わたしが扉を開けると、室内はとても静かだった。
受付の女性に保険証をだして、問診票を受け取る。
うん、なんとか理解できる。と、わたしはチェック項目に、鉛筆を走らせる。
今■■■大■■病気■■■事■■■■■■?
大きな病気をしたことがあるかと、聞いているのだろうか。
盲腸は大きな病気になるのかわからなかったけれど、わたしは一応、入院もしたしと、思って、二文字の漢字を書いた。
飲酒、喫煙■■■■■■■?
■■、一日■■■■■■■■■■?
高校生だからお酒も飲まないし、タバコも吸わない。
こういう場合はなんて書けばいいのかな。
否。
と、書いて一瞬だけNOにしようかなと、思ってやめた。
おかしいよ。
日本人なのに。
わたしが記入した問診票には、漢字ばかりが並んでいる。
漢字は確かに日本語なのだけれど、なんとなく、わたしは普通の人間からはみ出してしまったような気がして、情けなくなった。
もしかして覚えた順に、忘れていってしまう、特殊な病気なのでは?
漢字まで読めなくなったら、きっとわたしはもう生きていけないし、トールにも会えない。
メッセージの返信が出来ないことは、わたしの心をちくちくと責め立てていた。
待合室でぼんやりと座っていると「カネコさん」という眼鏡を掛けたサラリーマンぽい人が、診察室から出てきた。
いろんな人が居るんだよね。
ここに来ると云う事は、みんな何かを失くしてしまったのだろう。
こんなのわたしだけだと思っていたのに、そう考えると少しだけ安心した。
待合室は、次第に内科の待合室みたいに混んできて、処方箋を受け取った「カネコさん」と入れ違うように、わたしと同じ年くらいの女の人が入ってきた。
顔が青褪めている。
真面目そうな優等生といった感じだ。
受付の女性に小声で囁くようにして言った言葉に、わたしは思わず立ち上がりかけた。
「漢字が読めないんです……」
もしかして、わたしが開いた新世界の、最終形態を迎えたヒトなんじゃないだろうか。
けれど、同い年くらいの女の子はすぐに言葉を重ねる。
「いや、なんか急に漢字だけ認識できなくなってしまって」
なんだ、漢字だけ。
それならいいじゃない。
わたしは漢字しか判らないのだ。
漢字しか判らないのに、女の子は、漢字以外なら判るのだと思い、それならわたしよりマシだと、恨めしい視線を送る。
ひらがなとカタカナさえあれば、見た目は馬鹿っぽいけれど、メッセージを打てる。
ポケットの中にいつも忍ばせているスマートフォンの電源は、落としているけれど、お守り代わりだった。
ある日突然、ひらがなとカタカナを失ったのだから、反対にある日突然、復活するかもしれない。
復活した瞬間に、最初メッセージを送る相手はトールだ。なんて言おうかな。
新しいスマホ買ったよ!
しかもこのスマホでメッセージを送信するのは、トールが一番だよ!



