さようならの先に

 季節外れの風鈴を飾っている部屋
 いつもなら風鈴の音しか聞こえないくらい静かな部屋だが、今日は客人がいたせいでかき消されていた。


 「君が......あの咲空......なの......か?」


 客人は髪の毛で顔の半分は隠れている上に声はぼそぼそとして聞こえにくい。
 そんな不審者が咲空の部屋へ会いに来ていた。


 「そう です けど ?」


 しかし、咲空の数少ない記憶にこんな不審者の姿はいない。
 客人に対して警戒していることを読み取ったのかもう一人の客人が人当たり良さそうな笑みを浮かべて挨拶をした。


 「突然押しかけてすみません。そして部屋へ通して下さってありがとうございます。俺は咲空様の古い知り合いだという《桔梗》に従ったまでです。この男が不審なことをしたらすぐに退出しますのでご安心ください」


 もう既に怪しいが、何もしていない客人を帰らせるわけにはいかない。
 少しずつ人間を取り戻しつつある咲空はそう判断した。


 「咲空。妹、楠と一緒にいてくれて......ありがとう」


 はじめて会った人に感謝される。
 何が起きているのか咲空にはさっぱり分からない。
 それ以前に


 「楠 って 誰 です か ?」


 聞いた瞬間頭が靄にかかったようになる。
 (聞いたことある気がするのに分からない)
 軽い頭痛に頭を押さえたくてもろくに動かせない手を持ち上げる。


 「覚えていない......のか......。それなら、晴は?蓮は知っているか?」


 《桔梗》と名乗る少年は咲空の質問にわずかに見える瞳の色が絶望変わると別の質問が飛ばした。
 声は少し明るい。期待しているのだろうか?


 「蓮 は 知ら ない です」


 咲空は目の前の客人が落ち込む前に次の言葉を頑張って早く紡ぎ出した。


 「で でも 晴 様 は 知って ます。 いつ も、 来て くれ ます」
 「あいつは君のことをいつも見ている婚約者だから、な」


 昔を懐かしそうに悲しそうにつぶやく根暗な少年の言葉に咲空の頭はぐらんぐらんする。


 「待って くだ さい。 あの 人 は わたし の 婚約 者 なん です か?」


 記憶の海に体が引きずられそうだ。
 (わたしは何を知って何を知らないの......?)


 「記憶喪失、ですね。自覚しつつあるからすぐに治せると思いますが」
 「やめろ、《(るい)》。これ以上幼馴染を苦しめたくない......。それでは失礼します。どうかお元気で」
 「ま 待って くだ さい。 記憶 喪失 って どう いう こと です か?」
 「心的外傷による記憶喪失、だ。......後のことは後ろで待っている男から聞いてくれ」


 その言葉で鈍い動いで首をゆっくり回すと、晴が立っていた。