表情にただならぬ気配を感じ、翔澪も真剣な表情になった。

「邪神の気配が濃くなっている。もうすぐ誕生するかもしれない」

 風神の言葉に、翔澪の顔は一層険しくなる。先ほどまでニコニコと屈託のない笑顔をしていた雷神も真剣な顔で翔澪を見ていた。

「お前もあのままであればいずれ邪神になっていたかもしれない。それはわかっているだろう」
「ああ」
「だが、お前は花嫁のおかげで邪神にならずに済んだ。しかし、お前の穢れが消え始めたのと同時に、他で強い穢れが生まれ始めている」
「どういうことだ?」

 翔澪が尋ねると、風神は周囲の人々をゆっくりと見ながら話を続ける。

「お前のように強い力を持つ神ではなく、そもそも人の欲で生み出された力の弱い神々やそれに仕えていた精霊たちが穢れ、その穢れが一か所に集まっている。どうやら人間が関係しているらしい」
「人間が?」

 風神の言葉に翔澪が疑問の声を上げると、水夜も驚いて風神を見つめる。

「人間がわざと穢れを増やしそれを集め、邪神を創ろうとしているということだ」
「……人間ごときにそんなことができるのか」

 信じられないという顔で翔澪が尋ねるが、風神は小さく首を振る。

「人間の中にはなぜか邪神を望む者も古くからいるからね。古くから研究が行われ、それがどうやら陰で受け継がれているようだ」
「お前の花嫁はお前の穢れを消した。もしかすると、邪神を望む人間が花嫁を邪魔に思って狙ってくるかもしれない。気をつけろよ」

 風神の言葉に雷神が続き、翔澪はその内容を聞いて怒りを露わにした。

「水夜を狙うだ?ふざけるなよ、人間風情が俺の花嫁に指一本でも触れられると思うてか」
「だが、邪神を創ろうとするような人間だ。甘く見ない方がいいだろう。お前が穢れ邪神になりそうだったのも、もしかすると関係しているかもしれない」

(翔澪様が邪神になりかけていた?しかも、それが誰かの狙いだった?)

 水夜は驚愕の眼差しで翔澪を見る。翔澪は怒りがおさまらないのだろう、力が漏れ出ているのか目はキラキラと輝き、肌に輝く鱗が現れ始めている。

「俺を故意に穢れさせ、それが失敗したから今度は他の方法で邪神を創ろうとしているだ?ふざけやがって!いいだろう、もし水夜を狙ってくるようなことがあれば返り討ちにしてやる」