鏡の向こうの私たち

 夏休みが始まってからの毎日は、思っていた以上に忙しかった。
 午前はカフェでバイト。午後は友達と遊ぶ。
 夏休みに入ってから、バイト先でも「可愛いね」と言われることが増えた。昔の自分と違って、人から好意的に見られることが当たり前になっている。
 当然だ。
 痩せるために食事を我慢した。メイクも覚えた。髪だって毎朝時間をかけて整える。
 可愛いは、何もしなくても手に入るものじゃない。

 それから、SNSの「いいね」も増えた。
 遊びに行った写真。新しい服を買った写真。おしゃれなカフェに行った写真。

「可愛い!」
「アイドルみたい」
「どこの服?」
「使ってるコスメ知りたい!」

 何かを載せれば、ひっきりなしに通知が来る。頬が緩んだ。
 画面に並ぶ数字を見るたびに、胸が満たされていく。昔の私なら、こんな数字を見ることなんてなかった。
 私は、ちゃんと可愛くなった。だから、今の私が好きだった。

 健たちとは、何度か遊んだ。
 海は「子どもだけじゃ危ない」って行けなかったから、代わりにプールに行った。駅前で買い物をしたり、カラオケに行ったり、暑い日にアイスを食べたり、宿題をしたり。
 全然、二人きりじゃなかったけれど。
 でも、楽しかった。みんなと遊んで、そこに好きな人がいて。自分でも、青春してると思う。
 それに──ここにいると、昔のことなんて忘れられた。笑って、笑われて、同じようにくだらない話をして。
 私はもう、あの頃の私じゃない。
 ここにいていいんだ──。
 そんなふうに思えることが、すごく嬉しかった。

 ◆

 そして迎えた、花火大会の日。
 駅前の広場で、私たちは健を待っていた。

「健、遅いね」
「珍しくない?」

 六人で集まる約束だったのに、時間になっても健だけが来ない。

「連絡もまだないよね」

 誰かがスマホを確認した、そのとき。

「ごめんごめん!」

 人混みの向こうから、彼の声。

「健!」

 私が手を振ると、健はすぐにこちらへ駆け寄ってきた。

「ほんとごめん! バイトが伸びちゃってさ。しかもスマホの充電切れて、連絡できなかった」
「お疲れ〜」
「充電くらいちゃんとしとけよ」
「いやー。たぶんバイト中に動画流しっぱにしてたせいだと思うわ」
「うわ、もったいな!」
「それな」

 健が笑う。額には、少しだけ汗が浮かんでいた。走ってきたせいか、前髪も少し乱れている。
 白いTシャツに、黒いパンツとショルダーバッグ。すごくシンプルなのに、誰よりも目を引かれてしまう。
 私服姿の健も、やっぱりかっこいい。

「私のモバ充、貸そうか?」

 そう言って、私はカゴバッグからモバイルバッテリーを取り出した。

「まじ!? 助かるわー」
「はい」
「ありがと」

 受け取った健が、ふと私を見る。

「亜梨沙、浴衣なんだ」
「あはは、なにそれ。見ればわかるじゃん」
「うん。似合ってる」

 一瞬、全部が遠くなった気がした。
 人の気配も、街のざわめきも、みんなの声すら聞こえない。ここには──私と健しかいない。そんな錯覚をしてしまうほどに。

「お、麻衣も由希(ゆき)も浴衣じゃん」
「そだよ」
「似合うでしょ」
「似合ってる似合ってる」

 さらっと言って、健はみんなの輪に加わる。熱くなった頬を誤魔化すように、私は扇子で顔周りを仰いだ。
 楽しそうに話している健。でも、そんな健が最初に見たのは──私だった。
 きっと、偶然なんかじゃない。そう思うと、胸がまた熱くなっていく。

 やっぱり──健は、私のことが好きだと思う。