電車に乗り込んだあとも、奏人は手を離そうとしてはくれなかった。混んではいなかったが座れる座席が見当たらなかったので、ドアの傍に立つことにしたのだが、それがまた視線を集める要因になってしまった気がする。
「奏人、見られてる……」
「いいじゃん、べつに。ようちゃんも俺のことすきでしょ?」
にやりとうれしそうに笑う顔を見てしまうと、いやだと食い下がることも、手を振り解くこともできなかった。ただ掴まれているだけだった手に指が絡んで、ぎゅうと握り締められる。掌が密着しているだけで、こんなにも落ち着かない気分になるなんて知らなかった。
「よかったのかよ、置いてきちゃって」
「いいんだよ。奥原もほっとしてたし。あとはなんとかしてくれんでしょ」
「おまえ、意外と適当なのな。キラキラしてて、だれにでも優しい王子さまみたいなやつかと思ってた」
「なにそれ。ようちゃん、そんな風に思ってくれてたんだ」
意外そうな反応をされて、じわりと頬が熱くなる。なんだかとんでもないことを口走った気がした。だって、陽大に対しては過剰なほど、手厚い優しさをくれているではないか?
「ようちゃん、俺のなにを見てたの? 俺がだれかに懐いたり、優しくしてるとこ見たことあった?」
そう言われると見た覚えがない。友達に囲まれて楽しそうに過ごしているところは見かけたことはあったが、飄々としているところがクールで格好いいと騒がれていたような気がする。
つまり、奏人がこうであるのは陽大の前だけなのだ。
「俺だけってこと?」
「そうだよ。俺が甘やかしたいのは未来永劫、ようちゃんただひとりなんだから」
「……また大袈裟なこと言って」
奏人にしか聞こえない声でそう言い返すのが精一杯だった。耳まで赤くなった顔を俯ける陽大を、満足そうに眺めるその顔が恨めしい。
はじめてすきだと言われたときは、もっとすごい状況でも平然としていられたのに、いまはそれが信じられなかった。きれいな顔をしているなあと思うくらいだった奏人の顔が、きらきらと輝いて見えてしまって困る。
「あのさ、今日母さんたちいないんだけど」
「うん」
「俺んち、来る?」
勇気を振り絞ってそう言った言葉で、奏人の頬が笑みに崩れた。ところ構わず抱き寄せられるのへ、思わず小さく抗議の声を上げる。
「おい、これ以上変な目で見られたらっ、」
「ようちゃんが悪いんだよ。俺のこと喜ばせるから」
拗ねたような声音に、陽大の口角も上がってしまった。肩に奏人の額が当たっている。柔らかな色素の薄い髪を撫でてやるのはいつぶりだろう?
――かわいいな。
早くこいつを思い切り抱き締めてやりたい。
その衝動との格闘は、電車を降りてマンションに辿り着くまでの間ずっと続いた。
奏人を家に招き入れるのなんて日常茶飯事なのに、変に緊張しているせいか、玄関を開けた先の薄暗い家のなかがどこか他人の家のように冷ややかだった。
今日、両親は親戚の家に出かけていて遅くまで帰らない。すくなくともあと数時間はふたりきりでいられるのだ、と考えるだけで、緊張で息が詰まった。あんなに抱き締めたかったのに、いまは手を伸ばすのさえ躊躇してしまう。
「な、なんか飲む?」
自分の部屋のドアを閉めてからそう聞いてしまって、緊張しすぎだろうと自分自身にツッコミを入れた。奏人がおかしそうに笑いながら、緊張してるの? と問うてくる。
「べつになにをするわけじゃないのに」
「……そうなの?」
そう言ってしまってから墓穴を掘ったことに気づいた。奏人の笑みが揶揄するような気配を帯びて、ふうん? と小首を傾げられた。
「ようちゃん、俺となにがしたかったの?」
「ずるいぞ! 誘ったときうれしそうだったくせに」
そう言ったら、そうだねと笑われる。なんだか奏人が楽しそうなので、いつもどおりに過ごすだけでもいいような気がしてきてしまう。
それでも、せっかく気づいたこの気持ちが、奏人と同じものなのか確かめたかった。すきだと言うくせにあれ以来手を出してこない奏人が、どんな感情を抱いているのか知りたかった。
「あのさ、おまえがいやじゃなかったらなんだけど」
「ようちゃんにされていやなことなんてない」
「言ったな?」
じゃあそこに座れ、とベッドを指さすと、さすがに一瞬の躊躇を見せた。それでも陽大が譲らないので、奏人が渋々といった様子でベッドへと腰かけた。
口から飛び出しそうな心臓をどうにか怺えて、奏人の膝に跨る。間近で向かい合うと羞恥でどうにかなりそうだったが、ありったけの勇気を振り絞ってその身体へと抱き着いた。
奏人の心臓が戸惑うように跳ねるのがわかる。おずおずと背に回ってきた腕に、陽大がそのままでいるとわかるやいなや、強い力が籠った。密着した身体が、服越しでも熱くなっているのがわかる。
死にたいくらい恥ずかしいのに、それでも離れたくはなかった。
「ようちゃん、急にどうしたの?」
「確かめたくて」
「なにを?」
「奏人のことがすきだっていう気持ちが、どういうものなのかなって」
「それで? わかった?」
「……俺はおまえに触りたい」
恥ずかしくてぼそりと呟いた言葉に、奏人がうれしそうに笑うのがわかる。身体を放した奏人にどうぞ? と腕を広げられてしまうと、自分で言ったくせにどうしたらいいのか戸惑う羽目になった。女の子相手にだって経験がないのに、ましてや男相手にどうしたらいいかわからない。
膝の上に座っているせいか、いつもは見上げるばかりの奏人の顔がほんのすこしばかり下にあるのが新鮮だった。熱っぽく見上げてくる視線に面白がられていることがわかる。勇気を出してその頬に触れると、柔らかな笑みを浮かべて擦り寄ってくるのがかわいい。
「キス、してみてもいい?」
そう口にしてしまった途端、羞恥に差し迫られた。奏人の笑みに甘さが広がって、いいよと言いながら伸びてきた指に頬を擽るように撫でられる。
その手がうなじへと伸びて、強請るようにくすぐられる。ぞくりと甘く背筋が粟立って、自分で言ったくせにどうしようと逡巡する間に、奏人の唇が口端へと落ちた。
あやすように頬や鼻頭を啄まれると、心をくすぐられているようでこそばゆかった。緊張で強張っていた身体から力が抜けて、甘く名前を呼んでくれた唇が陽大の唇へと触れる。
柔らかな感触に身体中が満たされた。甘く唇を食まれるのへ、心臓がうるさくて気持ちが追いつかない。頭の芯がじんわりと痺れて、奏人がいとおしいということしか考えられなくなってくる。
「ようちゃん、もうちょっとためしてみてもいい?」
唇が離れて抱き寄せられると、耳元でそう甘く囁かれた。ぼんやりとする頭で、ためす? と考えてみても、なにを言われているのかわからない。
その意味が急に明確な輪郭を持ったのは、奏人に腰を引き寄せられたからだった。思わず我に返って、変な声が出そうになった唇を慌てて塞ぐ。
「俺とちゅーするの気持ちよかった?」
そう揶揄するような声音に顔がかっと熱くなる。おまえだって、という思いを込めて睨んだつもりでも、甘く笑んだ奏人の破壊力には敵わない。
「そんなかわいいかおして睨んでもだめだよ。ようちゃんに判断を任せるのは、ここまでで終わり」
「は?」
気づいたらいつの間にか、ベッドに組み敷かれていた。見下ろしてくる奏人の顔が甘い熱が帯びて、一層輝きを増して見える。
「ちょっと待てって」
「ようちゃん、俺の気持ちを甘く見ちゃだめだよ」
正直、しくじったかもしれない。
それでも奏人がうれしそうに笑われてしまうと、振り解く気力が湧いてこなかった。
落ちてくる奏人の唇が肌に落ちてくるのへ、くすぐったくて身を捩る。顔を見合わせて意味もなく笑い合って、唇を合わせるのがこんなに心地よいものだなんて知らなかった。
「奏人」
「なあに、ようちゃん」
「すきだ」
その言葉は一言一句正しいトーンだった。奏人がとろけるように頬を弛ませて、俺もと応えてくれるのがなによりもうれしい。
『だって、ようちゃん。俺のことすきでしょう?』
その問いに、ようやく正しい答えを返すことができた。そう満足しながら、奏人に縋るように腕を伸ばした。
「奏人、見られてる……」
「いいじゃん、べつに。ようちゃんも俺のことすきでしょ?」
にやりとうれしそうに笑う顔を見てしまうと、いやだと食い下がることも、手を振り解くこともできなかった。ただ掴まれているだけだった手に指が絡んで、ぎゅうと握り締められる。掌が密着しているだけで、こんなにも落ち着かない気分になるなんて知らなかった。
「よかったのかよ、置いてきちゃって」
「いいんだよ。奥原もほっとしてたし。あとはなんとかしてくれんでしょ」
「おまえ、意外と適当なのな。キラキラしてて、だれにでも優しい王子さまみたいなやつかと思ってた」
「なにそれ。ようちゃん、そんな風に思ってくれてたんだ」
意外そうな反応をされて、じわりと頬が熱くなる。なんだかとんでもないことを口走った気がした。だって、陽大に対しては過剰なほど、手厚い優しさをくれているではないか?
「ようちゃん、俺のなにを見てたの? 俺がだれかに懐いたり、優しくしてるとこ見たことあった?」
そう言われると見た覚えがない。友達に囲まれて楽しそうに過ごしているところは見かけたことはあったが、飄々としているところがクールで格好いいと騒がれていたような気がする。
つまり、奏人がこうであるのは陽大の前だけなのだ。
「俺だけってこと?」
「そうだよ。俺が甘やかしたいのは未来永劫、ようちゃんただひとりなんだから」
「……また大袈裟なこと言って」
奏人にしか聞こえない声でそう言い返すのが精一杯だった。耳まで赤くなった顔を俯ける陽大を、満足そうに眺めるその顔が恨めしい。
はじめてすきだと言われたときは、もっとすごい状況でも平然としていられたのに、いまはそれが信じられなかった。きれいな顔をしているなあと思うくらいだった奏人の顔が、きらきらと輝いて見えてしまって困る。
「あのさ、今日母さんたちいないんだけど」
「うん」
「俺んち、来る?」
勇気を振り絞ってそう言った言葉で、奏人の頬が笑みに崩れた。ところ構わず抱き寄せられるのへ、思わず小さく抗議の声を上げる。
「おい、これ以上変な目で見られたらっ、」
「ようちゃんが悪いんだよ。俺のこと喜ばせるから」
拗ねたような声音に、陽大の口角も上がってしまった。肩に奏人の額が当たっている。柔らかな色素の薄い髪を撫でてやるのはいつぶりだろう?
――かわいいな。
早くこいつを思い切り抱き締めてやりたい。
その衝動との格闘は、電車を降りてマンションに辿り着くまでの間ずっと続いた。
奏人を家に招き入れるのなんて日常茶飯事なのに、変に緊張しているせいか、玄関を開けた先の薄暗い家のなかがどこか他人の家のように冷ややかだった。
今日、両親は親戚の家に出かけていて遅くまで帰らない。すくなくともあと数時間はふたりきりでいられるのだ、と考えるだけで、緊張で息が詰まった。あんなに抱き締めたかったのに、いまは手を伸ばすのさえ躊躇してしまう。
「な、なんか飲む?」
自分の部屋のドアを閉めてからそう聞いてしまって、緊張しすぎだろうと自分自身にツッコミを入れた。奏人がおかしそうに笑いながら、緊張してるの? と問うてくる。
「べつになにをするわけじゃないのに」
「……そうなの?」
そう言ってしまってから墓穴を掘ったことに気づいた。奏人の笑みが揶揄するような気配を帯びて、ふうん? と小首を傾げられた。
「ようちゃん、俺となにがしたかったの?」
「ずるいぞ! 誘ったときうれしそうだったくせに」
そう言ったら、そうだねと笑われる。なんだか奏人が楽しそうなので、いつもどおりに過ごすだけでもいいような気がしてきてしまう。
それでも、せっかく気づいたこの気持ちが、奏人と同じものなのか確かめたかった。すきだと言うくせにあれ以来手を出してこない奏人が、どんな感情を抱いているのか知りたかった。
「あのさ、おまえがいやじゃなかったらなんだけど」
「ようちゃんにされていやなことなんてない」
「言ったな?」
じゃあそこに座れ、とベッドを指さすと、さすがに一瞬の躊躇を見せた。それでも陽大が譲らないので、奏人が渋々といった様子でベッドへと腰かけた。
口から飛び出しそうな心臓をどうにか怺えて、奏人の膝に跨る。間近で向かい合うと羞恥でどうにかなりそうだったが、ありったけの勇気を振り絞ってその身体へと抱き着いた。
奏人の心臓が戸惑うように跳ねるのがわかる。おずおずと背に回ってきた腕に、陽大がそのままでいるとわかるやいなや、強い力が籠った。密着した身体が、服越しでも熱くなっているのがわかる。
死にたいくらい恥ずかしいのに、それでも離れたくはなかった。
「ようちゃん、急にどうしたの?」
「確かめたくて」
「なにを?」
「奏人のことがすきだっていう気持ちが、どういうものなのかなって」
「それで? わかった?」
「……俺はおまえに触りたい」
恥ずかしくてぼそりと呟いた言葉に、奏人がうれしそうに笑うのがわかる。身体を放した奏人にどうぞ? と腕を広げられてしまうと、自分で言ったくせにどうしたらいいのか戸惑う羽目になった。女の子相手にだって経験がないのに、ましてや男相手にどうしたらいいかわからない。
膝の上に座っているせいか、いつもは見上げるばかりの奏人の顔がほんのすこしばかり下にあるのが新鮮だった。熱っぽく見上げてくる視線に面白がられていることがわかる。勇気を出してその頬に触れると、柔らかな笑みを浮かべて擦り寄ってくるのがかわいい。
「キス、してみてもいい?」
そう口にしてしまった途端、羞恥に差し迫られた。奏人の笑みに甘さが広がって、いいよと言いながら伸びてきた指に頬を擽るように撫でられる。
その手がうなじへと伸びて、強請るようにくすぐられる。ぞくりと甘く背筋が粟立って、自分で言ったくせにどうしようと逡巡する間に、奏人の唇が口端へと落ちた。
あやすように頬や鼻頭を啄まれると、心をくすぐられているようでこそばゆかった。緊張で強張っていた身体から力が抜けて、甘く名前を呼んでくれた唇が陽大の唇へと触れる。
柔らかな感触に身体中が満たされた。甘く唇を食まれるのへ、心臓がうるさくて気持ちが追いつかない。頭の芯がじんわりと痺れて、奏人がいとおしいということしか考えられなくなってくる。
「ようちゃん、もうちょっとためしてみてもいい?」
唇が離れて抱き寄せられると、耳元でそう甘く囁かれた。ぼんやりとする頭で、ためす? と考えてみても、なにを言われているのかわからない。
その意味が急に明確な輪郭を持ったのは、奏人に腰を引き寄せられたからだった。思わず我に返って、変な声が出そうになった唇を慌てて塞ぐ。
「俺とちゅーするの気持ちよかった?」
そう揶揄するような声音に顔がかっと熱くなる。おまえだって、という思いを込めて睨んだつもりでも、甘く笑んだ奏人の破壊力には敵わない。
「そんなかわいいかおして睨んでもだめだよ。ようちゃんに判断を任せるのは、ここまでで終わり」
「は?」
気づいたらいつの間にか、ベッドに組み敷かれていた。見下ろしてくる奏人の顔が甘い熱が帯びて、一層輝きを増して見える。
「ちょっと待てって」
「ようちゃん、俺の気持ちを甘く見ちゃだめだよ」
正直、しくじったかもしれない。
それでも奏人がうれしそうに笑われてしまうと、振り解く気力が湧いてこなかった。
落ちてくる奏人の唇が肌に落ちてくるのへ、くすぐったくて身を捩る。顔を見合わせて意味もなく笑い合って、唇を合わせるのがこんなに心地よいものだなんて知らなかった。
「奏人」
「なあに、ようちゃん」
「すきだ」
その言葉は一言一句正しいトーンだった。奏人がとろけるように頬を弛ませて、俺もと応えてくれるのがなによりもうれしい。
『だって、ようちゃん。俺のことすきでしょう?』
その問いに、ようやく正しい答えを返すことができた。そう満足しながら、奏人に縋るように腕を伸ばした。

