さようならの先に

 風鈴を持って咲空の部屋に入って


 「どう して あな たは わたし が 好き に なる もの 知って るん です か?」


 待ち人にそう問われた時、晴はすぐに言葉が出なかった。
 ずっと側で見てきたから。
 だが、それを言ってしまえば、今の咲空が記憶喪失であることに気づいてしまう。そして引き金となり、膨大な記憶が蘇るかもしれない。
 戻ったら今度こそ戻ってこないかもしれない。
 晴には悪い予感が耐えられなかった。
 人間に戻りつつある婚約者が晴のせい人形へ逆行する瞬間を直視できそうもない。
 晴は咲空に真実を告げるタイミングを握りつぶした。


 「咲空のことを考えて選んでいるからだ」


 選ぶ瞬間は咲空のことを思っているから嘘ではない。だけど、本当のことを言えない自分が腹立たしい。
 降ろした拳をぎゅっと握って気分を変えようと咲空を見ると、じっと見つめていることに気づいた。


 「僕に興味をもってくれた?」
 「そう です ね」


 こんな不甲斐ない男に興味を持ってくれたという事実が一瞬にして晴の周囲に纏う重い空気を一変させた。
 (さすが僕のお姫様)


 「そっか。......ずっと先でもいいから......いつか僕のことも知って欲しいな」


 知ってしまったら、今の咲空の身に何が起こったのか知ってしまう。事実上記憶喪失の少女に記憶を垂れ流しにしているようなものだ。
 それで壊れたら元も子もない。
 (僕のことを知らないまま過ごした方がきっと君は幸せに過ごせる)
 何も告げないまま主の後ろで控えるのは従者の役目。
 お互いのことを知ろうとするのが恋人。
 そして互いの全てを理解しようと一歩前に出るのが婚約。
 (本当は、記憶が戻って欲しい)
 他人のようにどこか一歩引いた態度はいつまでたっても交わることはない。近づくと一歩下がる。ずっとその調子。
 晴は咲空のペースで合わせるつもりだ。それでも、逃げる咲空の手を掴んで終わりが見えない鬼ごっこを終わらせたかった。
 勝手に抱いた幻想に心を奪われて勝手に幸せを押し付けた婚約者の本音は巧妙に隠されていた。