さようならの先に

 ◆◆◆



 同時刻


 「もう祭りの季節か......」


 八千代から山一つ越えた先にある千代田の城で眩しい太陽の光を手で遮りながら、晴はそう呟いた。
 生まれ育った故郷の祭りは屋台が並び、夜空に大きな花が咲く特別な日であり、あと何日か指を折って数えていた日が懐かしい。
 (楽しかったのはきっと皆がいたからだろう)
 1人ではきっと楽しめなかった。
 誘ってくれた咲空と蓮と楠のおかげ。


 「それは晴様の実家の八千代のお祭りですか?」


 後ろに控える従者が晴のひとり言をくみ取って質問してきた。
 従者の名前は和心(おみ)
 この地にやってきてはじめてできた部下だった。


 「ああ。とても、綺麗なんだよ。忘れられないくらい」
 「きっと今年は行けると良いですね」
 「そうだな」


 毎年この時期になると遠征が入る。
 そして千代田の将軍の家臣となっている晴は参加せざるをえない。
 だが、珍しく落ち着いている今年ならいけるかもしれない。


 「それなら一度里帰りの許可を頂きに行くか」
 「ここのところ働きづめですから休憩も大事ですよ」
 「和心もそれを言うのか」
 「どなたかに言われたことがあるのですか?」
 「昔だよ。昔」


 眩しいほど輝いていた昔の日常があるからこそ、ここまで来れた。
 大切な人の日常を守る為に今を生きている。
 昔を回顧しながら長い廊下を歩くとすぐに目的の場所に到着した。


 「その気配は晴かな?扉の外で待っていないで中へ入れ」
 「かしこまりました」


 部屋の中に入ると晴より少し年上の青年が座っていた。
 線が細くて女装したら女性と見間違えそうになるような顔立ちをしているが、見た目に侮るなかれ。腹の中にいくつも隠しこんでいる男である。


 「八千代から手紙が届いた」
 「手紙、ですか?」


 今ここで開けて読めと促すような視線が送られて来たので手紙を開く。
 (何の意図が隠されているんだ?)
 じっと見つめてもにこにこ笑っている顔で何を読めない。
 表情から読むのは諦めて渡された手紙に目を通す。
 季節を告げる挨拶から続き、こちらの体を心配する言葉。
 でもそれらの字は咲空の字でも楠の字でもない。
 そもそも咲空や蓮、楠からの手紙は《将軍》から直接手渡しで出てこない。使者が直接晴に届けてくれる。
 (八千代に何があったんだ......?)
 不安を抱えながら次の文章を読み始めると、頭が真っ白になる。


 「婚約破棄......?」


 (咲空に何かあったのか?)
 嫌な想像で心臓が痛くなる。
 なんとか平常心を保とうとしても動悸は収まらない。


 「どうやら領内でなにか問題があったようだね」
 「......《将軍》は何か知っているのですか?」
 「優秀な情報担当がいるからね」


 (やはりそうだったか......)
 千代田の領主をあだ名呼びする晴もかなり上位に存在する家臣で色々知っている。千代田の領主は情報通。それも自国だけではなく、他国の婚約からちょっとした企てまで。だから、情報を牛耳っている者がいるだろうと予想していたが本当にいるとは。


 「正直君を入れるかどうか悩んだが、君はまっすぐすぎる。しばらく暇を渡すから落ち着いたら戻っておいで。後戻りできなくなる前に」
 「......かしこまりました」



 知りたいことは山々だし、《将軍》の手のひらで踊らされているような気もするが、質問する時間なんてない。
 手短に別れのの挨拶を唱えて晴は出て行った。
 自分を待ち続けている人の元へ。