「……やっぱり別の店がいい」
「え?」
瀬名先輩と人気のラーメン屋に並んでいた僕は、あと一組で順番が回ってくる段階になってとんでもない我がままを口にした。
スクエアワンでボーリングをしたあと、小腹が減ったと言ってこの店に連れてきたのは僕なのに、だ。
案の定先輩は目を丸くしている。珍しく僕が行きたい店を指定したことに、さっきまで喜んでいたのに……。
ずーんと重い罪悪感に苛まれながら、近くにあるハンバーガー屋を指さした。
「あそこ。パイナップル入ったハンバーガー食べたい」
「いいね。行こうか」
先輩は「俺らは抜けるんで、どうぞ」と後ろの人に声をかけてから、ハンバーガー屋の方へと歩いていく。ちなみにそっちも人気のハワイアングルメバーガーの店で、ラーメン屋ほどではないが並んでいた。
ぽかん、と長身の背中を見ていると、先輩が振り返る。
「どうした? 祥、飴食べる?」
「……食べる」
全く怒ってなさそうな、むしろ楽しそうな顔で先輩が僕に手を差し出してくる。イケメンの輝かしい微笑みに、近くにいた女の人が「わぁ……」とほうけた声を上げていた。
子どもかなにかだと思われているのか、先輩が飴を僕の口に入れてきてころころと舐める。ハンバーガー屋の列に並び直した。
僕は隣で機嫌が良さそうに立つ顔をこっそりと見上げる。苛々している様子もないし、心が広すぎやしないだろうか。
(……これくらいの我がままじゃぬるいのかも)
「うわ、見てみ? 美味そうだなー! いただきます!」
「……そっちの方が美味しそう」
先輩が大きな口でハンバーガーにかぶりつこうとした瞬間に言う。意地悪すぎたか……? と見つめていれば、先輩はすんでのところで口をつけなかったバーガーを、にこにこしながら僕の方へ差し出してきた。
(ぬう、手強い)
「いいよ、交換する?」
「どっちも食べたい」
「ん、じゃあ半分こな」
さすがに二個とも食べられる胃は持っていないため、パイナップルの入ったハンバーガーと、アボカドの入ったハンバーガーを半分ずつ食べることになった。
食事系のパイナップルは嫌いかもとか、他人がかぶりついたものは衛生的に嫌かもとか考えたのだが、平気そうにしている。
(むしろ距離縮まってない? これ)
ジュースまで半分こされそうになって断ると、先輩は正面で頬杖をついて、じーっと僕の顔を見てくる。そんな仕草さえも男前だ。
「今日の祥、なんかいろいろ言うね」
「……天瑞は嫌じゃないの」
「えー? むしろやっと主張してくれて、嬉しいんだけど。もっと甘えてよ」
「…………」
(これって甘えてたのか……知らなかった……!)
思わずチベスナ顔になってしまった。むしろ我がままと甘えの違いってなに?
嫌われようとした行動が先輩を喜ばせてしまっていて、理解不能な逆行現象が起きている。
偽善者ぶるつもりはないけど、これ以上の我がままは言えそうにない。
避けても上手くいかない。我がままを言っても上手くいかない。じゃあ、次は……?
食後のデザートにと買ってもらったアイスを食べながら、ぼんやり考えていたときだ。
――ベチャッ、とシャツの上にアイスが落ちた。
「――あ……」
(どんくさくて、めんどくさいタイプになればいいんじゃ?)
手に残ったコーンと服の上で溶けていくアイスを見ていると、「あ~っ!」と離れた場所から先輩の声がする。
もう一つのアイスを受け取ったところだった先輩は僕の所へ走ってきて、手に持ったアイスをサッとおれのコーンと交換した。
「大丈夫? それ、食べてていいから」
「……ごめん」
「んーん。とりあえず拭いたけど、それ食ったら洗いに行こうぜ」
「うん……ありがと」
わざとじゃないけど買ってもらったものを駄目にして、それでいいかも、と一瞬でも思ってしまった自分に嫌気がさす。全然よくないだろ。
先輩が服を拭いてくれたので、アイスは半分こした。そんな状況でも、なぜか幸せそうに笑っている先輩が眩しかった。
そもそも、だ。僕はどんくさくてめんどくさい人間の典型みたいなものである。それを分かっていて先輩は付き合っているのだから、今さらな気がした。
「あ……やべ、濡らしすぎちゃった。寒くない?」
「外暑いし、すぐ乾くと思う」
「あー。透けて…………今日はもう帰ろっか」
「???」
トイレの鏡を見ると、先輩が洗ってくれたおかげで白いティーシャツからは汚れが落ちていた。裾から胸に向かって濡れてしまい、肌に張りついているのは仕方のないことだ。
僕は裾を持って、ぱたぱたと風を送ってみる。先輩はそんな僕を見て、なぜか頬を淡く染めて、目を逸らした。自分が羽織っていたシャツを肩から掛けてくる。
別に寒くないからいらないと言ったのだけれど、頑なに譲らなくて、挙句の果てには前のボタンまで留められてしまう。
「天瑞、僕、完全に着られてるんだけど……」
「……いい」
僕が小柄なんじゃなくて、先輩のサイズが大きいのだ。羽織っていたゆるっと系のシャツを着せられ前まで閉じてしまうと、大人の服を着た子どもみたいになる。
センスのない僕でもさすがにこれは不格好すぎない? と思ったものの、やっぱり先輩が譲らなかったため諦めた。「いい」って、どういう意味?
先輩の背中を見ながら、駅までの道を歩く。僕は首を傾げていた。
今日はもう少し一緒にいられると思ってたのに、帰ろうと言われてがっかりしている自分がいる。この不可思議な心の動きは、付き合い始めた頃と比べてだんだんとあからさまになってきていた。
一緒にいると落ち着いて、安心するのは慣れたからだよな? 離れたくないと思うのも……同じなのだろうか。
家まで送ってもらって別れるとき、シャツを返さなきゃと思ったのに言えなかった。先輩が気づいてないのなら今度洗って返そうと心の中で言い訳して、着たまま手を振った。
すぐにシャツを脱いで、ぽすんと顔を埋めてみる。ほのかに石鹸とムスクの混じり合った清潔感のある香りがして、胸がどきどきした。
「僕はへんたいかもしれない……」
先輩の服の匂いを嗅ぐだなんて、一体どうしてしまったんだろう。
「え?」
瀬名先輩と人気のラーメン屋に並んでいた僕は、あと一組で順番が回ってくる段階になってとんでもない我がままを口にした。
スクエアワンでボーリングをしたあと、小腹が減ったと言ってこの店に連れてきたのは僕なのに、だ。
案の定先輩は目を丸くしている。珍しく僕が行きたい店を指定したことに、さっきまで喜んでいたのに……。
ずーんと重い罪悪感に苛まれながら、近くにあるハンバーガー屋を指さした。
「あそこ。パイナップル入ったハンバーガー食べたい」
「いいね。行こうか」
先輩は「俺らは抜けるんで、どうぞ」と後ろの人に声をかけてから、ハンバーガー屋の方へと歩いていく。ちなみにそっちも人気のハワイアングルメバーガーの店で、ラーメン屋ほどではないが並んでいた。
ぽかん、と長身の背中を見ていると、先輩が振り返る。
「どうした? 祥、飴食べる?」
「……食べる」
全く怒ってなさそうな、むしろ楽しそうな顔で先輩が僕に手を差し出してくる。イケメンの輝かしい微笑みに、近くにいた女の人が「わぁ……」とほうけた声を上げていた。
子どもかなにかだと思われているのか、先輩が飴を僕の口に入れてきてころころと舐める。ハンバーガー屋の列に並び直した。
僕は隣で機嫌が良さそうに立つ顔をこっそりと見上げる。苛々している様子もないし、心が広すぎやしないだろうか。
(……これくらいの我がままじゃぬるいのかも)
「うわ、見てみ? 美味そうだなー! いただきます!」
「……そっちの方が美味しそう」
先輩が大きな口でハンバーガーにかぶりつこうとした瞬間に言う。意地悪すぎたか……? と見つめていれば、先輩はすんでのところで口をつけなかったバーガーを、にこにこしながら僕の方へ差し出してきた。
(ぬう、手強い)
「いいよ、交換する?」
「どっちも食べたい」
「ん、じゃあ半分こな」
さすがに二個とも食べられる胃は持っていないため、パイナップルの入ったハンバーガーと、アボカドの入ったハンバーガーを半分ずつ食べることになった。
食事系のパイナップルは嫌いかもとか、他人がかぶりついたものは衛生的に嫌かもとか考えたのだが、平気そうにしている。
(むしろ距離縮まってない? これ)
ジュースまで半分こされそうになって断ると、先輩は正面で頬杖をついて、じーっと僕の顔を見てくる。そんな仕草さえも男前だ。
「今日の祥、なんかいろいろ言うね」
「……天瑞は嫌じゃないの」
「えー? むしろやっと主張してくれて、嬉しいんだけど。もっと甘えてよ」
「…………」
(これって甘えてたのか……知らなかった……!)
思わずチベスナ顔になってしまった。むしろ我がままと甘えの違いってなに?
嫌われようとした行動が先輩を喜ばせてしまっていて、理解不能な逆行現象が起きている。
偽善者ぶるつもりはないけど、これ以上の我がままは言えそうにない。
避けても上手くいかない。我がままを言っても上手くいかない。じゃあ、次は……?
食後のデザートにと買ってもらったアイスを食べながら、ぼんやり考えていたときだ。
――ベチャッ、とシャツの上にアイスが落ちた。
「――あ……」
(どんくさくて、めんどくさいタイプになればいいんじゃ?)
手に残ったコーンと服の上で溶けていくアイスを見ていると、「あ~っ!」と離れた場所から先輩の声がする。
もう一つのアイスを受け取ったところだった先輩は僕の所へ走ってきて、手に持ったアイスをサッとおれのコーンと交換した。
「大丈夫? それ、食べてていいから」
「……ごめん」
「んーん。とりあえず拭いたけど、それ食ったら洗いに行こうぜ」
「うん……ありがと」
わざとじゃないけど買ってもらったものを駄目にして、それでいいかも、と一瞬でも思ってしまった自分に嫌気がさす。全然よくないだろ。
先輩が服を拭いてくれたので、アイスは半分こした。そんな状況でも、なぜか幸せそうに笑っている先輩が眩しかった。
そもそも、だ。僕はどんくさくてめんどくさい人間の典型みたいなものである。それを分かっていて先輩は付き合っているのだから、今さらな気がした。
「あ……やべ、濡らしすぎちゃった。寒くない?」
「外暑いし、すぐ乾くと思う」
「あー。透けて…………今日はもう帰ろっか」
「???」
トイレの鏡を見ると、先輩が洗ってくれたおかげで白いティーシャツからは汚れが落ちていた。裾から胸に向かって濡れてしまい、肌に張りついているのは仕方のないことだ。
僕は裾を持って、ぱたぱたと風を送ってみる。先輩はそんな僕を見て、なぜか頬を淡く染めて、目を逸らした。自分が羽織っていたシャツを肩から掛けてくる。
別に寒くないからいらないと言ったのだけれど、頑なに譲らなくて、挙句の果てには前のボタンまで留められてしまう。
「天瑞、僕、完全に着られてるんだけど……」
「……いい」
僕が小柄なんじゃなくて、先輩のサイズが大きいのだ。羽織っていたゆるっと系のシャツを着せられ前まで閉じてしまうと、大人の服を着た子どもみたいになる。
センスのない僕でもさすがにこれは不格好すぎない? と思ったものの、やっぱり先輩が譲らなかったため諦めた。「いい」って、どういう意味?
先輩の背中を見ながら、駅までの道を歩く。僕は首を傾げていた。
今日はもう少し一緒にいられると思ってたのに、帰ろうと言われてがっかりしている自分がいる。この不可思議な心の動きは、付き合い始めた頃と比べてだんだんとあからさまになってきていた。
一緒にいると落ち着いて、安心するのは慣れたからだよな? 離れたくないと思うのも……同じなのだろうか。
家まで送ってもらって別れるとき、シャツを返さなきゃと思ったのに言えなかった。先輩が気づいてないのなら今度洗って返そうと心の中で言い訳して、着たまま手を振った。
すぐにシャツを脱いで、ぽすんと顔を埋めてみる。ほのかに石鹸とムスクの混じり合った清潔感のある香りがして、胸がどきどきした。
「僕はへんたいかもしれない……」
先輩の服の匂いを嗅ぐだなんて、一体どうしてしまったんだろう。



