さようならの先に

 現世(うつしよ)幽世(かくりよ)の間を揺蕩(たゆた)う日々が続いた。
 死後の世界と呼ばれている幽世へ手を伸ばしてもいつのまにか現世へ戻っている日常が何日続いたのだろう。
 数えることすらやめてしまった退屈なある日


 「咲空」


 聞きなれない音が耳に入って来た。
 毎日生死の確認する両親でもなければ介護をする侍女でもない。


 「だ れ です か ?」


 知らない人だから聞いただけ。どこにでもある普通の質問。
 それなのに、目の前にいる少年は今にも泣きそうな顔に変容した。そして、瞳から涙が零れ落ちる。微笑みながら涙を流す姿は気味が悪い。


 「どう して 泣いて いるん です か? どこか 痛い の? だい じょう ぶ?」


 それなのに、少年を気遣うような言葉が無意識に溢れ出ていた。
 両親や侍女が泣きそうな顔になっても咲空は特に言葉をかけなかった。大切な何かを手放した今の自分は空っぽ、そこに他者を気遣うというのは存在しない。命すら惜しくないと思っていた。なんだったら早く手放したいと。
 だが、この少年はあの世へ手を伸ばした少女の手を掴んだ。行きかけていた咲空を呼び戻すように。
 (どうしてこの人が泣いているところをみるとずきずきするの......?)
 何も感じなかった少女の世界に痛みが生まれた。
 それは紛うこと無き生きている、生きようとしている証拠だった。


 「大丈夫......大丈夫だから......」


 力が入らない鉛のように重く感じる咲空の手を触れながら、不思議な少年はそう繰り返していた。
 (何が大丈夫なの......?)
 晴は痛くないってこと?
 初対面の咲空を安心させるため?
 合っているかもしれないし、合っていないのかもしれない。
 ただ、今日はじめて会ったばかりの人に心情を理解するには咲空の情報が足りなさ過ぎた。