さようならの先に

 《桔梗》と共に逃げるように部屋から出て行った温和な客人である《縷(るい)》は《桔梗》の表情が何かもの言いたげであることに気づいて、気持ちを読み取った。

 「あの姫様が気になるっていう顔をしているね。過去への追想、再会の喜び、そして後悔と怒り」
 「《縷》」


 《縷》は自分の名前を捨てて《桔梗》と名乗るようになった男がどのような人生を歩んでいたのか知らない。情報収集がメインの仕事である以上《縷》の過去を辿ることは容易いことだが、詮索はしない。それが、《縷》や《桔梗》が所属する場所の暗黙のルールだった。
 (でもこいつの反応は分かりやすすぎるんだよな)
 仕事で八千代に滞在することが決まったことによる興奮と不安
 咲空との会合による動揺と悲しみ
 確実に咲空との関係はあることは明確だった。

 「それで《縷》はどうしたいんだ?」
 「どうしたいもなにもない......全てはあの男に任せる......役に立たないからな......」

 八つ当たりできない怒りと自分がしでかした過ちに対する後悔を全て飲み込んで、前に進もうとしない同僚の姿に《縷》は腹立たしい。
 そしてその怒りの矛先は《桔梗》だけではなく、自分にも向く。きっと咲空を混乱状態に貶めた一つの原因は自分にもあるから。
 (同僚のよしみだ)

 「今日の仕事は全部俺が引き受ける。お前はさっさと忘れ物を取りにいけ」

 きっと《縷》がやるより、《桔梗》が片づけた方が上手くいく。そんな気がしたから《桔梗》に任せることにした。

 「忘れ物なんてない.........すべて持っている......」

 《縷》が傷を負いながらも言った言葉は荷物を確認する《桔梗》には届かない。
 (どうしたらそんな解釈になるんだよ⁉今の文脈から判断して城へ戻れ、だろ)
 言っているこっちが恥ずかしくなってくる。

 「取り返しが聞くうちに清算しておいた方が良いぞ。全てが終わった後ではもう遅すぎるからな」
 「お前......」

 恥ずかしさを誤魔化すために強気で言うと、ようやく理解したのか前髪で隠れている瞳が驚きで見開かれる。

 「ほら、早くしないと全て片付いているかもしれないよ?」
 「そう......だな。行って来る」

 現実を変えるために《縷》の元から出て行った野暮ったく生気がない男の瞳には活力ある瞳をしていた。
 (これで良い)
 《縷》は前へ進もうとする同僚に羨望の眼差しを向けて送り出した。