平凡くんはキラキラな幼馴染に甘やかされたい。

「やっべ、体操着入ってない……」

 うそだろ、と体操着の袋をひっくり返すのへ、友達たちから呆れたように笑われる。

「またかよ、陽大! 相変わらずだなあ」

 鼻で笑ったのは相沢(あいざわ)で、一年のときに同じクラスになったときからの縁だ。運動神経はいいが勉強となるとからっきしだめで、よく授業中に居眠りをしては先生に怒られている。

「藤吉から貸りて来いよ。走れば間に合うって」

 至極冷静にそう助言をくれる結城(ゆうき)に、陽大は曖昧に唸る。メガネ男子でいかにも真面目そうに見える結城は頭がよく、テスト前になると相沢から泣きつかれているのをよく目にした。陽大は二年で同じクラスになってから一緒につるむようになったが、相沢とは中学からの仲だという。
 他人事だと思ってケラケラと笑いながら体操着に着替えていく友人たちが恨めしい。ジャージの上下や半ズボンは入っているのに、半袖の体操着だけが入っていなかった。冬ならまだしも、秋口とはいえまだまだ暑いこの時期に、長袖のジャージ姿で授業に出るのは現実的でない。
 授業と授業の間の休み時間は十分間、体育のときは着替えと移動を加味して最初の五分が与えられているものの、奏人に貸りに行くとなるとすぐに出ないと間に合わない。奏人のクラスと陽大のクラスは校舎の正反対の位置にあるからだ。
 悩んでいる暇はないとわかってはいても、おいそれといつも通りに貸りにいくのは気が引ける。
 あれから奏人は普段通りに接してくれているし、告白の返事を急かしてくることもない。気まずいと思っているのは陽大のほうだけで、あまりに奏人がいつも通りなので、告白されたことすら夢だったのではないかと思ってしまいそうなくらいだった。
 それでも告白してきた相手から体操着を貸りるというのはどうだろう。
 そんなことを思っているうちに、着替え終わった相沢たちにどうするのだと急かされた。

 ――腹が痛いって休むか?

 いっそ暑さを我慢してジャージで出る? だが今日はトラックを走ると聞いていた気がするから、暑くてくたばるかもしれないし……
 悩んでいるうちにどんどんと時間が差し迫ってくる。休み時間が終わってしまえば、奏人に体操着を貸りに行くことはできない。移動教室だった場合はそもそもがアウトだ。
 答えが出ないまま悶々とする陽大に、救世主の声がかかった。

「鈴木、これ着ろよ」

 そう言ってぐしゃぐしゃの体操着を差し出してくれたのは町田(まちだ)だった。

「えっ、いいの?」
「おう。ぐしゃぐしゃで悪いけど」
「町田、ちゃんと洗ってあるのかー?」

 相沢にそう揶揄されるのに、洗ってあるわ! と町田が言い返した。
 友達のグループが違うので普段からつるんではいなかったが、町田は野球部でノリがよく、困っている友達をよく助けているところを目にする。やっぱり、いい奴だ。
 ありがたく受け取った体操着に急いで着替えた。グラウンドに向かう道すがら、結城が憐れむような目を町田へと向けていた。それから町田の名が入った少々大きい体操着を着た陽大にも、同じような視線を寄越す。

「なんだよ。なにか言いたいことでもあんの?」
「いや、あいつあとで藤吉に睨まれるんだろうなあと思ってさ」
「それは俺も思った!」
「なんでだよ」

 同意した相沢にそう突っかかると、やれやれと言いたげに首を振られる。顔を見合わせたふたりは授業が終わればわかるとだけ言って、なにもわかっていない陽大を早くしろと急かす。

 ――ふたりしてなんなんだよ。

 なんで町田が奏人に睨まれなきゃいけないんだ。
 そうむっとしながら、陽大はどうにか遅刻せずにグラウンドへと辿り着いた。



「で、結局なんなんだよ。どうして町田が奏人に睨まれるって?」

 無事に体育を終えて教室へと戻りながらふたりを問い質すと、だってなあ? とまたふたりが顔を見合わせる。
 町田はほかの友達と談笑しながらさきに行ってしまったので、あとで洗って帰すと言わないとなあと考えていたところへ、

「ようちゃん。体操着忘れたの?」

 とちょっと不機嫌そうな奏人と鉢合わせた。

「奏人、さきに行ってるぞ」

 陽大に逢ったときの奏人の様子をわかっているのだろう、彼と共にいた友人はにやにやとしながらさっさと行ってしまった。

「俺は藤吉に貸りに行けって言ったぞー」

 町田を庇うつもりなのか、はたまた保身のためか、結城がそう言うのへ、相沢が抜け駆けか⁉ と言いたげな目を向けた。

「あ、結城ずるい!」

 相沢と結城がそばでわちゃわちゃするのを尻目に、むっとしている奏人に気まずさを覚えた。たしかに忘れ物をしたときは奏人によく助けてもらってはいる。けれど学年が違う以上、これまでだって別のクラスの友達から教科書などを貸りることはよくあった。
 まあ、体操着はなかったかもしれないけれど。

「どうして今日は俺のとこに来なかったの?」
「だってそれは、なんか気まずくて……ごめん」

 なんで謝らなきゃいけないんだ? と思いながら、自然と言葉が口をついて出た。
 奏人を不機嫌にするのは本意ではない。それでなくとも気まずく感じていることを申し訳なく思っているというのに。

「着替えてくるから、一緒に飯食おう?」

 恐る恐るそう見上げるのへ、奏人がぐっと言葉を詰まらせた。言いたいことは山ほどあるけれど、人がいる手前我慢しているといったところだろう。

「わかった。屋上で待ってるね」
 盛大な溜息を吐いて、奏人が折れた。
 結局のところ、この男は陽大に甘い。怒っていても謝ればすぐに折れてくれるので、喧嘩が長く続いた試しはない。
 そういうところがかわいい。

「なあ、陽大。おまえ藤吉にお世話されるのやめたの?」
「は? お世話?」
「されてるだろう、お世話。しょっちゅう忘れ物しちゃあ藤吉に貸りに行ってるし、怪我したって聞けば保健室に飛んでくるし。なに、自覚ねぇの?」

 奏人と別れて教室がある階へと階段を上りながら、相沢からそんなことを言われた。
 まったく自覚がなかったことに愕然とする陽大に、結城がしれっと追い打ちをかけてくる。

「藤吉がいなければ、おまえはまともな学校生活は送れていないだろうな」
「さすがにそこまでじゃない! と思う……」

 尻すぼみになる反論は、ふたりに笑い飛ばされた。
 教室でさっさと制服に着替えながら、そんなにお世話されているだろうかと思い返してみる。
 相沢が言うように、陽大の忘れ物はしょっちゅうだ。しっかりと準備をしてから寝たつもりが、うっかり入れ忘れていたということがよくある。朝起きるのが苦手なので、遅刻しないようにほぼ毎日迎えに来てもらっているし、宿題を忘れがちな陽大のために放課後は課題に付き合ってもくれる。
 たしかに、これでお世話されていないと強がるのは些か不利かもしれない。

「自立できるようがんばらないとなあ」

 そうぼやく陽大のせっかくの決意は、しかし結城の言葉によってへし折られた。

「大人しく世話されてたほうが身のためだと思うぞ」