私はユウを真っ直ぐに見据えた。
「あの現場に残されていた遺体は、細胞の判別もできないほど激しく損壊していたと聞く。……あれは、一体どんなカラクリでやったんだ?」
私の問いに、ユウは一瞬だけ目を伏せた。
そして、感情の読めない静かな声で答えた。
「カラクリなんかじゃないよ。……あの現場には、本当に『久我晃生』の遺体があったんだ」
「……なに?」
「彼は、脱獄犯だよ。僕らが裏で手を貸して脱獄させた。そして、骨格が久我晃生に似ている彼を選んで、顔を変えさせたんだ」
「なっ……!」
耳を疑った。
次の瞬間には、胸の奥から激しい怒りが一気に噴き上がっていた。
「ふざけるなッ! お前……自分がどれだけ恐ろしいことを言っているか分かっているのか!」
私はユウへ詰め寄った。
「人の顔を変え、身代わりの駒にするなんて……それじゃあ、久我晃一郎がお前にやったことと全く同じじゃないか!! しかも、なんで殺した!!」
私の怒号を受け、ユウの表情に僅かな苦痛が走った。
「彼を殺す気はなかったよ……」
「じゃあ、なぜ死んだ!」
「顔を変え、権力の座に就いたことで、彼自身が変わってしまったんだ」
ユウの声が沈んだ。
「彼はやっぱり、根っからの犯罪者だった。『久我晃生』として特等席の力を手に入れた途端、弱い者を平然と脅し、虐げ始めた。しまいには……その権力を盾にして、俺たちまで脅してきたんだ」
苦しげに語るユウを見ながら、私は彼自身もすでに深い泥沼の中でもがいているのだと感じた。
「……まだ、引き返せるんじゃないか?」
「はっ! 何言ってんだよ!」
「お前、本当はこんなことやりたくないんだろ!」
私が叫ぶと、ユウも感情を抑えきれなくなったように声を荒らげた。
「このまま放っておけば、久我晃一郎が総理大臣になる! そうなれば、日本では路頭に迷う人間や、不幸になる人間がさらに増えるんだぞ!」
「だからって、殺していい理由にはならない!」
「兄さんは分かっていない!」
ユウの声が部屋に響いた。
「久我は周りを完全に固めている。政治だけじゃない。警察、大手企業、マスコミの中にも、久我に力を貸す人間がいる。このまま見て見ぬふりなんてできない!」
私は悲しさを押し込めるように首を振った。
「分かってるよ、ユウ。だけど、議員全員が悪いわけじゃないだろ。中には、それこそ現総理の神谷みたいに、この国を変えようとしている人間だっている。そして警察庁長官と手を組み、久我の闇を暴こうとしているんだ」
「知っているよ。綾瀬管理官から聞いていたからね」
ユウは冷たい現実を突きつけるように笑った。
「でも、本当に変えられると思うかい? 神谷総理はもう歳だ。それに、神谷側についている議員たちも、いずれ久我の圧倒的な勢力に押し潰される」
その目には、もう何度も希望を信じ、何度も裏切られた人間だけが持つ絶望が浮かんでいた。
私はその表情を見つめながら、静かに問いかけた。
「……お前が、今回の声明文を発信したんだな」
「……気づいていたのか?」
ユウがはっとして動きを止めた。
私は、動画で聞いた一節をそのまま口にした。
「『あなたは今、電車の椅子に座っているとしよう。目の前に、身体に障害を持っている人が立った時。あなたは、その人に席を【譲る優しさ】を持てますか?』」
ユウの表情が僅かに変わった。
「あの『譲る優しさ』という言葉は、風間誠志……俺たちの本当の父さんが、幼かった俺たちに伝えた言葉だ」
「……覚えていたんだね」
「ああ。だけどな、ユウ」
私は弟を真っ直ぐに見据えた。
「父さんが言ったあの言葉は、ただ席を譲って終わりって話じゃない。もちろん、その優しさを知った人間全員が変わるとは限らない。でも、俺はあの行動には『他人にチャンスを与える』って意味も込められていると思うんだ」
ユウの目が微かに見開かれた。
「だからこそ、お前があの言葉を声明に使ったなら、分かってほしい。お前がこれからやろうとしていることの先には、何も残らない」
「兄さん……」
「確かに、国民の中にはお前たちへ共感する人間も大勢いるだろう。俺だって、腐った人間なんか消えてしまえばいいと思った瞬間はある」
私は一度息を吸った。
「でも、実の父さんや、俺を育ててくれた親父(修造)のことを考えると、お前たちのやり方だけは違うって思うんだ」
ユウは何も言わなかった。
「親父(修造)が言っていたよ。周りには嫌な人間もいる。でも、自分を理解し、共感してくれる人間もいるんだって。……お前が脅した、日下部だよ」
私は日下部が炎の中へ一人で入ってきた時の姿を思い出した。
「日下部は、俺が命を救ったことで、ちゃんと大事なものが見えるようになった。そういう人間は少ないかもしれない。でも俺たちは、これから来る人間のために、未来を変えるために、今動くんだよ」
私が言葉を区切ると、ユウは悲痛な顔で視線を逸らした。
「……俺たちの優しさが、あの特等席の連中へ届く日なんて来ない。奴らは怪物なんだよ」
「そんなことはない!」
「あの現場に残されていた遺体は、細胞の判別もできないほど激しく損壊していたと聞く。……あれは、一体どんなカラクリでやったんだ?」
私の問いに、ユウは一瞬だけ目を伏せた。
そして、感情の読めない静かな声で答えた。
「カラクリなんかじゃないよ。……あの現場には、本当に『久我晃生』の遺体があったんだ」
「……なに?」
「彼は、脱獄犯だよ。僕らが裏で手を貸して脱獄させた。そして、骨格が久我晃生に似ている彼を選んで、顔を変えさせたんだ」
「なっ……!」
耳を疑った。
次の瞬間には、胸の奥から激しい怒りが一気に噴き上がっていた。
「ふざけるなッ! お前……自分がどれだけ恐ろしいことを言っているか分かっているのか!」
私はユウへ詰め寄った。
「人の顔を変え、身代わりの駒にするなんて……それじゃあ、久我晃一郎がお前にやったことと全く同じじゃないか!! しかも、なんで殺した!!」
私の怒号を受け、ユウの表情に僅かな苦痛が走った。
「彼を殺す気はなかったよ……」
「じゃあ、なぜ死んだ!」
「顔を変え、権力の座に就いたことで、彼自身が変わってしまったんだ」
ユウの声が沈んだ。
「彼はやっぱり、根っからの犯罪者だった。『久我晃生』として特等席の力を手に入れた途端、弱い者を平然と脅し、虐げ始めた。しまいには……その権力を盾にして、俺たちまで脅してきたんだ」
苦しげに語るユウを見ながら、私は彼自身もすでに深い泥沼の中でもがいているのだと感じた。
「……まだ、引き返せるんじゃないか?」
「はっ! 何言ってんだよ!」
「お前、本当はこんなことやりたくないんだろ!」
私が叫ぶと、ユウも感情を抑えきれなくなったように声を荒らげた。
「このまま放っておけば、久我晃一郎が総理大臣になる! そうなれば、日本では路頭に迷う人間や、不幸になる人間がさらに増えるんだぞ!」
「だからって、殺していい理由にはならない!」
「兄さんは分かっていない!」
ユウの声が部屋に響いた。
「久我は周りを完全に固めている。政治だけじゃない。警察、大手企業、マスコミの中にも、久我に力を貸す人間がいる。このまま見て見ぬふりなんてできない!」
私は悲しさを押し込めるように首を振った。
「分かってるよ、ユウ。だけど、議員全員が悪いわけじゃないだろ。中には、それこそ現総理の神谷みたいに、この国を変えようとしている人間だっている。そして警察庁長官と手を組み、久我の闇を暴こうとしているんだ」
「知っているよ。綾瀬管理官から聞いていたからね」
ユウは冷たい現実を突きつけるように笑った。
「でも、本当に変えられると思うかい? 神谷総理はもう歳だ。それに、神谷側についている議員たちも、いずれ久我の圧倒的な勢力に押し潰される」
その目には、もう何度も希望を信じ、何度も裏切られた人間だけが持つ絶望が浮かんでいた。
私はその表情を見つめながら、静かに問いかけた。
「……お前が、今回の声明文を発信したんだな」
「……気づいていたのか?」
ユウがはっとして動きを止めた。
私は、動画で聞いた一節をそのまま口にした。
「『あなたは今、電車の椅子に座っているとしよう。目の前に、身体に障害を持っている人が立った時。あなたは、その人に席を【譲る優しさ】を持てますか?』」
ユウの表情が僅かに変わった。
「あの『譲る優しさ』という言葉は、風間誠志……俺たちの本当の父さんが、幼かった俺たちに伝えた言葉だ」
「……覚えていたんだね」
「ああ。だけどな、ユウ」
私は弟を真っ直ぐに見据えた。
「父さんが言ったあの言葉は、ただ席を譲って終わりって話じゃない。もちろん、その優しさを知った人間全員が変わるとは限らない。でも、俺はあの行動には『他人にチャンスを与える』って意味も込められていると思うんだ」
ユウの目が微かに見開かれた。
「だからこそ、お前があの言葉を声明に使ったなら、分かってほしい。お前がこれからやろうとしていることの先には、何も残らない」
「兄さん……」
「確かに、国民の中にはお前たちへ共感する人間も大勢いるだろう。俺だって、腐った人間なんか消えてしまえばいいと思った瞬間はある」
私は一度息を吸った。
「でも、実の父さんや、俺を育ててくれた親父(修造)のことを考えると、お前たちのやり方だけは違うって思うんだ」
ユウは何も言わなかった。
「親父(修造)が言っていたよ。周りには嫌な人間もいる。でも、自分を理解し、共感してくれる人間もいるんだって。……お前が脅した、日下部だよ」
私は日下部が炎の中へ一人で入ってきた時の姿を思い出した。
「日下部は、俺が命を救ったことで、ちゃんと大事なものが見えるようになった。そういう人間は少ないかもしれない。でも俺たちは、これから来る人間のために、未来を変えるために、今動くんだよ」
私が言葉を区切ると、ユウは悲痛な顔で視線を逸らした。
「……俺たちの優しさが、あの特等席の連中へ届く日なんて来ない。奴らは怪物なんだよ」
「そんなことはない!」
