平凡くんはキラキラな幼馴染に甘やかされたい。

 ダブルデートはその週の日曜日、すこし遠出することになった。
 目的地は遊園地で、ちいさな動物園も併設されているという。待ち合わせは遊園地の最寄り駅に十一時。陽大が寝坊することを見越して、奏人が朝間に合う時間に迎えに来てくれた。
最寄駅から電車に揺られている間ずっと、なんだか変にそわそわしていた。女の子とデートするなんてほぼはじめてなのだからしょうがない。
 表情を硬くしている陽大とは裏腹に、奏人は至って普段通りだった。おしゃれな服を着て涼し気な顔をしていながら、陽大にだけわかる若干の不機嫌さを醸し出している。話す態度は普通だから、きっと彼女たちにはわかるまい。

「ようちゃん、緊張しすぎじゃない? デートくらいしたことあるでしょ?」

 呆れたような声音にちくちくと肌を刺される。暗に〝あの子と〟と言われているのがわかって、心に沸く苦々しさをどうにか押し止めた。

「……うん、まあ、一応は?」
「歯切れが悪いなあ」
「思い出したくないんだよ。はじめてのデートでフラれたから」

 溜息と共に吐き出す言葉まで苦い気がしてきた。ペットボトルの水で苦々しさを紛らわせる陽大に、奏人がふうん? とちょっとうれしそうな笑みを向けてくる。

「なんでそこで笑うわけ?」
「いや、ようちゃんの優先順位って俺がいちばんなんだよなって」
「そりゃあ、〝いまは〟な!」

 それにまた揶揄するような笑みを浮かべる奏人に、陽大はぐっと言葉を呑み込んだ。
 いまは彼と言い争っている余裕がない。奏人が一緒にいてくれるとはいえ、これから一日どうにかこうにか、女の子とのデートをこなさなければならないのだ。

「できる限り一緒にいるつもりだから安心してよ。小沢も奥原が心配だろうし」
「うん、そうしてくれると助かる……」
「でも、ようちゃんが楽しいと思っちゃったらどうしようかなあ」

 それは困るなあ、と言いたげに奏人がわざとらしい溜息を吐いた。陽大の緊張をほぐそうとしてくれているのを感じて、なんだかくすぐったくなってくる。
 そんなことはないと、言ってやりたかった。けれどこれからのことはわからないので、嘘を吐くわけにもいかない。

「案外弱気なんだな、おまえ。俺のこと逃すつもりないって言ったくせに」
「まあ、最終的に俺のところに来てくれたらそれでいいから」
「気の長い話だな」
「諦めが悪い男なんだよ、俺は」

 自嘲気味に笑う顔までかっこうよく見えてしまって困る。陽大はその気持ちを誤魔化すように、そんな顔するなよと冗談めかして、奏人の頬を揶揄するように抓んだ。



 思いの外、遊園地は楽しかった。
 緊張気味の奥原とは裏腹に付き添いの小沢のテンションは高く、乗り気ではなかった奏人をぐいぐいと引っ張っていくので、陽大はそれについていくだけでよかった。
 緊張している同士、奥原との会話はぎこちなかった。手紙で彼女の気持ちを知っている以上、変に気を張ってしまってなかなかに言葉が出てこない。小沢がことあるごとにふたりきりにしようとしてくるのには、ふたりして苦笑いを浮かべることしかできなかった。

「ようちゃん、大丈夫? 疲れてない?」

 奏人からそう声をかけられて気が弛んだ。ついすこし疲れたと本音を吐露すると、すぐにベンチを探してくれた。そこで待つように言われたあとで、すこし先を歩いていた小沢たちに事情を説明しに行ってくれる。
 あれに乗ろうこれに乗ろうと先頭に立ってくれるのはありがたかったのだが、さすがに絶叫マシンが続くのはしんどい。見た目に反して奥原が平然としていたので、なぞに見栄を張ってしまったのかもしれない。
 なかなか休みたいと言い出せなかった。奏人が気づいてくれなかったら、もっと迷惑をかけていたかもしれない。

 ――かっこうわるいなあ。

 ベンチの背もたれに体重を預けて空を仰ぎ見た。デート日和の青空に、なんだか責められているような気がする。
 べつにあの子の気持ちに応えるつもりはないのだから、情けないと思われてきらわれたところで痛くもかゆくもない。けれど自分からいいよと言い出した手前、それなりの想い出になればいいのにとは思っていた。
 それに奏人には迷惑をかけてばっかりだ。

「ふたりだけで次の乗ってくるから、休んでていいって」

 ドリンクをふたつ手に戻ってきた奏人に、どっちにする? と問われる。透明のカップに氷と共に入ったドリンクは、ひとつがジュースでひとつがお茶だった。

「じゃあジュースで。ありがとう」

 ひんやりとする外側を頬に当てているだけで気分がすっきりとしてくる。隣に座った奏人がその様子を笑いながら、もう片方の頬へも自分のドリンクを押し当ててくれた。それに思わず笑ってしまう。

「あの子の前でかっこうつけようと思ったんでしょ」
「そうかもなあ。女の子が平気な顔してるのに、ちょっと休みたいとか言えないだろ」
「俺がいてよかったね?」

 わざとらしくドヤ顔をする奏人に、そうだなと笑った。彼の言葉は冗談だろうけれど、陽大は心からそう思う。
 買ってもらったジュースを飲みながら、ふたりが戻ってくるのを待った。このまま奏人と帰りたいなあとぼんやりと考えていたら、奏人が連絡があったとスマフォの画面を見せてきた。

「最後に観覧車乗ろうって。それならようちゃんも大丈夫だろうってさ」

 連絡は小沢から来たようだが、気遣いは奥原がしてくれたような気がした。それなら、と返事をしてもらって、奏人と連れ立って観覧車のほうへと向かう。
 これで終わると思うとほっとした。奏人とふたりだったら気兼ねなく、もっと楽しめただろうにと思ってしまう心がうしろめたい。
 その気持ちを読んだように、奏人が今度はふたりで来ようね? と笑ってくれた。

「それってデートってこと?」
「ようちゃんがそう思ってくれるならそうなんじゃない? 俺はようちゃんと出かけるとき、ずっとデートだって思ってたけど」
「……だからおまえ、俺のこと甘やかすの?」
「そりゃあ、すきな子は甘やかしたくなるもんなので?」

 そう笑う奏人の横顔がちょっと照れくさそうで、陽大までこそばゆくなってきた。頬にじわりとした熱が滲んだ気がして、慌てて頬に両手を当てた。心なしか熱い気がするのは、きっとまだまだ気温が高いせいだ。
 近くまで来ると、小沢が手を振っているのが見えた。奥原がなんだか申し訳なさそうにしているのが、遠くからでもよくわかる。
 合流すると、案の定小沢が奏人の腕を引いて先に並んだ。うんざりと文句を垂れる奏人には、今日一日で随分と慣れたようだ。

「せっかくだしふたりずつにわかれようよ。四人だと狭いし! ね⁉」
「だったら俺がようちゃんと乗るから」
「はあ⁉ あんた空気読めないわけ?」

 小沢がわざとらしい盛大な溜息を吐いた。いやがる奏人をぐいぐいと引っ張って、進んだ列のあとをついていく。

「……先輩?」

 奥原に声をかけられて、その光景に見入っていたことに気づいた。ごめんと苦笑って早足で列に追いつきながら、陽大は降って湧いた感情に戸惑わされていた。
 小沢が奏人に身を寄せて、仲良さそうに言い合っている光景がいやだと思った。あまり気にして見てはいなかったが、小沢はいまどきのおしゃれな女子高生といった私服姿で、奏人と並ぶとよく似合う。
 それがなんだか今更になって、急に胸につっかかってしまった。

「大丈夫ですか? まだ気分が優れないようなら……」
「え? ああ、大丈夫。ちょっとぼーっとしちゃって」
「それならいいんですけど。はるな、たのしそうですね。藤吉くんと一緒だからかな」

 何気なく言われた言葉に、曖昧に笑うことが精一杯だった。陽大は奥原のほうが奏人に気があるのだと勘違いしていたが、彼女の言葉でようやく気づかされる。
 奥原と陽大をダシにして、奏人と遊びに行きたかったのは小沢なのだった。
 小沢がさっさと奏人をゴンドラへと引っ張り込んでしまったので、陽大は自然と奥原と取り残される羽目になった。次のゴンドラに乗り込むと、先のゴンドラの中で相変わらずのふたりが言い合っている様子が垣間見える。
 それがなんだか楽しそうに見えてもやもやとしてしまう。

「気になります? ふたりのこと」

 向かい合って座るとすぐ、奥原からそう言われた。ゴンドラ内は狭く、思っていたよりもずっと距離が近い。最初に比べて緊張がほぐれたつもりでも、簡単にまたぶり返してしまいそうな距離だった。

「……小沢さんって奏人のことすきなのかな?」

 奏人がなびくはずないと信じてはいても、ついそう口にしていた。奥原とのことを話さなければいけないとわかってはいるのに、気になるのは奏人のことばかりだと気づいてしまう。

「ごめん、こんなこと聞いて」
「いえ。実は、はるなが藤吉くんに告白したことがきっかけで、先輩のことを知ったんです」

 気弱そうに笑う様子にはまだ緊張が透けていたが、それでも声は震えていなかった。

「そうなの?」
「はい。藤吉くんのすきな人ってどんな人なんだろうって、はるなが調べ始めて。それで先輩のことを知りました」
「……は?」

 思わず間抜けた声が出た。