かわいい絶対禁止令! ※ただし、親友は除く

「なあ七世(ななせ)、どうしたんだって」
「…………」
「黙ってたらなんもしてやれねえじゃん。アイスでも食いにいく? あれ、ペロにゃのガチャって今日からじゃなかったっけ。なあ、なーなーせ」

 放課後。入学してから毎日、下校はトキと一緒だ。だけど今日はバックレようかな、なんて正直考えた。だってもしも、万が一の億が一、松本さんと付き合うことになった、なんてトキが報告してきたら? 想像しただけで半べそかいたのに、そんなのどうなるか分からない。

 そう思ったのに、別々に帰るのはもっと嫌で。結局こうして一緒に帰っているのに、オレは言葉が出てこない。すごくすごく面倒なヤツだ。なのにトキは、辛抱強く話しかけてくれている。本当にいいヤツ。大切な、大好きな親友だ。

「……なあ、トキ」
「お、やっと喋った。どうした?」

 大きな手がオレの頭をぽんぽんと撫でる。背はほとんど同じなのにな。俯くオレの頭はどうやら撫でやすいらしく、見上げたらニヤニヤと笑む口元が見えた。オレの心はこんなにひっちゃかめっちゃかなのに、トキはなんでそんなに楽しそうなんだろう。

「トキはさ、彼女ができたら大事にするんだろうな」
「は? どうした急に」
「だって、オレにだってこんなに優しいじゃん。彼女なんてそれはもう、でろでろに甘やかすに決まってる」
「七世」
「そんでオレなんて、どうでもよくなる」
「ストップ! 七世……俺の話聞けって」
「……なに」

 あーあ、やっぱり聞かなきゃダメか。そりゃそうだ。親友なんだから、本当はなんだって受け止めてやりたい。トキが嬉しいことは俺も一緒に、なんならトキ以上にもっともっと喜んでやりたい。そう思っているのに。

「あのさ、なんか勘違いしてるみたいだけど。俺、彼女……」
「……っ! やっぱり怖い!」

 トキの言葉を遮って、両手で耳を塞ぐ。だって聞きたくない。オレ以上に誰かを大事にして、オレといる時より幸せそうに笑うトキなんて、どうしても見たくない。

「七世……大丈夫だから」
「っ、全然だいじょばない」
「付き合ってないから」
「……え?」

 ぎゅっと耳に当てていた手を、トキの指にほどかれていく。オレの意識がちゃんとトキに向いているのを確認するような3秒後。トキはゆっくりと、

「付き合ってないからな。松本にたしかに告られたけど、断ったから」

 と言った。

「……マジで?」
「マジで」
「っ、絶対に?」
「絶対に」
「……っ、なんだあ。オレ、悪いほうばっかに考えちゃって、もう絶対付き合ったと思いこんじゃってたわ」
「ふうん。よかったな? で合ってる?」
「へへ、ばっちり合ってる」
「…………」

 なんだ、やっぱり付き合ってないんじゃん。原口と小坂に、ほれ見ろって今すぐ言ってやりたい。

 事実が分かったら安心したのか、急にお腹が空いてきた。

「トキ、アイス! アイス食って帰ろ! あーでも、肉まんでもいいなあ」
「七世、待って」
「ん?」

 歩き出そうとしたのだけれど、指先をそっと握って引き止められてしまった。振り返れば、なぜかトキの眉間がくしゅっと寄せられているのが見えた。

「七世は俺に彼女できるの、嫌なんだ?」
「え?」
「悪いほう、なんだろ? 俺に彼女ができんのは」
「…………」
「てか、なんで俺がオーケーするって思った? 俺が彼女はいらないの、七世はずっと知ってんじゃん」
「それは……原口(はらぐち)と小坂(こさか)が、トキに彼女ができてもいいのかって。いつ気が変わってもおかしくないんだぞって」
「あいつら……明日しばく」

 頭を抱えたトキが、深くため息をつく。原口と小坂に腹を立てているらしい。なんでそんなこと言うんだよって、オレも最初は思ったけれど。トキに彼女ができるかもって想像して叫びだしそうだった体は、今もオレになにかを訴えている。それを言葉にしてもいいのだろうか。

「なあ、トキ」
「んー?」

 握られているままの指先に、オレも親指を添えて握り返す。ひくりと跳ねたトキの指先に、離れてくれるなともっと力をこめる。

「さっきの答えだけど……トキに彼女ができんの想像したら、嫌だって思っちゃった」
「七世……」
「トキは絶対、世界一最高の彼氏になる。トキが彼女ほしいって、できたよって言った時は、オレ喜びたい。だって、トキが選ぶことだもん。でも……嫌だ。オレより彼女優先になっちゃうトキ想像したら、すげー嫌なんだよ」
「七世、お前マジで言ってる?」
「……ん、マジ。ごめん、こんな親友で」

 さすがに呆れられちゃったかな。もう親友は終わりって言われちゃったらどうしよう。不安でいっぱいになっていると、突然トキがその場にうずくまってしまった。追いかけるように、慌ててオレもしゃがみこむ。

「どした? どっか痛い?」
「っとに、……わいすぎんだろ」
「なんて? 聞こえなかった」
「……いや、なんでもない」
「でも……」
「本当に平気。あと、ごめんなんて言わないでいいから。俺に彼女ができるの嫌だって泣きべそかいてる七世、俺好きだよ」
「は、半べそかいてないし! てか……あ、呆れてない?」
「ぜーんぜん。むしろ、なんで嫌なのかもうちょっと掘り下げてみてほしいかも」
「…………? 掘り下げる?」
「そう」

 嫌な気持ちを掘り下げるって、中々の苦痛が伴うんじゃないかな。それをしてほしいだなんて意地悪じゃん、って一瞬思っちゃったけど。トキがオレの嫌がることを言うはずがない。なにか大事な意味があるのだろう。

 そう思えば、それより「好きだよ」という言葉がじわじわと効いてきてしまった。親友なんだから当然好きに決まっているのに。なにを今更オレは、胸をくすぐったくさせているんだろう。

「よし、行くか。アイスと肉まん買いに」

 勢いよく立ち上がったトキに、オレはかろうじて頷く。でも聞こえなかったらしく、

「七世? どっか痛いか?」

 とまたしゃがんで顔を覗きこんできた。今はちょっと、顔を見られるのは困る。だって絶対の絶対に、赤くなってる自信があるから。

「痛くない! 平気! でも一分待って」
「痛くないならいいけど。分かった、一分な」

 歩道の真ん中で大きな体の男子がふたり、しゃがみこんで手を繋いでいる。さぞかし滑稽な光景だろう。ていうか、普通に邪魔。そう思うのに動けないオレを、トキは鼻歌なんか唄いながら待ってくれている。

「なあ七世ー、アイスと肉まんどっちも買ってはんぶんこしよ。そんで、あれも行こうな」
「……あれって?」

 繋いだ手を揺らしながらトキが言う。声色だけで、楽しそうなのがオレにはよく分かる。

「ペロにゃのガチャ。ずっと楽しみにしてたろ、ぬいぐるみのキーホルダーが出るんだーって」
「……うん、してた」
「じゃあ行こうな」
「……もし被ったら、トキもスマホにつけてくれる?」
「おう、つけるつける。てか被り狙って、俺も回すつもり」
「はは、なんだそれ」

 ああ、なんでだろう。アイスも肉まんも、ペロにゃのガチャもすごく楽しみなのに。もう少しこうしていたい、だなんて。

 得体の知れない感情は、なんだか甘くてちょっと痛い。体中をめぐって、胸の真ん中で止まって。あったかい心地がするこれは、一体なんなんだろう。トキが掘り下げてほしいと言った“嫌だ”の辿り着く先は、もしかして光みたいなこれなのかな。だってトキがオレにくれるものは、いつだって明るくてやわらかいから。

 一分なんてさすがに過ぎたのを気づかないふりしながら、オレはそんな風に思った。