かわいい絶対禁止令! ※ただし、親友は除く

「トキ〜見て、新発売のグミ。一緒に食べたくて買ってきた!」
「なあトキ、ここ押して。ソシャゲのガチャ、ほしいの全然出ないんだよ。トキなら出せる気がする!」
「ん〜、眠くなってきた……ちょっとトキの肩貸して?」

 トキに彼女ができることをリアルに想像して、それがどうしても嫌な自分に気づいてしまった。嫌な気持ちを掘り下げてみてって言われて、オレなりに頑張ってみた。その答えはこうだ。

 トキはオレにとって、ただの親友じゃない。運命の出逢いをした、とびきりスペシャル世界一の親友だってこと。だから誰にも取られたくない。親友という座だけじゃなく、見知らぬ彼女にトキとの時間を奪われることも面白くない。

 そう気づいたオレは、今まで以上にトキにべったりになった。昼休みはもちろん、休み時間ごとにトキの元へ走るし、隙あらば肩を借りたり、最近寒くなってきたからと腕に手を巻きつけて、暖を取ったり。

 これって男子で親友の、つまりはオレの特権だよな。それこそトキに恋している女子たちは、こんなことはできないわけで。スマホケースの中のステッカーもリュックのぬいぐるみキーホルダーもおそろいにできて、誰よりも近くにいられる。なにより、トキもうざがらずに受け入れてくれている。

 この現状に、オレはずいぶんと得意げな顔をしているらしい。原口(はらぐち)と小坂(こさか)が教えてくれた。「トキはオレのもの!」って顔に書いてあるって。それが女子たちにも見えていて、じゃあ吉森(よしもり)くんに告るのはやめようかなって思ってくれたらいいんだけど。所詮男のダチであるオレは、眼中にないらしい。ここ最近、トキのモテ度はまた爆上げ中だ。

「なーんでトキはこんなにモテんだよお」

 登校してきて早々、トキは一年の女子に呼び出されて行ってしまった。ボヤきながら、自分の机に額をゴンとくっつける。教室についたら、昨夜上手く撮れたペロにゃのぬい撮りを見てもらう予定だったのに。すぐに送ってもよかったけど、トキのリアクションをこの目で見たいから我慢してたのに。

「吉森が更にモテてんのは、綿谷(わたや)のせいだと思うけどね」
「それな」
「はっ!? なにそれどういう意味!?」

 聞き捨てならない言葉に、オレはがばりと顔を上げた。隣と前の席の女子たちは顔を見合わせ、「だって、ねえ?」と頷き合っている。

「前にも増して吉森にべったりじゃん」
「は? 誰が」
「誰がって、綿谷が」
「ああ、なんだオレか。へへ、そうなんだよ」
「吉森ってさ、たしかにイケメンなんだけど、ちょっと冷たい感じするじゃん」
「は? トキが冷たい? どこが?」
「綿谷にとってはそうじゃないんだろうけど、私たち外野からはそう見えるの」
「そうそう。それが綿谷といる時はよく笑ってたり、表情がやわらかくなったりするんだよね」
「それを見る機会が増えたからモテちゃってるんじゃないか、ってこと。クールなイケメンが見せる優しい笑顔とか、みんな好きでしょ」
「親しみやすさが出ちゃってんだよね。どう? 綿谷のせいだって意味、分かった?」
「マジかよ……」

 まさかの事態に、オレは両手でくしゃっと髪を握りこむ。

 オレがトキにべったりになったのは、トキといる時間の大切さを改めて感じたってことが第一だけれど。トキを好きだという女子たちに、牽制するためでもあった。オレはこう見えて、ずる賢さだって持ち合わせているのだ。

 トキにはとびきり仲のいいオレという親友がいて、女子たちに入りこむ隙はないんだぞって示したかった。腹の中では思いっきりドヤ顔で、鼻を鳴らしていたというのに。それじゃあ、本末転倒だ。

 がっくりと項垂れていると、

「てかさ、なにがそんなに嫌なわけ? 吉森がモテて」
「“オレはモテないのにー”、的な?」

 と尋ねられる。

「ちげえよ、オレ別に彼女とか要らんし。そうじゃなくて、トキはオレのなの」

 むすっとしながら答えると、ふたりは見るからに呆れた顔をする。

「ええー、なにそれ。あんた、吉森のなんなのよ」
「なにって、運命の親友ですけど」
「運命はちょっと意味分かんないけど、親友ねえ……まあね、彼女できたら遊んだりできなくなるもんね」
「あー、分かる。友だちの恋は応援したいし嬉しいんだけどね」
「それ! オレ違ったんだよ。トキが決めることはオレも嬉しい応援したいって前まで思ってたけど、彼女できんのは絶対に嫌だって最近分かった!」
「はあ?」

 怪訝な表情を隠す気もなさそうに、ふたりは顔を見合わせる。バカじゃないのコイツとでも言いたげで、でもオレはちっとも怯みはしない。だって、他でもないトキがそれを受け入れてくれたんだから。

「綿谷がいたら、吉森はいつまでもフリーかもね。可哀想」
「トキは可哀想なんかじゃねえよ。いいの、オレたちはこれで。そういう話になってんの」
「なにそれ。なんかもう、あれだね。親友っていうか彼氏じゃん」
「あ、分かる」
「…………? 彼氏? 誰が?」
「綿谷が」
「はあ? 誰の」
「誰のって、吉森以外にいないでしょ」
「嫉妬深ーい彼氏って感じ」
「…………」

 オレがトキの彼氏みたい? ってことはつまり、トキがオレの彼氏ってこと? オレたちって、親友だよな?

 混乱した頭でも、バカみたいに想像してしまう。付き合っている、恋をしているトキとオレを。すると、胸の真ん中に甘くて痛い感覚が広がっていく。体中が熱くなって、なんだか視界が潤んできてしまった。

「あれ? 綿谷、顔赤くない?」
「ほんとだ。綿谷は今日もかわいいねえ」

 女子ふたりの手が伸びてきて、犬みたいに頭を撫でたり、なだめるように腕をトントンされてしまう。かわいいってワードはちゃんと聞こえていて、いつもみたいに禁止令を出さなきゃと思うけれど。でも、そんなことには構っていられないくらい、心の中には大嵐が吹いている。

 オレ、もしかしてそうだったのかな。トキに彼女ができたら嫌なのは、つまりオレはトキが——

「おいお前ら、やめろ。七世(ななせ)に触んな」

 思考がひとつのゴールへたどり着きそうになった時だった。背後からにゅっと出てきたたくましい腕が、オレに触れている女子たちの腕を掴んだ。

「お、吉森やっと帰ってきたじゃん」
「よかったねえ、綿谷」

 うん、帰ってきてくれてよかった。十中八九振ったって分かるけど、ちゃんとトキの言葉で聞きたい。でも、顔が上げられない。すぐそこにトキのあのかっこいい顔があると思うと、動けなくなってしまった。

「七世? 今日はちゃんと振ってきたかって聞かねえの?」
「う……聞きたい、けどお」
「…………。お前ら、七世になに言った?」
「えー? 別にー? ねえ?」
「うん。ただ、綿谷は吉森の親友っていうより彼氏みたいだねって言っただけ」
「……へえ。それで七世はそんな赤い顔してんの?」
「っ、うわー!」

 三人の会話に居た堪れなくなり、オレは耳を塞ぎながら立ち上がった。とりあえず、今だけでいいからここから逃げたい。教室の入口に向かって駆け出し、でもほんの二、三歩で引き返す。なぜかって、トキの手がふたりの腕を掴んだままだからだ。そんなの、一秒だって嫌だ。トキの手首を掴んでぶんぶん振って、離れたのを見届けてからもう一度走り出す。三人とも呆然としていたけれど、オレは大仕事を終えた気分だ。出入口のところで振り返って、叫ぶ。

「トキ! 今日もちゃんと振ってきた!?」
「……ふ。もちろん」
「よかった! じゃあな!」
「っておい、どこ行くんだよ!」
「んーっと、トイレ! ついてくんなよ! あっ、ついてきてほしくないのは今だけだからな!」
「ははっ、了解」

 胸のところのシャツをぎゅっと握りこんで、言ったからにはとトイレの方向へ走る。手洗い場の鏡をふと見れば、思った通り真っ赤な顔をした自分が映っていて。また叫びだしたくなるのをどうにか堪えたら、やけに熱いため息が丸く零れていった。


 ここ最近は休み時間ごとにトキの席へ押しかけていたけれど、今日はどうにも動けない。だってそばに寄ったら、今度はいよいよ熱が出て、大号泣しちゃうかも。

 だってオレにとって、初めてのことだから。もしも、もしも本当にトキへの気持ちが恋なのだったら。

「うう、どうすんだよお、これ……」

 そろそろと窓際の最後列を振り返ると、トキとばっちり目が合ってしまった。つまり、ずっと見られてたってこと? オレの様子がおかしいと察しているのか、そっとしておいてくれているのに? 頬杖をつきながらもう片手でピースサインを送ってくるトキは、たったそれだけの仕草なのに世界最高峰のワンシーンな気がしてくる。本当に、バカかっこいい。

 昼休み。離れているのが結局耐えられなくなって、いつも通りトキの席へと駆けつけた。オレの体がおかしくなっちゃっても、近距離で目を合わせることはちょっと難しそうでも。そばにいないほうがオレには無理だった。

「綿谷のヤツ、どうしたん?」
「吉森の隣はきっちりキープしてるくせに、前向いて飯食ってるな」
「うう、小坂(こさか)と原口(はらぐち)うるさい……」
「だって、なあ? いっつも体くっつけて、あーんしたり口についたの取ってもらったり……あとなんだっけ?」
「顔くっつけて一緒に動画観てたり、抱きつきながら寝てたこともあったな」
「っだー! もうやめろお!」

 本当に、オレは今までなんてことをしていたのだろう。他の人の口から聞くと、とんでもないとよく分かる。もしかして、トキに迷惑をかけていたのかな。うざったいって思われていただろうか。今になって不安になってきて、恐る恐るトキのほうを振り返る。

「トキぃ……」
「ん? どした?」

 やわらかくほほ笑んで首を傾げながら、トキがオレの頭を優しく撫でる。そんなことされたら、泣いちゃいそう。ぐっとそれを飲みこんで、口を開く。

「トキ、あのさ、オレって……」

 でも、その後の言葉が続かない。ウザかった? なんて聞いて、もしもそうだよって言われたら? オレはきっと一生立ち直れない。それなら曖昧なままにして、この優しさを味わっていたかった。

「なに? 言ってみ?」
「ううん、なんでもない」
「そう? 言いたくなったらいつでも聞くからな」
「……ん、ありがとう」

 その後、オレは結局トキのほうに体ごと向いて、トキの机に頬をくっつけた。机一個分すら遠く感じてしまうけど、小坂や原口と話しながらもトキがずっと髪を撫でてくれている。トキの手のリズムに、オレの心音が重なっていく。目を閉じてみたら、一拍一拍が体中に甘く響く。

 ああ、本当に恋なんだ。だって今までだっていっぱい撫でてもらったのに、こんな感覚はしなかった。トキと離れたくない、誰にも取られたくない。いちばん近くにいるのはオレがいい。そう思ってしまうのも、全部ぜんぶ。トキに恋をしているからだ。