床になぜか寝っ転がって幼馴染に見下ろされながら、陽大はどうしてこうなったのかを考えていた。
今日は奏人の部屋で課題を見てやる約束だったから、彼が帰ってくるまでおとなしく暇を潰していたはずで……
ああそうだ、押し倒されたんだと思考が追いつくとともに、手首を掴まれる力強さにぎょっとする。
ついこの間まで同じくらいの体格で、背だって同じくらいだった。それがこの一年で奏人の身長がぐんと伸びて、越えられてしまったことを悔しがったのは記憶に新しい。
「あのー、奏人くん? これは一体どういう状況?」
こんな風に真剣な顔で見つめられると、なんだかそわそわして落ち着かない。それにすこし泣きそうな顔をしているように見えた。
手を伸ばしてその頬を柔く親指で撫でてやれば、擽ったそうに頬を摺り寄せてくるのがかわいい。ほんの少しだけ表情が和らいだことには安堵したものの、押し倒されている状況には変わりがない。
藤吉 奏人は同じマンション住む幼馴染で、幼いころから暇さえあれば一緒に遊んでいた間柄だ。奏人のほうがひとつ年下で、昨年陽大を追いかけるように同じ高校に進学してきた。その途端、いつの間にやら随分と女の子に騒がれる存在になってしまった。
背が高くて顔がきれいな男は女の子からよくモテる。人懐っこそうな雰囲気とは裏腹に、はっきりと意見を言う性格のギャップが素敵なのだそうだ。
一方の陽大は奏人とは正反対の、ごくごく普通な男子高校生だった。一軍男子ではないけれど、クラス全員とそれなりに仲よくやれるタイプだと思っている。容姿はよくも悪くもないけれど、高校一年生のころには一応彼女もいた(すぐに別れたけど)。
そんな平凡な自分が奏人から懐かれている理由がよくわからない。ただ一緒にいると楽だし、かわいい幼馴染に頼ってもらえるのがうれしい。そしてそのうち飽きて離れられたら寂しい。
ただそれだけだ。
「なに? 学校でいやなことでもあったか?」
「いやなことはあったよ。でも学校で、じゃない」
「俺がなんかした?」
「ようちゃん、あの子とお似合いだねって言ったでしょう?」
ああ、それか、と合点がいった。
なぜだか、奏人は陽大から女の子といるところを揶揄われるのをいやがるのだ。
この通りの綺麗な顔だから、女の子たちからの告白があとを絶たないことを知っている。時折女の子と歩いているところを見かけることがあるけれど、以前一度それを揶揄したら喧嘩になった。いつもなら謝ればすぐに許してくれるのに、このときばかりはなかなか口をきいてくれなかったので随分と焦らされたことを覚えている。
どれだけ告白されようが、奏人には恋人を作る気はなさそうだった。それでも時折、女の子と一緒にいるところを見かける。
今日だってそうだった。
そもそも一緒に帰る約束を反故された時点で、そういうことだとはわかってはいたのだ。そのあと奏人の部屋で課題をやる予定だったから、それもなしかとちょっと残念に思ったことは内緒にしておく。
結局奏人から先に部屋で待っていてほしいと言われたので、上がらせて待たせてもらっていた。いまごろデートしているのかなあと羨ましがりつつ、自分の課題を終えてしまうと、手持無沙汰になってしまった。
そこに慌てて帰ってきた奏人があまりに申し訳なさそうだったから、雑談ついでに女の子と一緒にいたら仕方がないよとフォローを入れた。実際、実にお似合いに見えたのだ。
気にすることはないという意味に過ぎなかったのに、なにかが奏人の癪に障ったらしい。これは完全に陽大が悪いので、素直にごめんと謝るしかない。
「悪かったよ、おまえがいやがるのわかってたのに」
「あの子は別になんでもないよ。付き合ってくれってしつこかったから、一緒に帰ってあげただけ。ただそれだけだから」
「わかったからどいてくれよ。英語の課題やるんだろう?」
「全然わかってないよ、ようちゃん」
手首を掴まれている手に力が籠るのがわかった。俯いてしまったその顔が、前髪に隠れてよく見えない。その表情を見ようと前髪に伸ばした手を掴まれた。床に縫い留められて指を絡められると、流石に鈍いと言われる陽大でも様子がおかしいことくらいはわかる。
――すげえ怒ってるなあ。
また奏人の機嫌をこじらせてしばらく無視されるのは勘弁したい。どう謝ったら許してもらえるかと焦り出したところで、彼の額が胸へと落ちてきた。
僅かな重みに驚いて鼓動が跳ねる。
「なに、怒っているわけじゃないの?」
「怒ってるっていうか、全然意識されてないなぁとは思ってる」
「意識なんてするかよ。俺は女の子じゃないんだから」
「そうだよ。でも、俺がすきなのはようちゃんなんだよ」
――うん? なんかいま、とんでもないことを言われたな?
「えーっと、いま、すきとか聞こえたんだけど、それってどういう意味?」
随分と間抜けなことを聞いた自覚はちゃんとある。けれどそれ以上、どう反応をしていいのかわからなかった。
陽大だって奏人のことはすきだ。けれどその気持ちはあくまでもフラットで、幼馴染として、年下の友人として好いているだけに過ぎない。のだと、思っていたのだけれど。
「ようちゃん、流石に鈍すぎるよ?」
顔を上げた奏人が呆れたようにそう言って、唇を尖らせた。拗ねたときにするその顔は大きくなっても相変わらず子供っぽくて、つい陽大の頬も笑みに崩れてしまう。
はぁ、と盛大な溜息を吐かれたかと思ったら、もういいやと奏人が上からどいてくれた。手を引っ張って起こされると、今度は真摯な表情と顔を合わせる羽目になる。彼がこういう顔をするときは、本気であることを知っている。
陽大の中に鈍いという自覚はない。けれど奏人からはそう言われるし、他の友達からもそう言われるし、元カノからも言われたことがある。それらを総称すると、どうやら陽大は人からの好意に気づきにくいらしいのだ。
だから奏人からの気持ちの意味を確かめずにはいられなかった。
だって、勘違いだったら困るし。
「俺はようちゃんとちゅーしたいし、あわよくば付き合いたいと思ってる」
「あわよくばって」
「ようちゃん、意外とモテるんだよ? 昨年彼女ができたとき、俺が死ぬほど後悔したこと知らないでしょ」
「なんでお前が後悔するんだよ」
「そりゃあするでしょ。自分のものを取られたんだから」
「は?」
つい間抜けな声が出た。
奏人のものになった覚えはなかったし、そう思われていたことすら初耳だ。改めて考えてみると、ちょっと過剰に構われているきらいはたしかにあった。
てっきり陽大の方が年下の奏人を構ってやっているとばかり思っていたが、ここ最近のことを思い返せば大分甘やかされているような……?
「えーっと、いつから俺は奏人くんのものになったんでしょう?」
「俺はずっとそのつもりだけど。ようちゃんはずっと俺のものなんだよ。未来永劫」
「未来永劫⁉」
「だって、ようちゃん。俺のことすきでしょう?」
女の子だったらだれだって落ちてしまうような笑みを向けられて、正直ぞっとした。優しくてちょっと気弱だと思っていた幼馴染は、その下に大分深い執着を隠し込んでいたらしい。
奏人のことは嫌いじゃない。
でも、そういう意味ですきかと問われると考えてしまう。今まで漠然と女の子ってかわいいなー、すきだなーと思って生きてきた陽大なのだ。
はてさて困った。
全然、いやじゃないのだ。
今日は奏人の部屋で課題を見てやる約束だったから、彼が帰ってくるまでおとなしく暇を潰していたはずで……
ああそうだ、押し倒されたんだと思考が追いつくとともに、手首を掴まれる力強さにぎょっとする。
ついこの間まで同じくらいの体格で、背だって同じくらいだった。それがこの一年で奏人の身長がぐんと伸びて、越えられてしまったことを悔しがったのは記憶に新しい。
「あのー、奏人くん? これは一体どういう状況?」
こんな風に真剣な顔で見つめられると、なんだかそわそわして落ち着かない。それにすこし泣きそうな顔をしているように見えた。
手を伸ばしてその頬を柔く親指で撫でてやれば、擽ったそうに頬を摺り寄せてくるのがかわいい。ほんの少しだけ表情が和らいだことには安堵したものの、押し倒されている状況には変わりがない。
藤吉 奏人は同じマンション住む幼馴染で、幼いころから暇さえあれば一緒に遊んでいた間柄だ。奏人のほうがひとつ年下で、昨年陽大を追いかけるように同じ高校に進学してきた。その途端、いつの間にやら随分と女の子に騒がれる存在になってしまった。
背が高くて顔がきれいな男は女の子からよくモテる。人懐っこそうな雰囲気とは裏腹に、はっきりと意見を言う性格のギャップが素敵なのだそうだ。
一方の陽大は奏人とは正反対の、ごくごく普通な男子高校生だった。一軍男子ではないけれど、クラス全員とそれなりに仲よくやれるタイプだと思っている。容姿はよくも悪くもないけれど、高校一年生のころには一応彼女もいた(すぐに別れたけど)。
そんな平凡な自分が奏人から懐かれている理由がよくわからない。ただ一緒にいると楽だし、かわいい幼馴染に頼ってもらえるのがうれしい。そしてそのうち飽きて離れられたら寂しい。
ただそれだけだ。
「なに? 学校でいやなことでもあったか?」
「いやなことはあったよ。でも学校で、じゃない」
「俺がなんかした?」
「ようちゃん、あの子とお似合いだねって言ったでしょう?」
ああ、それか、と合点がいった。
なぜだか、奏人は陽大から女の子といるところを揶揄われるのをいやがるのだ。
この通りの綺麗な顔だから、女の子たちからの告白があとを絶たないことを知っている。時折女の子と歩いているところを見かけることがあるけれど、以前一度それを揶揄したら喧嘩になった。いつもなら謝ればすぐに許してくれるのに、このときばかりはなかなか口をきいてくれなかったので随分と焦らされたことを覚えている。
どれだけ告白されようが、奏人には恋人を作る気はなさそうだった。それでも時折、女の子と一緒にいるところを見かける。
今日だってそうだった。
そもそも一緒に帰る約束を反故された時点で、そういうことだとはわかってはいたのだ。そのあと奏人の部屋で課題をやる予定だったから、それもなしかとちょっと残念に思ったことは内緒にしておく。
結局奏人から先に部屋で待っていてほしいと言われたので、上がらせて待たせてもらっていた。いまごろデートしているのかなあと羨ましがりつつ、自分の課題を終えてしまうと、手持無沙汰になってしまった。
そこに慌てて帰ってきた奏人があまりに申し訳なさそうだったから、雑談ついでに女の子と一緒にいたら仕方がないよとフォローを入れた。実際、実にお似合いに見えたのだ。
気にすることはないという意味に過ぎなかったのに、なにかが奏人の癪に障ったらしい。これは完全に陽大が悪いので、素直にごめんと謝るしかない。
「悪かったよ、おまえがいやがるのわかってたのに」
「あの子は別になんでもないよ。付き合ってくれってしつこかったから、一緒に帰ってあげただけ。ただそれだけだから」
「わかったからどいてくれよ。英語の課題やるんだろう?」
「全然わかってないよ、ようちゃん」
手首を掴まれている手に力が籠るのがわかった。俯いてしまったその顔が、前髪に隠れてよく見えない。その表情を見ようと前髪に伸ばした手を掴まれた。床に縫い留められて指を絡められると、流石に鈍いと言われる陽大でも様子がおかしいことくらいはわかる。
――すげえ怒ってるなあ。
また奏人の機嫌をこじらせてしばらく無視されるのは勘弁したい。どう謝ったら許してもらえるかと焦り出したところで、彼の額が胸へと落ちてきた。
僅かな重みに驚いて鼓動が跳ねる。
「なに、怒っているわけじゃないの?」
「怒ってるっていうか、全然意識されてないなぁとは思ってる」
「意識なんてするかよ。俺は女の子じゃないんだから」
「そうだよ。でも、俺がすきなのはようちゃんなんだよ」
――うん? なんかいま、とんでもないことを言われたな?
「えーっと、いま、すきとか聞こえたんだけど、それってどういう意味?」
随分と間抜けなことを聞いた自覚はちゃんとある。けれどそれ以上、どう反応をしていいのかわからなかった。
陽大だって奏人のことはすきだ。けれどその気持ちはあくまでもフラットで、幼馴染として、年下の友人として好いているだけに過ぎない。のだと、思っていたのだけれど。
「ようちゃん、流石に鈍すぎるよ?」
顔を上げた奏人が呆れたようにそう言って、唇を尖らせた。拗ねたときにするその顔は大きくなっても相変わらず子供っぽくて、つい陽大の頬も笑みに崩れてしまう。
はぁ、と盛大な溜息を吐かれたかと思ったら、もういいやと奏人が上からどいてくれた。手を引っ張って起こされると、今度は真摯な表情と顔を合わせる羽目になる。彼がこういう顔をするときは、本気であることを知っている。
陽大の中に鈍いという自覚はない。けれど奏人からはそう言われるし、他の友達からもそう言われるし、元カノからも言われたことがある。それらを総称すると、どうやら陽大は人からの好意に気づきにくいらしいのだ。
だから奏人からの気持ちの意味を確かめずにはいられなかった。
だって、勘違いだったら困るし。
「俺はようちゃんとちゅーしたいし、あわよくば付き合いたいと思ってる」
「あわよくばって」
「ようちゃん、意外とモテるんだよ? 昨年彼女ができたとき、俺が死ぬほど後悔したこと知らないでしょ」
「なんでお前が後悔するんだよ」
「そりゃあするでしょ。自分のものを取られたんだから」
「は?」
つい間抜けな声が出た。
奏人のものになった覚えはなかったし、そう思われていたことすら初耳だ。改めて考えてみると、ちょっと過剰に構われているきらいはたしかにあった。
てっきり陽大の方が年下の奏人を構ってやっているとばかり思っていたが、ここ最近のことを思い返せば大分甘やかされているような……?
「えーっと、いつから俺は奏人くんのものになったんでしょう?」
「俺はずっとそのつもりだけど。ようちゃんはずっと俺のものなんだよ。未来永劫」
「未来永劫⁉」
「だって、ようちゃん。俺のことすきでしょう?」
女の子だったらだれだって落ちてしまうような笑みを向けられて、正直ぞっとした。優しくてちょっと気弱だと思っていた幼馴染は、その下に大分深い執着を隠し込んでいたらしい。
奏人のことは嫌いじゃない。
でも、そういう意味ですきかと問われると考えてしまう。今まで漠然と女の子ってかわいいなー、すきだなーと思って生きてきた陽大なのだ。
はてさて困った。
全然、いやじゃないのだ。
