平凡くんはキラキラな幼馴染に甘やかされたい。

 唖然とする陽大に、奥原が困ったような笑みを浮かべる。申し訳なさそうに見えるのは、大体の事情を知っていることを隠していた罪悪感からだろうか。

「最初は告白を断る口実なのかな? って思ったんです。でもはるな以外にも同じようにフラれたって子がたくさんいて」
「……奏人が俺をすきだって?」
「ずっと一緒にいる幼馴染がすきだから、だれとも付き合うつもりはないって言われたそうです。それで藤吉くんの幼馴染探しが始まって……そこで先輩のことを知りました」
「奥原さんは奏人のことすきじゃなかったの?」

 咄嗟にそう返してしまってから、自分をすきだと言ってくれている相手に対して随分と失礼なことを言っていることに気づいた。
 すぐにごめんと頭を下げると、そういうところですよ、と笑われる。

「藤吉くんって人気あるじゃないですか。そんな人に甘やかされているのに、先輩は全然驕った感じがなくて、いい意味で普通っていうか」
「普通……」
「すみません、いい言葉が見つからなくて」
「ううん、俺も普通だなってわかってるし。なんで奏人に好かれてるのかもよくわからないし 」

 悲しいことに、普通だと言われることには慣れていた。友人たちからも藤吉に好かれるには普通過ぎるよな、としょっちゅう揶揄われている。べつに人気者になりたいわけではないのだからそれでいい。
 奏人の隣に並ぶとなると、釣り合わない気がしてくるのは否めないけれども。

「先輩、素敵ですよ。今日も一緒にいて楽しかったです」
「ありがとう、そう言ってくれて」
「ほんとうのことですよ? ただ敵わないなって思っちゃいましたけど」
「うん?」
「藤吉くん、先輩のことほんとうに大切なんだなって思いました。先輩も甘やかされることに慣れているっていうか……、ふたりでいるのが当たり前みたいにすごく自然で。先輩も藤吉くんのこと、すきなんだろうなあって」

 そう言われるのへ、陽大は返す言葉を失ってしまった。目を丸くして狼狽えているところへ、違いましたか? と恐る恐る追い打ちをかけられる。

『だってようちゃん、俺のことすきでしょう?』

 押し倒されながら、奏人に言われた言葉を思い出した。それを相談したとき、みづほに呆れられたことにも思い当たる。
 傍から見てもわかるようなことに、陽大自身が気づいていないなんてことがあるのだろうか。そこまで自分の気持ちに鈍いつもりはなかったけれど、それでもまだ、確信が持てない。
 ただひとつ、奥原に言われてわかったことはある。
 陽大は奏人に甘やかされるのがすきなのだ。

 ――鈍いにもほどがあるだろ、俺。

 溜息を吐いて顔を覆い隠すのへ、奥原がおろおろとする気配が伝わってきた。観覧車はもうすぐ頂上を越そうというところでまだまだ下までは時間がある。
 奥原には申し訳ないけれど、早く奏人に逢いたかった。逢ってこの気持ちを確かめたい。
 もう、それだけしか考えられなかった。



 観覧車を降りたあとなんとも気まずい陽大たちを置いてけぼりにして、土産物を見る間中ずっと、小沢は奏人を引っ張り回していた。
 奥原とのやり取りをまったく知らない彼女は、きっと陽大とふたりきりにしてやろうと気を回したつもりだろう。まったくありがたくはないけれど、奥原をひとり放り出すわけにもいかない。

「ごめん、なんか気まずくなっちゃって」

 ぎこちなく土産物を見て回りながら、一応そう謝ってみた。すると奥原が目を丸くして、こちらこそと恐縮する。
 ますます気まずくなるのへ、助け舟を出してくれるはずの奏人は奥原に連れられて離れたところにいる。ちらちらとこちらを気にしてくれてはいるようだけれど、どことなく彼女の雰囲気に圧倒されているようにも思えた。

「先輩、わたしのことちゃんとフッてもらっていいですか?」

 奏人たちに気を取られていたところへ、急にそんなことを言われてぎょっとした。慌てて奥原のほうを振り向くと、どんな顔をしているのかと思いきや、うっすらと笑みを浮かべているのにまた驚く。

「変なこと言ってごめんなさい。でも聞きたいです、先輩の気持ち。相手が藤吉くんなら諦められる気がして」
「……ここで?」

 土産物屋のど真ん中で言うようなことではないと思ったが、奥原に力強く頷かれてしまった。楽しそうに土産を選ぶ人たちが気にはなったが、これまで恥ずかし気に伏せてばかりだった彼女の目が急かすように見つめてくる。
 どうして奏人ではなく、奥原に向かって彼への気持ちを吐露しなければならないのだろう。しかもまだ、気づいたばかりであどけない、ふわふわとした感情だというのに。

「俺、気になる人がいて」

 それでも口に出すと、その分感情が明確な形を持っていく。奥原が小さく頷いて、その先が紡がれるのを待っている。
 つい、目が奏人のほうへと吸い寄せられた。うんざりしながらも小沢に付き合ってやっている彼が、陽大の視線に気づいたように顔を上げる。
 目が合った。
 奏人の顔に柔らかな笑みが広がっていく。
 それだけで自分でも驚くくらい心が高揚して、目が離せなくなってしまった。
 見慣れているはずのその顔が、キラキラと輝いて見える。目が合えばドキドキして、笑いかけてもらえたらうれしい。これが彼に恋する女の子たちが、日々味わっている感情なのかと、妙に冷静な自分が苦笑っている。
 たったいま、〝気になる人〟が〝すきな人〟に変わった。
 恋の気づきというのは、こんなに唐突に訪れるものなのか。

「ごめん、すきな人がいる」

 奏人をじっと見つめたまま、そう言っていた。聞こえているのか定かではない。それでも彼の目が僅かに見開いて、それから泣くのを怺えるような、ちょっと歪な笑みを浮かべた。

「はい。今日はお付き合いいただきありがとうございました」

 清々しい奥原の声にはっと我に返った。深々と頭を下げられるのに恐縮して、変なリアクションになってしまう。満足したのか、奥原が小沢に帰ろうと声をかけた。そうでもしなければ、あちらは永遠と奏人を引きずり回していただろう。
 合流して駅まで歩きながら、奏人に直接伝えたわけでもないのに、妙な気恥ずかしさに惑わされ続けた。
 女子二人はすこし前を歩きながら、楽しそうにひそひそと笑い合っている。それをぼんやりと眺める陽大の胸の中では、ようやく終わったという安堵感と、ようやく奏人とふたりきりになれるという期待が綯い交ぜにせめぎ合っている。

「ねえ、どっかでご飯食べて帰らない?」

 もうすぐ駅というところで、小沢が振り向いた。奥原が慌てたような素振りを見せたのは、陽大にフラれたことを言い出せない気まずさからだろうか。申し訳なさそうにちらりとこちらへ視線を寄越して、困ったように眉を下げた。

「もういいだろ、小沢」
「えー? でもせっかくのデートなのに。それにふたり、いい感じだったじゃん」

 奏人の咎めるような声音に、小沢が猛然と反論した。あからさまに盛大な溜息を吐かれても、ちっとも引く様子がない。
 隣で奥原がおろおろとしているのが見ていられなかった。本人の目の前で断ったことを言ってしまっていいものか迷う。それでも、小沢を納得させるには陽大が口を開くしかなさそうだ。

「ご飯食べながら次の予定立てればいいじゃん。いまはなんとも思ってなくても、一緒に遊んでいるうちに気持ちが、」
「あの! 申し訳ないんだけど!」

 捲し立てるような小沢の間に、入っていくのは相当の勇気が必要だった。それでも思い切って声を上げると、小沢がバツが悪そうな顔をして黙った。

「さっき奥原さんには話したんだけど、俺やっぱり付き合うとかそういうのはちょっと」

 なんて歯切れの悪い言い方なのだろうと、言いながら情けなくなった。ちらりと奏人の反応を伺ってしまうのは、ここで彼への気持ちを明かす勇気が出ないからかもしれない。
 駅に近づくにつれ、人通りは多くなっていた。こんな往来の真ん中で、芽生えたばかりの気持ちを吐露する大胆さを持ち合わせてはいない。それに奥原をフッたことを公にするのも気が引ける。
 その気持ちを汲んでくれたのは、やはり奏人だった。尖っていた感情を和らげて、励ますような柔らかな笑みを向けてくれた。

「やっぱり、ようちゃんは優しいね。小沢、申し訳ないけどもう諦めてくれ」
「はあ? なんで藤吉が、」
「ようちゃんが奥原と付き合っても、俺が小沢をすきになることはないよ。俺はようちゃんのことしか見ていないから」
「は?」

 呆気にとられた小沢が目を丸くした。一方の奥原は安堵したような微かな笑みを浮かべている。
 陽大は奏人から向けられる視線に焦れて、頬が熱くなるのを感じていた。なにか言わなければと思うのに、うれしいという感情以外の言葉がなにも見つからない。

「そういうことだから」

 その言葉が終いだった。
 帰ろう、と手を取られて駅のほうへと引っ張って行かれながら、陽大は勇気を振り絞ってその手をそっと握り返した。