平凡くんはキラキラな幼馴染に甘やかされたい。

「はぁ⁉ 藤吉 奏人に告白されたぁ⁉」
「声がでかいって!」

 慌ててその口を塞ごうとする陽大に、みづほが自ら口を塞いでごめんと目で謝ってきた。放課後のファミレスの、そこそこいる人たちの目線が集まってくるのが痛い。みづほがぺこぺこと頭を下げて誤魔化して、視線から逃げるように身を低くした。

「なんでそんなことになったわけ?」
「なんでって、それは俺が聞きたいんだけど」

 同じように身を低くして、お互いにしか聞こえない声でひそひそと喋る。
 高校の近所にあるファミレスは放課後の溜まり場になっているので、同じ学校の生徒がいる率が当たり前に高い。それなのにここへ来てしまったことを今更になって後悔し始めた。相談を持ちかけた相手から、期間限定のデザートが食べたいとごねられたのだ。
 顔を寄せ合ってひそひそやっていたら、期間限定のパフェを運んできた店員に怪訝そうな視線を向けられた。
 笑って誤魔化して、お互いにソファへと背を押しつける。それなりに混雑してきた店内はある程度賑やかしかったので、大きな声で話さなければ大丈夫そうではあるけれど。

「まぁ、藤吉くんがようちゃん至上主義なのは知ったけどさ」
「え? 知ってたの?」
「だって一緒にいるとすごい目で睨まれるもん。あんたとはただの友達だよって散々言っても信じてくれないし。今日もよく許してもらったね」
「みづほと行くとは言ってないから」

 はぁと重苦しい溜息が零れた。ドリンクバーから取ってきたコーラをなんともなしにストローでかき混ぜる。そんな陽大とは対照的に、気を取り直したみづほは期間限定のパフェを目の前にしてきらきらと顔を輝かせていた。
 みづほとは小学校からの腐れ縁で、今でも時々こうして逢う。高校に進学する際に進路が分かれたが、最寄りの駅が同じため、なにかと理由をつけてはこうしてファミレスやらカラオケやらで暇を潰す相手になっている。
 年頃の男女なので付き合っているのだろうと揶揄われることはあったが、ふたりの間には友情以上の気持ちはない。なんとなく気が合って話しやすいし、ずばりと意見を言ってくれる。はじめて彼女ができたときも相談に乗ってくれたし、今回もひとりでは抱えきれないもやもやをどうにかしてくれるのではと期待する気持ちがあった。相談する相手としては実に重宝する存在なのだ。

「わたしの学校でも藤吉くんは人気だもんなぁ。彼女になりたいと思っている子はいっぱいいると思うよ?」
「それがどうして、よりにもよって俺?」
「あんたが気づいていなかっただけなんじゃない? あの子、ようちゃんのいちばんを手に入れるためなら手段を択ばないというか」

 一端パフェを食べる手を止めたのは、陽大の知らない奏人の一面を思い返しているからだろう。友達伝手に聞かされる奏人の一面は陽大から見えている彼とは微妙に異なっている。そんなことはないだろうと思うことが多々あるが、それも陽大には見せてくれない奏人の一面なのだろう。
 小学生のころ、ひとつ年下とはいえ、奏人は暇さえあれば陽大のクラスに遊びに来ていたから、みづほとも面識がある。
 中学になっても変わらず、昼休みは弁当を食べようと誘いに来たし、放課後に至っては一緒に帰ろうとほとんど毎日迎えに来ていた。
 高校生になってからは流石に頻度は減ったものの、最低週に三日は一緒にお昼を食べているし、互いに用事がないときは必ず一緒に帰っていた。奏人が入学したてのころはクラスまで来てくれていたのだけれど、女の子たちからの視線が痛すぎて早々にギブアップした。いまは校門のところで待ち合わせることに落ち着いている。
 そこでふと、あれ? と思った。こうして思い返してみると、いくら幼馴染だからとはいえ構われ過ぎではないだろうか? たしかに、陽大は奏人と仲がいい。他の友達と比べても、約束が被ったら奏人の方を優先してやりたくなる。そうやって奏人が懐いてきてくれたから、陽大としてもかわいい弟のように思っていたのだけれど。

「奏人って友達いっぱいいるよな?」
「いるだろうねぇ。いかにも一軍男子って感じじゃない。藤吉くんはSNSやってないけど、人気の子たちって大体やってるでしょう? それに映り込んでいるだけで、わたしのクラスでは大騒ぎになるくらいだし」
「一緒に歩いてるとスカウトする人から声かけられることある」
「それなのに、ようちゃんを最優先にしてくれる理由はなんだと思ってたの?」

 ちょっと馬鹿にされたように鼻で笑われたのが、ぐさりと心に刺さった。そう言われたら返す言葉も見つからない。その理由がすべて、あの日言われた奏人の言葉に集約されている気がする。
 陽大に彼女ができたとき、死ぬほど後悔した。
 まさかと疑う気持ちがないと言えば噓になるが、それはきっと奏人の心からの本心だったのだろう。
 あれやこれやを思い返しているうちに、奏人から想われていると実感するに足る情報が積み重なってしまった。なんだか胸の奥が疼くような感覚に頬を赤くして、その熱を覚ますために冷たいコーラを飲み干す。それでも胸の内に燻る淡い熱は冷める様子がなかった。元カノと付き合っていたときだって、こんな気持ちになったことなどないのに。

「いちばん仲のいい友達なのかな、くらいには思っていたけど、」
「いちばん仲のいい友達と、すきなひとの境界線ってなんだと思う?」
「その境界を飛び越えたって言いたいのか?」
「藤吉くんはとっくの昔に飛び越えてるでしょ。それを越えようとしているのはようちゃんだよ」
「え? 俺?」
「藤吉くんとどっちが大事なの? って彼女にフラれる時点で気づくべきだよ。自分にとってだれがいちばん大切で、最優先なのか。わたしにどうしようって相談している時点でさ、答えは出てるようなもんでしょう?」

 ぐさぐさと、陽大が気づいていない部分の核心をつかれた。正論中の正論に返す言葉もなくて、テーブルの上で撃沈する。それでもまだ、自分が奏人に対して抱いている気持ちの本質は見えない。
 はじめての彼女ができたとき、浮かれて奏人とみづほに報告した。みづほは色々と相談に乗ってくれたので、陽大がフラれる一部始終まですべて知っている。
 陽大は無意識のうちに、元カノよりも奏人のことを最優先にしてしまっていた。一緒にいた癖が抜けなかったというよりも、奏人の優先順位のほうがその子よりも高かったからだ。
 だからと言って奏人がそういう意味ですきだということにはならない。ならないけれども。

「ねぇ、激重彼氏がこっちに向かってきているんだけど」

 隠れるように身を低くしたみづほにそう囁かれて、思わず顔を上げてしまった。そちらの方を振り向くと、店内中の視線を集めながら奏人がこちらへと向かってくる。
 一体どうして、ここにいることがわかったのだろう。いやいや、俺に逢いに来たってわけじゃないかもしれないし、とひとり問答していたところで、奏人がみづほに挨拶をした。

「みづほちゃん、久しぶり」
「久しぶり~、藤吉くん元気そうだね。相変わらず女の子の視線集めちゃって」
「気のせいだよ。それに、いちばん見て欲しい人に見てもらえないなら意味がないでしょ?」

 にこやかな声音がぐさぐさと陽大に突き刺さってくるのがいたたまれなかった。勝手に陽大の隣に収まると、長い腕を伸ばしてタブレットからドリンクバーを注文する。
 通路側に座られて、完全に逃げ道を塞がれた。陽大の分までドリンクを取りに行ってくれている間に、みづほから同情するような視線を向けられる。

「激重彼氏ってなんだよ。まだ彼氏じゃないし」
「そういう問題じゃないでしょ。これ食べたら帰ろうかな。藤吉くんといると目立つからいやなんだよね」
「それこそ気のせいだろ」
「そうか、藤吉くんしか見えてないからわからないのか」

 相談に乗ってもらった立場とはいえ、やれやれと言いたげな態度を取られると腹が立つ。そして本当に彼女はさっさとパフェを食べ終えると、奏人が戻ってきたタイミングで席を立ってしまった。

「もう帰るの?」
「うん。馬に蹴られたくはないからね。わたしの分はようちゃんが払ってくれることになってるから」

 じゃあね、と帰っていくみづほを恨みがましく見送っていると、目の前に新しい飲み物が入ったコップを置かれた。みづほが座っていた席に収まった奏人が、なにか食べる? とメニューを差し出してくる。
 色々と胸がいっぱいだったので、要らないと突っ撥ねた。一体どうしてここにいるのがわかったのかを、考えていたら怖くなってきたからだ。

「俺はなんか食べようかな」
「おばさんが夕飯作ってくれてるんじゃないの?」
「今日は記念日だからふたりでご飯食べに行くって言ってたんだよね」
「ふぅん。じゃあうちに食べにくれば?」

 いつもの調子でそう答えてしまってから、奏人が目を丸くしていることに気づいた。どうしてそんな顔を? と思っていると、僅かに身を乗り出した奏人が声を潜めた。

「この前俺から告白されたこと、わかってる?」
「ちゃんとわかってるよ。だからみづほに相談してたのに」
「ふぅん? それでみづほちゃんはなんだって?」
「それをお前に言ったら、わざわざお前抜きで相談してた意味がないだろ」
「それはそうか」
「なぁ、どうしてここだってわかったの?」
「連絡したけど反応がなかったから心配になって、GPSで調べた」

 さも当たり前のようにそう言われたので、ふぅんと流しそうになってはたとする。普通に考えたら、赤の他人にそんなことができるはずがない。いや、赤の他人というにはかなり親しい間柄だけれど、それでもGPSなんてものは知らない。
 陽大の家で夕飯をごちそうになることにしたのか、奏人がメニューを戻した。コーヒーを飲むのがいやに絵になるけれど、今はそれに感心している場合でもない。

「GPSってなんのこと?」
「ええ? 初めてケータイ買ったときに一緒にアプリ入れたでしょ? 覚えてない?」
「お、覚えてない」

 たぶん、そんなことは絶対にないけれど、奏人から悪びれもせずにそう言われるとそういう気がしてくるのが怖かった。思っていたよりもずっと、奏人からの愛が思い。それに気づきながら、仕方がない奴だなあで済ましてしまう自分もどうかと思うけれども。

「ようちゃん、気まずくてしばらく俺のこと避けてるでしょ? でも、俺は逃がす気がないので」
「未来永劫なんとかってやつ?」
「ああそれは俺の願望だから気にしなくていいよ。でも、フラれることは想定してない」
「なんでそんなに強気なの?」

 思わず呆れてしまうのに、奏人が笑う。その顔が本当に綺麗なのに、向けられている先がどこにでもいる普通の男であることが限りなく残念だ。

「ようちゃんのこと、いつから見てると思ってるの? 俺の片想いをなめないで欲しい」