さようならの先に

 「楠が八千代を出た⁉それは、本当なの?」
 「事後報告となってしまい、申し訳ございません。楠様が最後まで咲空様には笑っていてほしいということで」


 奉納した日からこれまでほとんど欠かすことがなかった楠の来訪が急に途絶えた。
 お茶目さんだけど誰に対しても礼儀を忘れない彼女が咲空に知らせを出さずにいなくなるなんておかしい。それに嫌な予感がして胸のざわめきがとまらない。
 そこで咲空は楠が過ごしている屋敷に突っ込んだが、最悪の予感は的中してしまった。
 (楠までいなくなってしまったなんて......)
 もう本当に一人である。


 「......楠はなんで八千代を出て行ったの?」
 「申し訳ございません。楠様から口外禁止の命令が出ていますので」
 「じゃあどこに行ったの?」


 行先さえ分かれば手紙を出すことはできる。顔を合わせることができない友人とのせめてもの連絡手段である。


 「それも......」
 「そっか」


 胸に抱いた一抹の希望も木端微塵に破壊される。


 「咲空様、毎年行われる八千代の祭りがありますよね?」
 「え、ええ。それが何か関係あるの?」


 突然何を言いだすのだろう、この侍女は?
 あまりにも話が異なることを質問されて咲空の顔に戸惑いを隠せない。


 「楠様はそこにいらっしゃるようですよ」
 「本当に?本当なの⁉」
 「楠様がそうおっしゃっていました。それまでには何とかする、と」


 何を何とかするのだろう。
 いつも微笑んで見守ってくれた世界で一番素敵な女の子は何を背負って生きていたのだろう。
 (そういえば、わたし楠のこと知らないことだらけ)
 晴と会う前だからあれこれ10年の付き合いがあるが知らないことが多すぎる。
 今度会った時、色々聞こう。楠だけじゃない。蓮も晴も。
 いつも見ていることがすべてではないはず。


 「それでも......別れてから知りたいって思うなんて......」


 いつも暖かった周囲はいつのまにか冷めてしまった。
 皆と肩を並べるようになりたいって思ってから数年が経った。
 誰かの人生を彩ることができるようになりたいと昨日願った。
 それなのに、両目から涙が止まらない。
 それぞれ自分で決めた道を歩んでいるのにいつまでも後ろ姿を見てしまう。
 過去の姿を目で追ってしまう。
 (こんなんじゃだめって分かっているけど......!)
 せめて今日だけは
 涙を流していいですか?
 前を向かなくていいですか?
 1人屋敷で泣く少女の絶望はまだ始まったばかりであることを少女はまだ知らなかった。