かわいい絶対禁止令! ※ただし、親友は除く

「よっしゃー! おっ昼〜」

 4時間目の終わりを報せるチャイムが鳴って、数学の先生が「じゃあここまで」と言い終えた瞬間。オレは立ち上がって、両手を天井に向かって突き上げた。

 あー、腹減った。昼飯! しかも今日は、特別な一品つきだ。そう、だからオレは浮かれていたのだとすぐに気づくことになる。

「おい綿谷(わたや)ー。先生もお腹空いてるから気持ちはよーく分かるけど、みんなで挨拶してからにしようなあ」
「え? あ、まだでしたっけ!?」

 オレはどうやら、やってしまったようだ。教室がドッと沸いて、肩を竦め舌を出してなんとか誤魔化す。先生が笑って済ませてくれたから助かった。

 ほっと胸をなでおろしつつ、昼飯の準備をする。さっそくオレの特等席、窓際のいちばん後ろに向かおうとしたのだけれど。近くの席の女子たちが声をかけてきた。

「綿谷、やっちゃったね」
「先生に注意された時、顔赤かったよ」
「う……だって、昼になんのめっちゃ待ってたし」
「ちっちゃい子どもじゃないんだからさあ。今日もかわいいねえ、綿谷は」
「あっ! 今の!」

 クラスメイトたちは、いつもなにかとオレをからかってくる。仲がいいからこそだよなって、それは全然構わないのだけれど。オレには一個だけ、我慢ならないNGワードがある。それが聞こえたものだから、思わず眉がぴくんと跳ねた。

「なあそれ、やめれる? オレにかわいいって言うなって、いつも言ってんだろ!」
「ふふ、始まった」
「ね」
「もー! なに笑ってんだよお! 何回も言わせんなって! オレにかわいいって言うの、絶対禁止!」

 オレはなぜか、なにかにつけてかわいいと言われてしまう。今まさにほほ笑ましそうにしている女子たちだけじゃなく、男子や先生からもだ。

 かわいいって言われて嬉しい男がどこにいる? 少なくとも、オレは全然嬉しくない。それどころか腹が立つ。だからオレは、ずいぶん前に宣言したんだ。かわいいって言うなって。SNSのひと言欄にも書いてある、『かわいい絶対禁止令! 発令中!』って。

 ただ、ひとりだけ例外のヤツがいる。
「七世(ななせ)、早くこっち来い」
「っ、トキ〜……」

 名前を呼ばれ、オレは情けない声ですがるようにソイツの元へ急ぐ。この男こそが、世界でたったひとりの例外だ。

 吉森(よしもり)時生(ときお)。オレはトキって呼んでる。ウェーブがかった髪はセンターパートで、世界一似合ってると思う。とびきりのイケメン。オレ、綿谷七世の唯一無二の親友だ。

 一年からクラスが同じで、綿谷と吉森で席が前後だったのをきっかけに入学すぐに仲良くなった。なにかとうるさいだろうオレと落ち着いているトキだけど、不思議なくらい居心地がいい。

 特等席はつまりトキの席のことで、いつもそこに入りびたっている、というわけだ。

「なあトキ、オレがかわいいとかマジで意味分かんねえよな! なあ?」

 トキの前の席を拝借し、トキの机の上で弁当を広げる。窓から入ってくる秋の風が涼しい。お楽しみのお昼タイムだけれど、オレの口からは愚痴が止まらない。

 だって、よく考えてみてほしい。まず第一に、身長は高いほうだ。170センチ後半で、トキとほぼ変わらない。童顔でもなければ、体つきだって華奢なわけじゃない。髪は普通に短髪。かわいい要素なんか、ひとつもない。

「いや、綿谷はどっちかっつうとかわいいだろ」
「俺もそう思う」

 聞き捨てならない言葉が聞こえて、隣の席に座るふたりをキッと睨みつける。小坂(こさか)と原口(はらぐち)だ。二年になって一緒のクラスになったふたりともよくつるんでいて、四人で行動することが多い。

「はあ!? だからどこが」

 ふんと鼻を鳴らしから揚げを頬張りつつ、オレは抗議の声を上げる。すると笑いながら、小坂が「そういうとこじゃね?」とこちらを指差した。原口はそれに同意するように、うんうんと頷いている。

「だからー、どこだよ。トキ分かる?」
「さあ。“ペロにゃ”のことじゃね? 七世、ちょっとこっち。シャツのボタン、かけ違えてる」
「え、マジ? 気づかんかった」
「朝は平気だったから、さっき体育で着替えた時かもな」

 不格好な姿で授業を受けてたってことか。手招かれるままにトキのほうへ身を乗り出せば、トキがシャツのボタンを直してくれた。よし、と言って、ポンと胸元をたたく手が優しい。

「ありがと。てかさ、やっぱりそうだよな。オレも思ってた。みんなオレじゃなくて、ペロにゃをかわいいって言ってんだろうなって」

 頷きながら、じゃじゃーんという効果音と共に菓子パンを手に取る。今日の特別な一品とは、このパンのことだ。オレの大好きなキャラクター、いつもペロペロキャンディを舐めている猫、“ペロにゃ”とのコラボ商品。うずまき型のパンがペロペロキャンディを模していて、パッケージに描かれたイラストはもちろん、ブラインド仕様でシールまでついている。買ってすぐに開けたら、いちばん欲しかった柄が入っていた。

「ああ、絶対そう」

 さすがトキ、よく分かってる。ペロにゃをかわいいと言っているのなら、オレだってぷんぷん怒らず素直に受け入れることができる。

 オレのペロにゃ好きは、教室中に知れ渡るくらい筋金入りだ。リュックにはぬいぐるみをぶら下げているし、スマホのケースにはステッカーを挟み、ロック画面にも設定してる。男がキャラクターものばかり身につけているなんて、と言うヤツもいるかもしれないけど、そんなの全然気にしない。好きなものを恥じるだなんて、ペロにゃに失礼だ。

 でも、だからみんなはオレに向かってかわいいだなんて言うのだろう。ペロにゃのキュートさに引っ張られているってわけだ。

「いや全然ちげーだろ。綿谷自身がかわいいって言われてんだよ」
「だからうるせえって小坂。オレは、なーんにもかわいくねえの」
「原口はどう思う?」
「俺も小坂に一票」
「小坂あ……おかしいって」
「まあまあ。それより、はい綿谷。俺もそのパン買ってきたから、シールやるよ」
「えっ、マジ!? もらっていいの!?」
「俺は別にファンじゃないし。普通にうまそうだから買っただけ」
「やったあ! マジ小坂いいヤツ……ありがとう!」

 思わず立ち上がり、小坂から両手でシールを受け取る。今回のシールは五種類あって、オレのとは違う柄だ。頭上に持ち上げてマジマジと眺めていると、

「こういうところだよな」
「だな」

 という小坂と原口の会話が聞こえてきた。ペロにゃに免じて、今だけはなにも言わないでおいてやる。

「なあトキ見て、オレが出したのとは違う柄!」
「……へえ」

 座り直しつつ、もらったシールをトキにも見せる。あれ? 反応が鈍いのは気のせいだろうか。不思議に思いつつも、トキに尋ねる。

「でもさ、マジでさ、オレは別にかわいくないよな? なあトキ」

 小坂からもらったシールを眇めた目で見ていたトキが、顔を上げてオレを見つめ返す。

「ああ、七世はかっこいいからな」
「ふふん。だよな?」

 トキの言葉に、オレはすっかりご機嫌だ。正直なところ、それが聞きたくてオレは質問した。

 トキがオレにかわいいと言ったことは、一度だってない。むしろ、いつもかっこいいって言ってくれる。そう分かっていて、その言葉欲しさに聞いたのだ。

 高校二年生男子、綿谷七世。かわいい絶対禁止令、発令中。ただし、絶対に言わない親友のトキ以外に向けて——というわけだ。

「トキもすげーかっこいいよ」
「ん、知ってる。さんきゅ」
「マジイケメンだから腹も立たんわ。女子にもめっちゃモテてるもんな」
「それはどうでもいい」
「ふはっ、なんでだよ。でも、彼女全然作んないよな」
「彼女はいらないからなあ」

 入学式の日からなにをするにも一緒で、居心地がよくて、トキが世界でいちばん好き。ニコイチとか、相方だとか相棒だとか。トキのこと、親友だけじゃなくてそんな風に思ってたりする。

 昼休みの幕開けは災難だったけど、トキのおかげで気分がいい。鼻歌なんか唄っちゃいながら、ペロにゃコラボの菓子パンに大きくかじりつく。うん、いちご味が甘酸っぱくておいしい。顔がふにゃりとするのを自覚しながら食べていると、トキがオレをじいっと見ていることに気づく。

「なに?」
「パンくずついてる」
「えっ、マジ? どこ?」
「そっちじゃない」
「じゃあこっちか」
「そこのもうちょい右、あー、行きすぎ」
「ええ、分からん。トキ取って」
「ったく。かわ……」
「ん? なに?」
「あー……言い間違えた、顔。顔、こっち近づけて」
「ああ、顔ね。ん」

 机に肘をつき、目をつむってトキに顔を近づける。けれど、なかなか取ってもらえない。首を傾げつつ目を開けると、なぜかトキは頭を抱えていた。

「トキ? どったの?」
「はあ……いーや、なんでも」
「ええ! なんでため息!?」
「なんでもないって。それより、ほら。パンくず、ここな」
「ん、んぶっ」

 トキにため息をつかれるなんてちょっと、いや、だいぶショック。でもそんなオレにはお構いなしに、トキはオレのほっぺたからパンくずをつまんで、オレのくちびるに塗りつけてきた。そこは普通、ティッシュとかで拭くところじゃねえ?

「はあ、マジ油断ならねえわ」
「なにが?」
「こっちの話」
「ふうん?」

 正直気になるけど、トキはこうなったら頑なだ。だけど、必要だったらいつか必ず教えてくれることも知っている。だから安心して再びパンを食べはじめたら、トキがまたオレをたっぷりと眺めた後、

「手、出して。いいもんやる」

 と言い出した。

「いいもんって?」

 不思議に思いつつ、パンを飲みこんで両手を差し出す。そこになにかを乗せたトキの手が離れた瞬間、オレはハッと息を飲んだ。

「っ、ペロにゃのシールじゃん! しかも何枚もある!」
「朝一で買った」
「マジ!? えっ、は!? 全種類揃ってんじゃん!」
「そう。七世にプレゼント」
「ええ〜、マジ? ほんとに? いいの?」
「いいもなにも、七世にあげたくて買ったからな」
「オレにあげたくてってお前……一体何個パン買ったんだよ……」

 だってこのシールは銀色の袋に入っていて、買って開けるまで中身は分からない。パンだから箱買いで必ず全種揃う、なんてこともないのに。

「吉森はほんっと、綿谷に甘いよなあ」
「それな」
「うっせえよ。別にいいだろ。てか小坂、お前余計なことすんな」
「おー怖。吉森がそんなんするって知ってたら買わなかったって」

 トキの言う余計なことがなにかは分からないけど、こればかりは小坂と原口に賛成だ。トキはオレにとことん甘い。

 トキの優しさに、鼻の奥がきゅうっと痛む。これはまずいと、慌てて鼻をすすりながら俯く。それなのに、トキが顔を下から覗いてきた。あーあ、泣いてるって絶対バレた。でもトキはそんなことは口にせず、オレの頭をポンとひと撫でした。

「なあ七世、一個お願いがあんだけど」
「……ん、なに?」
「そのシール、どこか貼ったりすんの?」
「うん。貼るっていうか、スマホケースに入れるつもり。これ」
「ペロにゃが泣いてるヤツか」
「そう! これがいちばん欲しかったし、自引きしたヤツだし! トキのおかげで被りも何枚かあるから、心置きなく使える!」

 ペロにゃのかわいいところは、表情が豊かなところだ。そしてどんな時でも、ペロペロキャンディを手放さないところ。怒っていても泣いていても、大切なものをぎゅっと持っている様子が健気で惹かれてしまう。

「それさ、俺も一枚もらっていい? 俺もケースに入れたい」
「へ……えっ、マジで!? トキも!? えー、すげー嬉しい。もしかしてペロにゃ好きになった?」
「まあ、そんな感じ。七世とおそろいにできるし」
「えー? へへ、たしかに」
「じゃあ、一枚もらうな」
「あっ! ちょっと待った!」

 トキもスマホケースに入れてくれるなんて、マジで嬉しい。じゃあさっそくとトキの手が伸びてきて、だけどオレはその手を掴んだ。何事かとトキが目を丸くしている。

「どした?」
「せっかくだから、トキはこっち! オレが自引きしたヤツ」
「…………? 同じ柄だよな?」
「そうだけどー! オレが当てたほうをトキにはあげたいの」
「ふ、そっか。じゃあそれもらう」
「へへ、おう!」

 透明なケースをいったん外して、ペロにゃのシールを丁寧に配置する。そっとケースを戻して完成だ。トキも完了したようで、ケースを見せ合う。

「はは、マジでトキとおそろだ」
「嬉しい?」
「嬉しいに決まってる!」
「俺も」

 トキ提案のおそろいってだけでも最高なのに、トキがほほ笑んでいるから、胸が余計にくすぐったい心地がする。その顔を見つめて堪能していると、

「なあ、俺たちなに見せられてんだろうな」
「普通にイチャイチャじゃね?」
「だなあ。毎日お熱いことで」

 なんて会話が小坂と原口から聞こえてきた。

 なんとでも言えばいい。だってトキと一緒に過ごしていると、本当に毎日毎秒、楽しくて仕方がないから。ずっとこんな時間が続いたらいいのにって思ってる。

「ふ、七世、なあにニヤニヤしてんだよ」
「えー? トキと親友で、オレってマジ幸せ者だって思ってんの!」
「……そっか。俺も」
「な! オレたち一生親友でいような!」

 数秒の後、トキが頷く。うん、絶対に一生一緒だ。

 だってオレとトキは、唯一無二の親友だから。