穢れた龍神と生贄の花嫁

「その女の神力が役に立った?何を言っている?その女の神力が入った勾玉はすぐに壊した。あんなもの、気持ち悪くて虫唾が走ったわ」
「そ、そんなばかな!?」
「その女の神力は俺に必要ない。俺には水夜がいればじゅうぶんだ。帰れ」

 翔澪がそう言うと、清四朗は必死の形相で清四朗の前に居続ける。

「お待ちください!水夜には神力がありません!何のお役にも立たないでしょう!」
「神力が無くても、水夜がただ側にいるだけで俺の力は戻ってきている。水夜は俺にとって必要な存在だ。それに」

 そう言って、翔澪はギロリと清四朗を睨む。まるでこの世のものとは思えないほどの冷酷さで、清四朗は小さく悲鳴を上げる。

「お前の屋敷はずいぶんと穢れ始めたようだな?今更水夜の大切さに気がついたか、愚か者め。お前たちのためになぜ俺は水夜を返さねばならん。ふざけるなよ」

 翔澪からドンッと圧が発せられ、清四朗と珠奈は地面に座り込んだ。あまりの圧と恐怖に、二人は立ち上がることができずただ怯えている。

「もう二度とここへ来るな。俺たちの前に姿を現すことは許さん」

 そう言って、翔澪は水夜を連れて清四朗たちの前から立ち去った。

「……ど、どういうこと?私の神力が気持ち悪い……?水夜が、龍神に気に入られてる?」

 翔澪たちがいなくなった後、珠奈がぽつりと呟く。それから、清四朗を睨みつけた。

「どういうことよ!どうして私じゃなくて、あんな役立たずの水夜が龍神様の側にいるのよ!あんな綺麗な着物を着て、大切そうに扱われて!」

 水夜の代わりに龍神の元へ行けば、水夜のように大切に扱われるのではないかと思ったのに、龍神はむしろ珠奈を拒否する様な態度を取った。あまりの待遇の差に、珠奈は我慢ならない。

 珠奈は怒りに任せて砂を握り締め清四朗の背中に投げつける。清四朗は振り返り、珠奈を見て怒号を飛ばした。

「黙れ!一体どういうことか、こっちが聞きたいわ!お前の神力が必要ないと言われたんだぞ!水夜が戻って来なければ、青条家はおしまいだ!お前が穢れを浄化できないばっかりに!クソッ!クソが!」

 喚き散らかす清四朗を、珠奈は肩を震わせ憎らしそうに睨みつける。そんな二人の背後から、砂を踏みしめる足音がした。

「これは青条家のご当主様、そして巫女様。ずいぶんと荒れていらっしゃる」
「ああ!?」

 声のする方を見て清四朗は声を荒げたが、すぐに目を大きく見開き、青ざめる。

「あ、あなた様は……!」

 清四朗たちの近くに、真っ黒なスーツ姿の男たちが数人立っていた。その真ん中に、二十代後半だろうか、セミロングの黒髪を一つに束ね、モデルかのようなスラリとした体形の男がいた。

「まさか青条家がこんなことになってるとは思いもしなかったよ。この状況を国も見過ごすわけにはいかないんだよね。それで、俺がこうしてわざわざ足を運ぶことになったんだけど」

 真っ黒な扇子を片手に持って開いては閉じ、開いては閉じを繰り返している。それから、清四朗の前まで来ると、扇子で顎を抑えて顔を上に向けさせる。男を見る清四朗はただ怯え震えていた。

「屋敷で詳しい話を聞こうか?こちらも君たちに頼みたいことがあるからね」

 そう言って、男はにっこりと微笑んだ。


*


(お父様もお姉様も、驚いていたわ)

 清四朗たちの元から離れ、翔澪と水夜は町へたどり着いていた。翔澪に肩を抱かれながら、水夜は戸惑うように歩いている。

「水夜、大丈夫か?」

 翔澪は立ち止まると、心配そうに水夜の顔を覗きこんだ。

「は、はい。少し、驚いただけです……」

(屋敷が穢れたと言っていたけれど、珠奈はちゃんと掃除をしていないのかしら)

 どうやら清四朗たちが湖にやってきたのは、屋敷が穢れてきたから水夜に掃除をさせ浄化しようと思ったようだ。その代わりに珠奈を差し出そうとしていたようだが、翔澪はきっぱりと断っていた。

(嬉しいけれど、あれで本当によかったのかしら)

 水夜は神力を持たない。そんな水夜より、神力のある珠奈が翔澪の側にいた方がいいのではないか。

「水夜、何か良からぬことを考えているのではないか?あの女の神力は気持ち悪いと言っただろう。それに、お前は神力を持たずとも存在しているだけで我にとってかけがえのない存在だ。何度も言っただろう」

 翔澪がそっと水夜の髪の毛を耳にかけ、しっかりと目を見つめながら諭すように言う。

「何があってもお前は俺の側にいるんだ。それ以外は認めない」

 少しだけムッとしながら翔澪は水夜を抱きしめた。そんな翔澪の言葉に、水夜はそっと目を瞑り、翔澪に体を預ける。

「……私も、どんなことがあっても翔澪様の側を離れたくありません」

 水夜はそう言って翔澪の背中に手を回し、そっと着物を掴む。その言葉と反応に、翔澪は嬉しそうに微笑み強く水夜を抱きしめた。

「だったら余計なことは考えず、俺のことだけを考えていてくれ」

 翔澪の言葉に水夜が翔澪の腕の中で小さく頷くと、翔澪は体を離して水夜の顔を覗き込んだ。

「よし、それじゃ町を歩こう。水夜と一緒に歩きたかったんだ」



(隣町だから来たことが無かったけれど、こんなに活気にあふれているのね)

 翔澪の隣を歩く水夜は、町の中の賑やかさに驚いていた。人々の笑い声が聞こえ、子供たちもあちこち走り回っている。

「湖が穢れていた頃は町全体が暗く辛気臭かったが、湖が綺麗になって町もすっかり見違えた」
「今度湖へお参りに行こう」

 人々の声を聞いて、水夜はなんだか嬉しくなる。町が活気づいたことで、町の人々も翔澪へお参りをしようと思ってくれるようになったようだ。

(もしかするとこれでさらに翔澪様のお力が安定するかもしれない)

 ふと、翔澪の手が水夜の手を優しく掴む。

「はぐれるといけない。手を繋いでいよう」
「は、はい」

 翔澪の手は温かい。手を繋いでいるだけなのに、自分の全てを包み込まれているかのような安心感を覚え、水夜は嬉しさとほんの少しの照れが出てつい顔が赤くなってしまう。

 そんな水夜を、翔澪は愛おしそうに見つめ微笑んだ。

(そういえば、翔澪様を見ても誰も驚いた顔をしないのはどうしてかしら?)

 翔澪ほどの美しさなら、騒ぎになってもおかしくない。それなのに、すれ違う人々も店の中でも誰も翔澪に注目する人がいない。不思議そうに思って水夜が翔澪を見上げると、翔澪は首を傾げた。

「どうしかしたか?」
「翔澪様はこんなにも美しいのに、誰も驚かないのが不思議で」
「ああ、そのことか。人の姿で街に出る時は、目立たないように術をかけている」
「術、ですか?」

 水夜が首を傾げて聞き返すと、翔澪は頷く。

「人の姿になっているとはいえ、俺は神だ。神が人の前に姿を現わせば、それだけで人々に大きな影響を及ぼす。それは良い意味でも悪い意味でもだ。神の力に慣れない人間は倒れてしまい、最悪そのまま死んでしまう可能性だってある」
「そんなにですか!?」
「ああ。だから、術をかけて人々に影響が出ないようにしている。そのおかげで、この見た目でも人々には感知されず、そこらへんにいる普通の人間と同じように認識されるんだ」

 翔澪の話を聞いて、水夜はなるほど、と納得した。ふと、翔澪がひとつの店先に目を向けると水夜を見て微笑む。

「水夜、甘いものは好きか?」
「え、はい、あまり食べたことはありませんが……」

(小さいときに和菓子を食べさせてもらって以来、食べたことがなかったけれど)

 五歳までは羊羹やおまんじゅう、あんみつやお団子などいろいろな和菓子を食べさせてもらった。だが、水夜に神力がないとわかるとお菓子はおろか、最低限の食事しか与えられてこなかったのだ。

「そうか。なら、あの店に入ろう」

 そう言って、翔澪に手を引かれ店内に入ると、そこは甘味処だった。二人は隣同士で座ると、お品書きを見る。どれもこれも美味しそうだが水夜は何が食べたいかわからなかったため、二人でお店のおすすめを食べることにした。

 目の前には、あんみつが置かれる。アイスクリームも乗っていて、そっとひとくちスプーンでとり口に含む。

「甘くて美味しいです!ほっぺがとろけて落ちてしまいそう!」

 あまりの感動に水夜は目を輝かせ頬を赤く染めて嬉しそうに言う。そんな水夜を見て、翔澪はうっとりとした恍惚な表情で嬉しそうに微笑んだ。

「そうかそうか、それはよかった。ここは最近人気の店らしくてな。水夜を連れて来たいと思っていたんだ」

 そう言って、翔澪も一口食べる。

(嬉しい……翔澪様が私を思って連れて来てくださった)

「翔澪様、本当にありがとうございます。翔澪様と一緒にいると、いつも嬉しくて幸せで……もったいないくらいです」

 水夜がそう言って微笑むと、翔澪様はフッと優しく微笑み、水夜の顔にそっと自分の顔を近づけた。そして、水夜の口の端をぺろりと舐める。

(!)

 水夜が驚いて目を見開くと、翔澪様は顔を離してククク、と小さく笑う。

「口元にあんこがついていた」
「えっ!?す、すみません!」

(でも、こんな人の多い場所であんなこと……!)

 水夜が顔を真っ赤にすると、翔澪様は愛おしそうに水夜を見つめ、あんみつをスプーンで一口すくう。そして、水夜の口元へ差し出した。

「さ、もっと食べるんだ。水夜が美味しいそうに食べている姿を見るのが俺は嬉しい」
「なっ、翔澪様、恥ずかしいです……!」

 神様だから人の目など気にならないということだろうか。だが水夜は神ではなく人間なので当然恥ずかしい。どうしたものかと悩んでいると、二人の向かいに人影ができる。

「ご一緒しても?」

 低く良い声がして驚き顔を上げると、そこには緑かかった黒髪に黄緑色の瞳をした美しい顔立ちの男性が二人を見て微笑んでいる。

「……お前か」

 翔澪はその男の顔を見て、チッと舌打ちをすると嫌そうな表情をした。