さようならの先に

 もう二度と高貴な方に助けられる日はないと思った翌日の朝


 「あの時の人!」
 「咲空(さくら)様⁉」


 自主練中に咲空に声をかけられ、


 「(はる)!怪我、大丈夫か?」
 「だ、大丈夫です」


 お昼休み、(れん)に怪我の心配をされ、


 「晴さん、夜も訓練を行うのですか?」
 「え⁉ええ」


 夜、蓮の妹で名前はまだ知らない女の子に驚かれた。
 (疲れた......)
 同年代とはいえ、明らかに高位である者達にひっきりなしに声をかけられると、どうしても目立ってしまう。話しかけられているのがこれまでずっと目立たないように縮こまっていた貧乏武士出身ともなれば特に。
 月が真上に上がった夜の遅く、家へ戻ろうと灯りがない城の庭を歩いていると、


 「(くす)が言っていた通り、まだ鍛錬をやっていたのね」


 提灯を手に持った1人の少女がやって来た。
 お風呂上りなのか濡れた髪を無造作に結んでいつもより赤い頬は幼い少女を妖艶にさせる。


 「咲空様、こんな夜更けに1人で出歩くのは危ないですよ」
 「それはあなただって同じでしょう?......どうしてそこまで頑張っているの?」


 咲空とそれほど変わらない少年が睡眠時間を削って日夜鍛錬している。
 いつ体に支障が出てもおかしくないのに、それでもやり続ける理由が咲空は知りたかった。


 「居場所を作る為、ですかね。悔しいけど、あいつが言うように僕の家は裕福ではないんです。正直この学校にいるのも分相応だって分かっているんです。だから、せめて実力だけでも近づきたいんです。少しでも近づけば、同じ立場にいられるのかなって。そんなに甘い世界じゃないですけどね」


 身分が絶対の社会では能力なんて二の次。それでも、今は戦乱の世。実力さえあれば身分に関係なく引き取ってくれる者が現れるかもしれないし、もしかしたら、自分が上の立場にもなれるかもしれない。
 幼い少年の淡い期待を胸に晴は鍛錬を行うのであった。


 「確かにこの世界は君が思うほど甘くない。弱い物から淘汰される」


 人を統べる立場にいる少女はすでに世の中の理を何となく理解していた。
 だからこそ、少年を安易に慰めず、淡々と事実を伝える。


 「だけど、君みたいな頑張り屋さんのことを見ている人もいるから」


 少年が俯きかけた顔に咲空は手を添えてそっと持ち上げた。
 そして一輪の花卉を晴の右手に握らせる。


 「いつか花開くの日まで頑張って欲しいな」



 侮蔑が籠った視線でもない。
 同情するような声でもない。
 ただ真っすぐ晴だけを見つめる眼差しに勇気づけてくれる声。
 (......この方のために頑張ろう)
 自分に手を差し伸ばしてかばってくれた少女を守れるような存在になりたい。
 そしていつか自分が彼女のように手を差し伸ばすのだ。


 「そうだね。頑張ってみるよ」


 前を向いて咲空に宣言すると、咲空はぱっと嬉しそうに笑ったのだった。