鏡の向こうの私たち

 新学期。
 高校二年生になった私は、教室の自分の席に鞄を置いた。

「おはよ、亜梨沙(ありさ)!」
「おはよ」
「よかったー、同じクラス! あと、麻衣(まい)も一緒!」

 すぐ近くで、女子たちが笑い合っている。
 私の周りには、可愛い子が多い。
 高校生にもなれば、自分がどのあたりにいる人間なのかなんて、言葉にしなくてもだいたいわかる。
 いわゆる、カースト制度。
 可愛い子の周りには可愛い子が集まる。明るい子の周りには明るい子が集まる。
 まるで最初から決められていたみたいに。それを少しも疑わないみたいに。
『適材適所』
 そんな言葉が、いちばん近いのかもしれない。

 中学までの私だったら、ここにはいなかった。
 昔の私は──デブだった。
 背も低い。狩々美(かがみ)という苗字のせいで、「かがみもち」なんてあだ名までついた。
 それがいつの間にか「もち」になり、そのうち「もっちー」なんて軽々しく呼ばれるようになった。
 笑って答えていたけれど、私は、それが嫌だった。

 だから、変わった。
 中学三年から少しずつ痩せていって、高校に上がる前の春休みには、最後の追い込みをかけるように体重を落とした。
 肉に埋もれていた二重が、くっきりと浮かんだ。服のサイズも変わった。鏡を見るたび、少しずつ知らない顔になっていく自分が嬉しかった。
 メイクも覚えた。自分にはどんな髪型が似合うのか、どんな服を着ればさらに可愛く見えるのか、何度も試した。

 高校は地元の子が来ない、離れた場所を選んだ。
 朝の電車は大変だけど、そんなことはどうでもよかった。
 ここには、「かがみもち」を知っている人はいない。誰も私を「もっちー」と呼ばない。
 だったら、ここから始めればいい。新しい私として。
 そして、高校生になり──私は、この地位を手に入れた。

 見た目が十割なこの世界。中身なんて、あとでいくらでも取り繕える。
 可愛い子の周りには、自然と人が集まる。男子はもちろん、女子だってそうだ。
 笑えば「可愛い」。少し失敗したって「そんなところも可愛い」。同じことをしているのに、昔の私なら「調子に乗ってる」と冷たい目を向けられて、今の私は「ほんと、亜梨沙は調子いいよね」と笑って許される。
 だから、私は知っている。人は、見た目で決まるのだと。

(たける)とも同じクラスじゃん」
「そうみたいだね」

 私は顔を上げた。教室の向こうに、彼──五十嵐 健がいる。
 一年生のとき、同じクラスだった男子。
 顔がいい。背も高い。カースト制度で言えば、上位の男子。それなのに、誰に対しても態度を変えない。女子にも、男子にも。
 私は、彼のことがずっと気になっていた。

「ねえ、亜里沙はいつ健と付き合うの?」
「え!? なに、急に」
「だってお似合いじゃん。一年のときだって仲良かったんだし」
「だからって付き合うわけじゃないでしょ」
「ええ〜、絶対いいと思うのに。健も亜里沙のこと好きそうじゃん」
「そうかな」

 言いながら、私は少しだけ笑った。
 もちろん、そうなることを期待している。
 私は、待っていた。彼が告白してくることを。

 男子たちと話していた健が、こちらへ視線を向けた。
 目が合った。とくん、と心臓が跳ねる。
 健が男子たちの輪を離れ、私たちのほうへ近づいてきた。

 きっと私に声をかける。
 だって、目が合ったんだから。わざわざこっちに歩いてくるんだから。
 私は笑顔を作る準備をするように、小さく息を吸った。

「おはよう、亜梨沙」

 そう言われると思っていたのに。

「おはよう、彩葉(いろは)

 健が声をかけたのは、私の一つ後ろの席にいる女子だった。

 ◆

 新しい担任が教室に入ってくると、生徒たちはそれぞれの席へ戻っていった。
 簡単な挨拶のあと、儀式のような自己紹介が始まる。
 五十嵐という苗字の健は、三番目だった。

「五十嵐 健です。知っている人も知らない人も、一年間よろしくお願いします」

 短い自己紹介を、私はしっかり聞いていた。
 その後の自己紹介なんて、念仏みたいに退屈なものだった。
 私も、当たり障りのないことだけを並べて終える。
 そして、その後ろ。

菊池(きくち) 彩葉です。よろしくお願いします」

 抑揚のない声だった。
 私は、まじまじと彼女を見た。
 背が高い。細い。長い髪。おまけに前髪も長くて、顔の半分を隠している。なんだか──貞子みたいだ。
 でも、鼻筋は高くて細い。なのに、前髪から覗く目はぽってりとした一重。
 ああ、もったいない、と思う。素材は悪くない。というか、羨ましいくらい鼻が綺麗だ。
 でも、それだけ。こんな見るからに暗そうな女子を、どうして健が──。

 菊池 彩葉。
 
 私は、その顔を脳裏に焼き付けた。