さようならの先に

 「咲空!」


 目の前の女性の瞳がゆっくりと閉ざされていく様子を晴は見ていることしかできなかった。
 (くそっ......!)
 とうの昔に消した荒っぽい言葉遣いが蘇る。


 「僕は結局守れなかった......」



 勇敢で優しいお姫様のことも
 生きることを諦めても優しさを忘れなかったお姫様のことも
 そしてこの最悪な瞬間、晴は自覚する。自覚してしまう。
 (僕はお姫様に......咲空に......2回恋してたんだ......)
 小さな咲空に守られて自分が守る存在になろうとした日
 成長して再び咲空とあって咲空に慰められた日
 最初はどちらも同じだと思っていた。
 だけど、こちらをぐいぐい引っ張る咲空と徐々に人間へ戻っていく咲空は全く違っていた。
 だから、同じ人物だと思えなくなってしまっていた。
 そんな人ともう会えなくなるのかもしれない。


 「お願い......!咲空!もう一度目覚めてくれ......!」
 「そんなに手を握ったら、こいつの手の骨が折れるぞ」


 いつのまにかぎゅっと咲空の手をぎゅっと握っていた晴の横に現れたのは先ほどすたこらさっさと帰って行った客人の1人であった。


 「咲空はまだ生きているんだ。お前がめそめそ泣いてどうする!お前が諦めてどうするんだよ!......ったく、寂しがりやの俺らが一人になるとろくなことねえな......」


 猫背気味の背がしゃきんとする。
 長い前髪を手で適当にかき分けて瞳を出す。
 だらしなく羽織っていた白衣の襟元を正す。
 ぼそぼそしていた声が耳になじんだ声に変わる。
 一つ一つの変化は小さい。でも合わさると変化は大きくなる。
 誰なのか分かるほど。


 「お前、もしかして......!」
 「急に大量の情報が流れ込んで脳の情報処理が間に合わなくなった結果、意識が飛んだのだろう。しばらくしたら目を覚ます」
 「咲空が咲空が何かあったんじゃないかって......すごく怖くて......。でも、咲空は頑張っているのに僕が諦めちゃだめだから。ありがとう、蓮」
 「未来の一国の主ならそう簡単に頭を下げるな、全く......。俺にできるのは気休めだ」


 蓮は懐を探って薬ではなく、お守りのような物を咲空の枕元に置いた。
 それは甘さの中に清涼感がある自然と落ち着く香りだった。


 「ん......」
 「咲空!」
 「は る」
 「良かった......!本当に......!」



 咲空が目覚めてまた日常がはじまる。
 自分の名前を捨てて影として生きると決めた《桔梗》の存在は不要。
 幼馴染が幸せでいてくれれば十分。
 幸福で満ちた部屋を壊さないように《桔梗》は静かに部屋から退出した。