かわいい絶対禁止令! ※ただし、親友は除く

「なあほんと無理、もうやめよ?」
「ここまで聞いてやめるほうが無理だろ。原口(はらぐち)、続き早く」
「うん。それで、その廃墟に入った時はみんな元気だったのに急に——」
「うう、トキ〜……」

 背筋をブルっと震わせて、オレはしがみついているトキの腕にいよいよ顔を伏せた。それもこれも、全部小坂(こさか)のせいだ。

 昼休みがはじまった時は、いつも通り楽しく弁当を食べていたのに。怖い話をしようなんて小坂が言い出して、それに原口が乗っかってしまった。トーンを落とした声は雰囲気たっぷりで、ガヤガヤした教室なのになぜかよく聞こえてきて。オレは慌てて机をずらして、椅子ごとトキの隣にぴったりくっついた。大丈夫だって、と言ってくれたのも、頭をぽんぽんし続けてくれているのもとびきり優しいけれど。どうしたって怖い。

「そんなに怖い?」
「すげー怖い……今日はトイレも風呂もキャンセルする」
「それは無理だなあ。じゃあ、教室出てどっか行く? そしたら聞こえねえし」
「それいいかも。トキも行くよな?」

 さすがトキだ。考えてみれば簡単なことなのに、思いつきもしなかった。

「当たり前。じゃあ自販のとこでも行くか」
「行く! お礼にトキにジュース奢る」
「マジか」
「へへ、マジマジ」

 そうと決まれば、善は急げだ。さっそく立ち上がり、それでもそばを離れないようにトキに言いつつ財布を取り出す。ざまあみろ、なんて気持ちで小坂にあっかんべーをお見舞いしてやった時。クラスの女子が、

「吉森(よしもり)ー、呼び出し」

 とトキの名前を呼んだ。つられて振り返れば、教室の入り口にひとりの女子が立っていた。

「ちっ……なんだよ、うぜぇな」

 オレたちにしか聞こえないくらいのボリュームで、トキは舌打ちをひとつ鳴らした。

 あれはたしか、隣のクラスの子だ。SNSですげーバズってたって、小坂が言ってたっけ。それも納得の、めちゃくちゃ美人だ。

「ええー、マジ? 松本(まつもと)さんじゃん」

 そうだ、松本さんだ。驚いた声を上げる原口とは対照的に、トキは心底ダルそうにため息をつく。ああ、もしかしてまたあれかな。告白。それってきっと、ものすごく勇気がいるんだろうけど。オレとしては、タイミングが悪すぎる。だって、今は絶対にトキと離れたくない。一緒に外に出るところだったし、オレの体は絶賛恐怖に震えている最中だからだ。

 床に靴底を擦りつけながら歩くトキの後ろにくっついて、ブレザーをつまんでできるだけ体を小さくする。これなら、松本さんにバレないままトキといられるかも。そう思ったけど、

「綿谷(わたや)くん? 私、吉森くんに用事があるんだけど」

 とさっそく見つかってしまった。

「うっ……どうしてもダメっすか? オレが同伴してたらまずい話?」
「うん。普通に察してほしいかな」
「ううっ……だよね、ごめん。うん、冗談!」

 分かってる。まずいに決まってる。分かっていて、ダメ元で聞いた。こんなの、松本さんにとって迷惑だし失礼だもんな。ここは身を引く他ない。そう思ったのだけれど。

「はあ……てか、なんの用事? ここで終わんねえの?」

 トキがまさかの方向に舵を切った。松本さんも、嘘でしょ? と言いたげな顔で目を丸くしている。

「それは無理だね……ええー、吉森くん、私がなにしに来たか普通に分かるよね?」
「いやいや、トキそれはダメだって! オレが変なこと言ったもんな、ごめん! オレなら平気だから、行ったげて。ひとりで自販のとこ行ってくる。戻る頃には小坂の怪談も終わってるだろうし!」
「……ん、分かった。こっちこそ、誘ったの俺なのにごめんな。すぐ戻るから」
「マジ気にせんで! いってら」

 奥の階段のとこでもいいかな、と松本さんがトキを連れていく。トキがここで終わらせようとした時は、さすがに焦った。

 とは言え、突然のひとりは正直寂しい。ふたりの背中を見送るしかなくぼんやりしていると、急に両肩が重くなった。小坂と原口だ。ふたりの腕が、オレの両肩を腕置きにしている。すげー重い。

「あーあ、松本さんまで吉森狙いかあ。さすがの吉森でも、今回は付き合うんじゃね?」

 小坂の言葉に、オレの体がぴくんと跳ねた。振り返って両腕を組み、立てた人差し指をチッチッと揺らしてみせる。

「トキはな、彼女はいらないの。これ、ぜってー間違いないから。オレはいつも聞いてるからさあ、知ってんだよなあ」

 トキのことなら、誰よりも理解している自信がある。だからつい、自慢げに鼻を鳴らしてしまう。

「あー、はいはい。お前らマジ仲いいもんな」
「へへ、そーう。オレらは親友だから。ぜーんぶ分かんだよ」

 あしらうようなトーンで言う小坂だけど、オレは気を良くするだけだ。

「いつもべったりの綿谷が言うんだから、そうなんだろうな。でもさ」
「…………?」

 原口の言葉にも、うんうんと頷く。でもオレは首を傾げることになる。でもさ? って?

「今回は違ったらどうする?」
「違ったらって?」
「松本さんなら、って吉森が検討する可能性は?」
「はあ? あるわけねえじゃん。トキだもん」
「そんなの分かんなくない? いつ気が変わっても、全然おかしくない」
「あー、うん。たしかになー! うんうん、俺もそんな気がしてたわ」
「え……」

 そんなはずはない。だって、本当にいつもトキは言っている。彼女はいらないって。信じるならトキ本人の言葉だろう。でも、原口のまっすぐな目を見ていると、そんな気もしてきてしまう。おまけに、小坂まで同調してきた。

「吉森のヤツ、告られる時でもいつも秒で帰ってくんのにな。今日は遅くね?」
「どうする綿谷。いいの? 吉森に彼女ができても」
「いいのって、なんだよその質問。だってそんなの……ん?」

 彼女ができてもいいのかだなんて、そんなの答えはひとつだ。いいに決まってる。今までだって、なんならオレのほうから「彼女作んないの?」なんて聞いてきたくらいだ。

 なのに。今、リアルにそうなるかもしれない状況なんだと考えたら、胸が苦しくなってきた。

「トキに、彼女……」

 喉がなんだか狭い。絞り出したトキの名前が、掠れてしまう。スラックスの生地を握りこんだら、ぎゅっとしすぎて手のひらが痛い。

 オレ、トキに彼女ができたら嫌なのかな。トキが自分で選ぶものを、喜んであげられないのだろうか。親友なのに?

「……おい原口、やりすぎじゃねえ? 綿谷泣きそうな顔してんぞ」
「んー、意地悪したかなって思わないわけじゃないけど。そろそろ吉森も報われていいかなって」
「それはたしかにな。こんなにテンパってるってことは、脈アリな気もするし」
「うん。あとは綿谷次第だろうね」

 小坂と原口がなにか話している。声は聞こえるのに、混乱しているオレの頭には、ちゃんと意味を伴って落ちてはこない。

 トキのヤツ、早く戻ってこないかな。トイレ寄ってて遅くなったわ、なんて言われて、なんだようんこかよ、ってオレが返して。

 “返事はどうしたんだ?”
 “は? もちろん断ったに決まってんだろ。言ったじゃん、俺は彼女いらねえの”

 そんな会話ができたら、この奇妙な感情は綺麗さっぱりなくなるに決まってる。

 でも、もしもそうじゃなかったら? 原口たちが言う通り、オーケーしてきたって言われたら?

「トキ……」

 想像するだけで、なんだか体中が叫びだしそうだ。

「早く戻ってこいよお、トキ……ひとりにすんな」

 小坂と原口はもう教室に戻っていて、校舎には予鈴が鳴り響く。オレのみっともなく濡れた声は、誰にも届かない。別にそれでいいけど、トキだけには「どうした?」って笑ってほしかったのに。本鈴ギリギリに駆けこんできたトキの顔を、オレはなんだか見られなかった。