僕は今日も、君に恋をしている――恋煩い、のち誓い――

「はあ……」

 あの色ボケ変態猿――もとい山本健太は、ある意味鋼のメンタルだ。

 以前、若葉ちゃんと一緒にいたところ、鼻の下を伸ばして彼女の胸元を覗こうとしたので、練習用のマネキンが入ったボストンバックで吹っ飛ばしたのに、僕をまた合コンに誘ってくるし。
 しかも、若葉ちゃんのことを「可愛くて巨乳な彼女」と……実に低俗な発言をしやがったので、嫌みを言って撃退したつもりなんだが。

「おい、神城ォ」

「じゃあね」

「ちょっと待てってェ」

「君に使う時間は一秒たりともないんだけど」

「なァ、あのオッ○イ彼女とはどこまでやったんだよォ」

「それ、君に言う必要ないから」

「いいじゃん、教えろよォ。すげえ気になるじゃん、男ならさあ」

「少なくとも僕と君とでは、価値観が違いすぎるから永遠にわかり合えないね」

「じゃあせめて何カップあるのか教えてくれよォ。オレ、今度は絶対にオッ○イのデカい可愛い彼女欲しいからさァ。あのサイズでどれくらいなのか知りたいんだよォ」

  相変わらず気色の悪い猿だな。最早胸しか見ていないじゃないか。

「体育倉庫にあるバレーボールでも触ってれば? 生身の女の子にその勢いで迫るのは最早犯罪だし、疑似体験くらいにとどめておくのがちょうどいいと思うよ。君に迫られる女の子も気の毒だし」

「はァ? 何だよそれ。気の毒って……」

「見境なく女の子に近づく時点で終わってるから、言っても意味ないと思うけど。一応忠告しておく」

「な、何だよォ。オレはオッ○イのサイズ聞いただけなのにさァ」

  相当頭がスカスカなようだ。詰まっているのは性欲だけだということがよくわかった。

「それ、セクハラだよ」

「は? これくらい普通に聞くだろォ? その場のノリとか」

「ノリでセクハラされて喜ぶ女性がこの世にいると本気で思ってるの? それ、冗談でも笑えないから」

「な、何だよォ。それくらいのことでいちいち目くじら立ててたら、面白くねえじゃんかァ」

「そもそも君の話を面白いと思ったことは一度もない。寧ろ不快。人を不快にさせる言葉しか出てこないくらい語彙力低いんだから、せめて黙ったら?」

 これだけ言えばさすがに黙るだろうか。

 今までの内心のつぶやきが、とうとう音声で溢れ出してしまった。僕の理性も、この色ボケ変態猿の手にかかれば……自制が利かなくなりそうで怖い。

 僕は特に、若葉ちゃんの前では紳士でいたい。でも、もし若葉ちゃんといるときにこの猿と出くわしたらと思うと……。

 山本健太は厄介な存在だな。 もしそうなった場合に備えて、彼女にも根回ししておくか。





 翌日、早速事件は起こった。

 授業が終わり、昼休みになった直後。



「きゃああ!」



 僕のクラスの女子が、山本に胸を触られたと泣き出した。


「ち、違うしッ。ちょっと当たっただけじゃんかァ」

「はあ? 明らかに揉んでたよね! 私見てたんだから!」

「私も!」

「最低ッ! このエロ猿!」

「キモッ! 山本やば……。通報した方が良くない?」

 どうやら、シャンプーの実習中に被害に遭った子が、シャンプー台で寝てしまったようで――ペアになった子が確認せずに、倒れた椅子を起こした時に悲劇が起こったようだ。

  寝てしまった子は、バランスを崩し、椅子から落ちそうになったところを山本が通りかかり、近くにいた彼女の友だちを押しのけ、その子を抱き留めるふりをし――例の行為に及んだ模様。


 僕は離れた場所にいたので直接は見ていない。だが、思いのほか目撃者多数で、防犯カメラと、いたずらで撮っていた彼女の友だちの動画が決定打となり、山本は警察に突き出された。


 被害に遭った子から被害届も出されたということで、刑事事件となり、この件がきっかけで奴の余罪が出るわ出るわ……で、結局退学処分をくらい、地元の田舎へ強制送還された。

「だから言ったのに……」

  山本には、僕の忠告は何一つ届いていなかった。

 でも、これでやっと、平穏が訪れた。

 被害に遭った子は気の毒でならないけど……。



 もし、被害に遭ったのが若葉ちゃんだったら。

 僕は、山本を……。


 ボストンバックでは済まさなかっただろう。

 僕の大切な人を傷つける存在を許すことは、

 未来永劫、絶対にない。



  *

 数日後。

「美花ちゃん、起きて」



 僕は、またシャンプー台で寝てしまった彼女を起こした。

「え、やだ! 私、また寝てた?」

「うん」

「ご、ごめんね。あまりに心地よくって、つい」

 あの一件以来、美花ちゃんは反射的に胸を隠す癖がついてしまったようで、今日も僕の前でその癖が何度か出ていた。

「はあ……」

「どうしたの?」

「もう……山本の件が地味にトラウマで……。彼氏にも同情はされたんだけど。この癖、彼氏があまりいい顔しなくてさ。もう……最悪だよ」

 恋愛を含む、日常生活に支障を来すくらいのトラウマを植え付けて山本はトンズラしたのかと思うと、あまりに気の毒すぎる。

「災難だったね」

「ありがとう。私、彼氏ともどう向き合えばいいのがわからなくなっちゃって。ねえ、エディ君は彼女いるんだっけ?」 「うん、いるよ」

「そっか。彼女さん、幸せだろうな」

「え? 何でそう思うの?」

「だって、エディ君。いつもケータイ触ってるときニコニコしてるから。相当彼女のこと好きなのかなって」

「ああ、それはもちろん」

  当然だよね。僕は若葉ちゃん一筋だし。


「エディ君、普段からすごく優しいし。紳士的だから、絶対彼女のこと大事にしてそうだもん。あいつとは大違い」

「あいつ? ああ」

  あの色ボケ変態セクハラ犯罪猿のことか。


「もし、あれが私じゃなくて彼女だったら……エディ君、めちゃくちゃ怒りそう」

  なかなか鋭いな。普段ぼんやりしている割に。


「まあ、見過ごすわけには行かないからね。僕は、自分の大切な人が傷つけられるのを黙って見てられないから、そりゃ怒るね」

 それだけでは済まさないけど。


「よし、私もあんなクソエロ猿のことなんか忘れて前向かなきゃ。ありがとう、話聞いてくれて」

「うん、無理しないで」


 一度負った心の傷は、簡単に消えることはない。 相手をぞんざいに扱うということは、その人に簡単に消えることのない傷を負わせているのと同じだ。


 人の痛みがわからないのは、ある意味無敵だけど、 それ以上に気の毒だ。


 誰からも、必要とされなくなるから。


 この世に人間として生まれた以上、最低限の思いやりは持ち合わせておくべきだと僕は思う。


 まあ、人間の皮を被った低俗な輩を人間扱いする気はさらさらないが。


 せめて、愛する人には優しくありたい。

 僕のすべてをかけてでも――若葉ちゃんの未来を守れる存在になりたい。


 僕はこれから先、どんな脅威が訪れたとしても。


 僕のすべてをかけて、君を守り抜きたい。


 遠からぬ、少し先の未来にいる君に届くまで。

 19の僕のこの小さな約束が果たせる日まで。

 君が悲しまないように。



 だから――僕は今日も、君に恋をしている。