平凡くんはキラキラな幼馴染に甘やかされたい。

「先輩、ダブルデートしません⁉ うちらと先輩と藤吉で」
「えっと……」

 曖昧に笑んで言い淀むことしかできないでいると、いいじゃないですか! と圧をかけられた。いい考えなのにと言いたげな気が強そうな女の子の隣で、もうひとりが気弱そうに身を縮こまらせている。
 いったいどうしてこうなったのか、陽大はいまいちよくわかっていなかった。
 昇降口を出たところで奏人が来るのを待っていたらふたりに声をかけられ、あれよあれよといううちに人気のない校舎裏へと連れてこられてしまったのだ。
 奏人と同じネクタイの色から一年生だとわかる。陽大が知り得る情報はそれくらいで、あとは終始圧倒されっぱなしだった。

「ほら、(より)! 自分で言わないとだめじゃん!」
「で、でも……」

 依と呼ばれた気弱なほうが、戸惑うようにもうひとりを見た。手に持っている手紙に、緊張で握り締められるたびにしわが入っていく。
 陽大はてっきり、奏人に手紙を渡してほしいと言われるのだと思っていた。中学のころからそういう事態には慣れっこだったが、奏人がいい顔をしないので最近は断っている。
 それにしては少々強引すぎる気がしていた。奏人を誘うダシに使われているにしては、ちらちらと恥ずかしそうな視線を向けてくる気弱な彼女の態度に説明がつかない。

「もう! 依がついてきてっていったのに」
「だ、だって、目の前にしたら勇気が……」
「しょうがないなあ。先輩、これ読んであげてください」
「えっ? 俺でいいの?」

 奏人ではなくて? というはてなマークを浮かべる陽大に、気弱な彼女から手紙が差し出される。緊張で震える手から手紙を受け取ってしまったあとで、受け取るべきではなかったかもしれない、という気持ちが芽生える。
 奏人のいやがる顔がちらついた。彼の好意への返事を保留している分際で、おいそれと受け取ってしまうのは不誠実なような気がしたのだ。
 だが、受け取ってもらえたことに安堵の笑みを浮かべているその子を見たら、突き返すこともできなかった。困ったというよりは弱った。こういうのはすぐに断っておかないと、余計な希望を抱かせることになってしまう。

「それで先輩。週末のご予定は?」
「えっと、なんのためのダブルデート?」
「お互いを知るには遊びに行って親交を深めないと!」
小沢(おざわ)、ようちゃんになにか用?」

 だれとだれの親交? という疑問が口をついて出そうになったところへ、ようやく救世主が現れた。ほっとしたのも束の間、奏人が不機嫌そうに眉を寄せているのが不穏だ。警戒心を露わにしているのはわかるけれど、女の子相手にするような顔じゃない。
 しかし強気な彼女――小沢にひるむようすはない。

「藤吉が来たなら話は早いわ。今週末うちらと遊びに行こう」
「なんで」
「そこはそれとなく察するもんじゃん。依のために、お願い!」

 ぐっと力を込めて手を合わせる小沢に、奏人が盛大な溜息を零した。それに気弱なほうがびくっと肩を揺らすと、はじめてそこに彼女がいたことに気づいたような反応をする。

「なんだ、奥原(おくはら)もいたのか」
「う、うん。ごめんね、わたしのせいで」

 困ったように笑った彼女――奥原は、下手に強気に出ればすぐに泣きだしてしまいそうな雰囲気がある。小沢が庇うように奏人との間に入るのを見ると、彼女たちの関係性が垣間見えたような気がした。

「……いいんじゃない? ダブルデート」

 引き下がらない小沢に嫌気がさして、というよりは、奥原に同情の念を抱いてしまった。精一杯の勇気を振り絞ってここに存在している彼女を、早く解放してやりたいと思ってしまったのだ。
 陽大の言葉に奏人が信じられないと言いたげにこちらを振り向く。それに謝罪の意味を込めて苦笑いを浮かべながら、奏人を落ち着かせるようにその背を軽く叩いた。
 奏人の気持ちを知っている身としては、ふたりに申し訳ない気持ちはある。それでも一度遊びに行くくらいいいのではないだろうか?

「ようちゃん、言われてる意味わかってる?」

 諭すようにそう小声で言われるのへ、わかってるよと返した。
彼女たちは奏人を含めた四人で遊びに行きたいのだ。奥原の勇気や小沢の頑張りを無碍にしないためにも、ここはどうにか奏人を丸め込まなければいけない。

「一回だけ、遊んであげるくらいいいんじゃないか?」
「……ようちゃんがいいならいいけど」

 渋々といった様子で嘆息する奏人を尻目に、小沢がよかったね! と奥原へ笑いかけた。惚けたように頷いた奥原に、ありがとうございます! と勢いよく頭を下げられる。
 じゃあ連絡先を、とスマートフォンを取り出す小沢を奏人が遮った。どうやらふたりとは同じクラスのようで、ダブルデートの詳細は奏人を介して教えてもらうということに落ち着いた。
 まあ主役は奏人なのだし、陽大が口出す必要はない。そう高を括っていたのだが、ふたりと別れて学校を出たところで、陽大は衝撃の事実を知らされた。

「え? 奥原さんがすきなのって俺なの?」

 間抜けた声を出してしまうのへ、奏人がやっぱりわかっていなかったじゃないかと言いたげな目を向けてくる。

「なんで呼び出されたと思ってたの?」
「それは、奏人に取り次いでほしいのかな? って」
「ようちゃん、告白されたことあったよね? 自分が告白されているかどうか、ふつうわかるんじゃないの?」

 そう言われるとぐうの音も出ない。項垂れているところへ打ちをかけるようにわざとらしい溜息を吐かれると、ますます気持ちが落ち込んでいった。
 まず、気づかなかった自分の鈍感さが不甲斐なかった。奏人の気持ちを知りつつ巻き込んでしまったことも心苦しい。
 自分が当事者だと気づけていたら、陽大はもっとはっきりと断っていたのに、と後悔に苛まれた。奏人に想われている立場で、奏人への叶わない恋心を抱いている女の子に同情してしまうなんて、自分のお人良し加減にも嫌気がさしてくる。

「マジでごめん……いまから断ってこようか」
「それはいいよ、もう。大体、なんで行こうと思ったの。俺がいやがるってわかってたでしょ?」
「……なんだか申し訳なくて」
「うん?」
「奏人のことすきなんだと思ってたからさ。その、奏人は俺のことすきなんだよなって……、そう考えると、一回くらい想い出にデートしてあげてもいいんじゃないかなって」
「それはようちゃんが申し訳なく思うことじゃないよ」

 奏人に苦笑われて、またごめんと謝っていた。呆れたような笑みではあるけれど、その表情から不機嫌さが取れたことに安堵する。

「ようちゃん、自分が告白されてたってわかってたら、断るつもりだったんだ?」
「うん、まあ、そうだな」
「どうして?」

 自然な声音でそう問われて、思わず足を止めてしまった。奏人にどうしたの? と振り向かれるのへ、理不尽な感情が湧き上がってくる。

 ――告白してきたのはそっちなのに、どうしてそんな風に平然としていられるのだろう?

 奏人と女の子を引き合わせようとしていた自分のことは棚に上げて、そう思うのはずるいのかもしれない。それでも、なんだか腑に落ちない。
 陽大はずっと自分のものだとほざいたのは奏人のほうなのに、どうしてこちらがもやもやしなければいけないのだろう。
 通学路のど真ん中で立ち止まっているふたりは随分と目を惹いた。動こうとしない陽大を心配に思ったのか、大丈夫? と奏人に顔を覗き込まれる。
 綺麗に整った、中性的な顔。それが困ったように眉を寄せているのを見ると、胸の奥がむずがゆくなる。

「……俺があの子と付き合ってもなんとも思わないの?」

 そう小さく零すのへ、奏人の瞳が丸くなった。それからじわじわとした笑みが広がって、花が咲いたようになる。
「思っていいんだ?」

 そう言われた甘ったるい声に、鼓動がひとつときめいてしまった。それにぐっと言葉を詰まらせて、帰るぞ! と奏人の手を引く。
「ようちゃん? ねえ、ようちゃんってば」

 陽大の機嫌を取るように名を呼ぶ声に、柔い笑みが滲んでいるのがわかる。
 まだ応えられるかどうかもわかっていないのに、ぬか喜びをさせてしまったかもしれない。
 それでも陽大はすくなくとも、奏人の気持ちを差し置いてだれかと付き合うような不誠実なことはしたくなかった。