昼食を持って屋上へと向かいながら、そもそもどうしてこうなってしまったのだっけ? と考えを巡らせた。
奏人は小四に上がる春、マンションのひとつ上の階に引っ越してきた。母親と共に挨拶に訪れた奏人は女の子のようにかわいかった。だから『仲良くしてやってね』と奏人母から言われたときは、ちょっとドギマギした。ほんとうに男の子なのだろうか? と疑っていたことは、陽大だけの秘密だ。
奏人がほんとうに男の子だと知ったのは、近所の公園に遊びに行ったときだ。
その日陽大はひとり公園に向かっていた。公園に行けばだれかしら友達がいて、その場にいるみんなで遊ぶことが日課になっていた。
陽大は臆することなく友達を作りにいける、そんな子供だった。
奏人はひとり公園の隅にしゃがみ込んでいた。遊んで来いと言われたはいいが、友達の輪に入る気はない、と言いたげな、不機嫌そうな顔をしていた。
そのうち、近所のガキ大将が近づいていって一緒に遊ぼうと腕を取った。それをはらはらしながら見ていることしかできなかった陽大をよそに、奏人は自分よりも年上で大きな相手を易々と伸してしまった。不意を突かれたとはいえ、ガキ大将がだれかに転ばされたところなどだれも見たことがなかった。
『お、女のくせに……!』
『はあ? 俺は男だけど?』
あざけるように笑ったそのときの顔が、びっくりするくらい格好よく見えたことを覚えている。チカチカとした星が目の前に舞って、俄然仲良くなりたい! という気持ちが湧いてきた。
奏人は一度懐に入れた人間には態度が柔くなるようで、陽大には心を開いてくれた。暇さえあれば仲良く遊んでいるうちに、すっかり打ち解けて家族ぐるみで付き合うようになった。
懐いてくる奏人はかわいくて弟ができたみたいでうれしかったし、慣れない土地で不安だろうからとがんばってお世話しなければと意気込んでいた。
それがどうしてこうなってしまったのか、すっかり陽大のほうがお世話される立場になってしまったのである。
「ようちゃん、なに難しい顔してるの?」
屋上の扉を開けた途端、奏人の指摘が飛んできた。呆れたような声音にうっとなって、なんでもないよと誤魔化す。
「ようちゃんがそういう顔をしているときは、余計なことを考えているって決まってる」
そう追い打ちをかけられるのへ、そんなことはないと唇を尖らせる。昼食の菓子パンを齧りながら、奏人母特性のお弁当を広げる幼馴染をちらりと盗み見た。
なんだか最近、奏人がより輝きを増したように思えてならない。こいつ、俺のことすきなんだよなと思うたび、なんだかこそばゆいような、柔い気持ちになる気がする。
「……おまえ、俺の世話するの面倒じゃないの?」
「なにか言われた?」
「言われてはじめて、たしかに世話されてるかもって思って」
言っているうちに情けなくなってきた。そんな陽大とは裏腹に、なんだそんなことかと言いたげに奏人が笑う。
「ようちゃんはなにも気にしなくていいんだよ。俺には下心があるので」
涼し気な顔でしれっと言われた言葉に固まる。よほどおかしな顔をしていたのか、奏人が笑みを深くした。
「下心、って……?」
「俺がいないと生きていけないようになればいいのになって。そうしたらようちゃん、俺のこと手放そうなんて思わないでしょ?」
「平気な顔して怖いこと言うなよ」
「いいじゃん、これくらい。どうがんばったって同い年にはなれないんだし」
「なあ、おまえ俺のどこがすきなの?」
至って平凡な、その辺にいる男だぞ? という意味を込めて整った顔をじっと見つめてみる。
驚いたようにちょっと目を丸くした奏人の表情が、じわじわと甘い笑みに崩れていくのが目の毒だ。それでもそらしてしまうのは負ける気がする。
告白してきたくせに、決定的に踏み込んできたのはあの日だけだ。それから今日に至るまで、奏人は陽大に触れようともしてこない。
いや、べつに触ってほしいわけじゃないけど、と自分に言い訳をしながらも、もやもやとした気持ちを抱えていることは事実だった。
陽大の気持ちを伺うのではなく、なにかもっと決定的に踏み込んでくれたらいいのに! と思わずにはいられないのだ。
「最初は俺のこと、弟みたいに思ってくれるのがうれしかったんだ。でも、がんばってお世話しようとしてくれてるのに全然できてないところがおかしくて、なんてかわいい人なんだろうと思った」
「……褒めてる?」
「褒めてるよ。全方位に好意を振りまくくせに、自分が好かれていることには鈍感で放っておけなくなる。あと、自分の気持ちにも鈍感なところがかわいい」
「おまえのこと、すきだってこと?」
それは流石に自意識過剰過ぎないか? と言えたらいいのになあ! と思った。
奏人がそうでしょう? と言いたげに笑うから、つい言葉に詰まってしまう。
「俺が同い年じゃなくてよかったね。もし同じクラスだったら、ずーっとうざいくらい、いっしょにいるところだったよ」
「そんなにすきなの?」
ぽろりと零してしまった言葉に、奏人は答えなかった。そういうところが鈍いのだ、と言われているような気がするのは、きっと気のせいではないと思う。
奏人は小四に上がる春、マンションのひとつ上の階に引っ越してきた。母親と共に挨拶に訪れた奏人は女の子のようにかわいかった。だから『仲良くしてやってね』と奏人母から言われたときは、ちょっとドギマギした。ほんとうに男の子なのだろうか? と疑っていたことは、陽大だけの秘密だ。
奏人がほんとうに男の子だと知ったのは、近所の公園に遊びに行ったときだ。
その日陽大はひとり公園に向かっていた。公園に行けばだれかしら友達がいて、その場にいるみんなで遊ぶことが日課になっていた。
陽大は臆することなく友達を作りにいける、そんな子供だった。
奏人はひとり公園の隅にしゃがみ込んでいた。遊んで来いと言われたはいいが、友達の輪に入る気はない、と言いたげな、不機嫌そうな顔をしていた。
そのうち、近所のガキ大将が近づいていって一緒に遊ぼうと腕を取った。それをはらはらしながら見ていることしかできなかった陽大をよそに、奏人は自分よりも年上で大きな相手を易々と伸してしまった。不意を突かれたとはいえ、ガキ大将がだれかに転ばされたところなどだれも見たことがなかった。
『お、女のくせに……!』
『はあ? 俺は男だけど?』
あざけるように笑ったそのときの顔が、びっくりするくらい格好よく見えたことを覚えている。チカチカとした星が目の前に舞って、俄然仲良くなりたい! という気持ちが湧いてきた。
奏人は一度懐に入れた人間には態度が柔くなるようで、陽大には心を開いてくれた。暇さえあれば仲良く遊んでいるうちに、すっかり打ち解けて家族ぐるみで付き合うようになった。
懐いてくる奏人はかわいくて弟ができたみたいでうれしかったし、慣れない土地で不安だろうからとがんばってお世話しなければと意気込んでいた。
それがどうしてこうなってしまったのか、すっかり陽大のほうがお世話される立場になってしまったのである。
「ようちゃん、なに難しい顔してるの?」
屋上の扉を開けた途端、奏人の指摘が飛んできた。呆れたような声音にうっとなって、なんでもないよと誤魔化す。
「ようちゃんがそういう顔をしているときは、余計なことを考えているって決まってる」
そう追い打ちをかけられるのへ、そんなことはないと唇を尖らせる。昼食の菓子パンを齧りながら、奏人母特性のお弁当を広げる幼馴染をちらりと盗み見た。
なんだか最近、奏人がより輝きを増したように思えてならない。こいつ、俺のことすきなんだよなと思うたび、なんだかこそばゆいような、柔い気持ちになる気がする。
「……おまえ、俺の世話するの面倒じゃないの?」
「なにか言われた?」
「言われてはじめて、たしかに世話されてるかもって思って」
言っているうちに情けなくなってきた。そんな陽大とは裏腹に、なんだそんなことかと言いたげに奏人が笑う。
「ようちゃんはなにも気にしなくていいんだよ。俺には下心があるので」
涼し気な顔でしれっと言われた言葉に固まる。よほどおかしな顔をしていたのか、奏人が笑みを深くした。
「下心、って……?」
「俺がいないと生きていけないようになればいいのになって。そうしたらようちゃん、俺のこと手放そうなんて思わないでしょ?」
「平気な顔して怖いこと言うなよ」
「いいじゃん、これくらい。どうがんばったって同い年にはなれないんだし」
「なあ、おまえ俺のどこがすきなの?」
至って平凡な、その辺にいる男だぞ? という意味を込めて整った顔をじっと見つめてみる。
驚いたようにちょっと目を丸くした奏人の表情が、じわじわと甘い笑みに崩れていくのが目の毒だ。それでもそらしてしまうのは負ける気がする。
告白してきたくせに、決定的に踏み込んできたのはあの日だけだ。それから今日に至るまで、奏人は陽大に触れようともしてこない。
いや、べつに触ってほしいわけじゃないけど、と自分に言い訳をしながらも、もやもやとした気持ちを抱えていることは事実だった。
陽大の気持ちを伺うのではなく、なにかもっと決定的に踏み込んでくれたらいいのに! と思わずにはいられないのだ。
「最初は俺のこと、弟みたいに思ってくれるのがうれしかったんだ。でも、がんばってお世話しようとしてくれてるのに全然できてないところがおかしくて、なんてかわいい人なんだろうと思った」
「……褒めてる?」
「褒めてるよ。全方位に好意を振りまくくせに、自分が好かれていることには鈍感で放っておけなくなる。あと、自分の気持ちにも鈍感なところがかわいい」
「おまえのこと、すきだってこと?」
それは流石に自意識過剰過ぎないか? と言えたらいいのになあ! と思った。
奏人がそうでしょう? と言いたげに笑うから、つい言葉に詰まってしまう。
「俺が同い年じゃなくてよかったね。もし同じクラスだったら、ずーっとうざいくらい、いっしょにいるところだったよ」
「そんなにすきなの?」
ぽろりと零してしまった言葉に、奏人は答えなかった。そういうところが鈍いのだ、と言われているような気がするのは、きっと気のせいではないと思う。

